エピローグ ヤキンツァ翁の独白

「来たのがおまえだというのは、少し意外だったかな」


 石造りの広間に獣毛で編んだと思われる長大な絨毯がひかれ、一段高く設えられた台座に載る大きな椅子、その上に不釣り合いに小さな影が座る。


 ここはアゼルピーナ達の故郷、魔丘デブラルーマの内側。

 外見は単なる岩山であるが、その中腹の洞穴を潜ればその内側はまるで人間の職人が技術の粋を尽くして造り出したかのように整えられていた。

 ここはその最奥に位置する奥の間。

 椅子に座るのはデブラルーマの主であり『管理者』と呼ばれるアルディナだ。


 今回、都市国家クオティアが建国され魔丘デブラルーマと協力関係を構築するに当たり、デブラルーマ内部にクオティアから一人だけ招かれることになった。いわゆる表敬訪問という奴である。そこで今回、クオティア側から選抜された訪問者を受け入れ、この奥の間まで通したと言うことだ。

 ここ数百年で初めて許可され訪問した人間――と言いたいところだが、実体はともかくその容姿はイタチフェレットであるため、そのようにカウントして良いかは分からない。


「ヤキンツァ導師――だったか?

 てっきり、ココロ本人か、アラフアか、もしくはあの魔術師の娘あたりが来るかと思っていたぞ」

「申し訳ございませぬ、導師などという称号を頂戴する程に好奇心旺盛なたちでしてな、粘り強く希望したら皆快く承諾してくれましたわい」

「そうか、まあいい。

 この施設内も通行が許可できる場所、できない場所があり入り組んでいて不便もあるだろうけど、案内人をつけるので立ち入り可能かを確認しながら見て回ってくれ」

「御意に御座います」


 ヤキンツァ導師は、その小さな頭をぺこりと下げて、敬意を表する。

 まあ実は案内を乞うまでもないのだが、それと悟られる訳にはいかない。

 あまり変な真似をしてデブラルーマの警告アラートに引っかかるのもつまらない話なので、ここは大人しくしておくのが良策。


 誰からも見られない角度でぺろりと小さな舌を出して、心のざわめきを抑えた。


***


 デブラルーマにも客室は存在する。

 もっとも、これらが前回いつ使われたのか、いやいっそ使われたことがあるのかすら、誰も知らない。

 デブラルーマの各部屋は、採光と通気性を保つ細長い窓の他は入り口があるだけで、見方を変えれば牢獄と言われても納得するしかない構造をしている。


 そんな部屋の中で、様々なスタイルの獣が生活するデブラルーマにおいても皆が寝静まるであろう深更、むしろ明け方前に。

 ひょいとベッドから起き上がったヤキンツァ導師は、ひょいひょいひょいと扉に近づく。

 気配を探ると、やはり入口前に監視役が二体ほどいる様子。


 ――ご苦労様なことじゃわい。


 心の中でそう呟くと、ヤキンツァはひょいと跳び上がるとそのまま空間に溶けていなくなる。

 第十感覚『歪空わいく』。

 現代のこの世界でほぼヤキンツァ導師しか体得していないとされる希少魔術。

 要は別次元を感知、移動できるという無双チート能力である。


 別次元からでも、自分の元居た世界を観察することができるので、誰から見つかる恐れもなくデブラルーマ内部を散策できた。まあ、元の世界に干渉したければ、元の世界に一度戻らなくてはならないのだが。


 勝手知ったるデブラルーマ内部の異空間を、ひょいひょいと弾むように歩くフェレット。

 目的地は、ここの主たるアルディナでさえ、そう簡単には来られない中枢の間。


 ひょい、と中枢の間に降り立つヤキンツァ。


 見上げると、巨大な球状の晶石が部屋の中央に鎮座しており、その内側は美しい桜色の光で満たされている。その光は鼓動リズムを刻むように緩やかに明暗し、揺れて、弾けた。


 その晶石の前にヤキンツァが立つと、桜色に光が中央に収束し、更に強くなった。


「待て待て、儂じゃ、儂じゃよ。ヤキンツァじゃ。

 以前に管理者から許容されておる、コードは……ええと、なんじゃったかな……」


 ヤキンツァの制止に関わらず内側の光が強まり渦のように巻き始める晶石。

 少し焦りを含んだ声でヤキンツァは叫ぶように言う。


「まてまて、コードは『XXXXXXXXXXXXXXXX』じゃ!

 登録者名はヤキンツァ! この身体は依代じゃぁ!」


 ヤキンツァの声が届いたのか、晶石の光の渦はやがて穏やかになる。

 ただし、安心リラックスしたと言うよりも、やや警戒心を残して許容した、くらいの感じにも見え、その光の鼓動リズムは当初よりやや早く、やや強い。


「ふう、驚かせるない。

 今日は、挨拶に来ただけじゃ。

 儂には今、なんの力もないからのぅ」


 誰が返事することも期待できない独り言を零す。

 そのまま球状晶石を見上げるヤキンツァは、独り言を続ける。

 なにしろ長い間一人でやってきたのだから、自分しか話し相手がいないのだ。完全に癖になっている。


「十年ぶり、じゃのう。

 前回は新しい『管理者』の器を攫いにきたのじゃったが、今一歩のところで失敗してもうた。

 あの忌々しい豹共守護者のせいで……」


 そう言ってこりこりと顎を掻く。

 あまり緊迫感がない所作、それほど忌々しいと思っていないのかも知れない。


「あの嬢ちゃんオリアには悪いことをしたとは思っておるんじゃよ?

 豹に止めを刺そうとしたら急に力を発動させるのじゃ、びっくりしたわい。

 このデブラルーマ内部であんな力を出されたら、儂だってよう勝てんわ」


 球状晶石を見ながら、どうせお主も力を貸したのじゃろう? と加える。


「儂も全力で戦ったが、負けてしまったがのう。

 それでもあの嬢ちゃんオリアに恐怖を植え付けることには成功した。このデブラルーマそのものに対する恐怖を。

 精神攻撃は儂の得意分野での」


 イタチフェレットの顔が醜く歪む。

 可愛らしい表情が、一変して醜悪な見た目に変貌した。


「お蔭様で、あの森の中で嬢ちゃんオリア歪空わいくの空間から落っことしてしまったのは一生の不覚じゃぁ。まあ、一生の不覚なんて何度もやっとるがの。わはは。

 その後、なんとか失点を回復しようとしたが、それが悪かった。

 あの豹めに致命傷を負わされた挙句、匂いまで覚えられた。

 終わったかと思ったわ」


 ふう、と溜息をつき、肩をすくめてやれやれ、とポーズを取るヤキンツァ。


「だから以前から研究しておった異界渡りを自分で実験して――あれはもう二度とやりたくないが――異世界に辿り着いてからがまた大変での。

 これだけで本でも書けそうじゃったわい!

 だが、いろいろ勉強にはなった。

 異界からこの世界に心を繋ぐ技術も確立できた。

 この世界に変える方法も研究して、実験も成功した」


 自分が潜り抜けて来た難関を思い出したのか、力なく俯く。


「よって、儂に都合の良さそうな依代を見つけて、帰還の実験を兼ねて試し、成功したわけじゃよ。

 どうじゃ! すごいじゃろう」


 今度は急に胸を張る。

 一人で喋っているのに、なかなか忙しい。


「本来は、その男と嬢ちゃんオリアを番わせて、信頼させたところで男に憑依する予定じゃったのだがな、うん、これは上手く行かんかったわ。

 儂がこちらの世界のこの依代に憑依するのに手間取ったせいじゃな。

 だが、これが意外に悪くなかったのじゃ。

 なんと、あのひょろひょろが、巡り巡って国まで建ておった!

 これは意外じゃった。嬉しい誤算じゃ」


 ニヤニヤしながら顎をこするヤキンツァ。


「あの若者は機転は回るが、どうも気が優しすぎるせいか、さほど憑依には苦労せん。今回のデブラルーマ行きも、奴に軽く同期して賛成させて勝ち取ったのじゃ。

 本人はそれと気づいてもおらん。

 今まで気にされたことすらないしの」


 そこで言葉を切り、いきなりキッと球状晶石を指さして睨みつけながら宣言する。


「良いか、儂はクオティア元首の魔術顧問としての立場を持った。

 これからじゃ。これから儂の時代じゃ。

 必ずや、デブラルーマの謎を儂が解き明かして、その力を我がものとしてくれる。

 良いか、儂は決して諦めぬぞ!

 主も覚悟しておれ」


 そう言い捨て、くるりと背を向ける。


「次に儂がこの部屋に来るのは『管理人』の権限を持ってからじゃ。

 では、また会おうぞ。さらばじゃ」


 すぃっとヤキンツァの姿が空中に溶けるように消えてなくなる。


 やがて中枢の間は静寂を取り戻し、球状晶石の光も穏やかなものに戻る。

 そして何事もなかったように闇に沈んで行った。




――――――

【あとがき】


これで『異世界に迷い込んだら赤ずきんに蹴り飛ばされたので、ついて行くことにしました。』は終わりとなります。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

もし面白いと感じていただけましたなら、是非、★で応援をよろしくお願い致します。

今後の作品製作への励みとなります。


改めて別の作品も鋭意作成したいと思いますので、本作を面白いと感じていただけたなら、またご縁がありましたなら、別の作品にて巡り合えますよう願っております。


ありがとうございました。

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異世界に迷い込んだら赤ずきんに蹴り飛ばされたので、ついて行くことにしました。 たけざぶろう @takezabro

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