最終話 五年後の結婚式それが僕の新たなる目標だ!
「お着替えは済まされたでしょうか?」
控室の扉がキィと音を立てて開き、パルテさんの声が響いた。
僕は白を基調とした正装を着て待機させられていたため居心地が悪く感じていて、ようやく呼びに来てくれたと安堵する。
「はい、大丈夫です。
わざわざ呼びに来ていただいて済みませ――ん!?」
いつぞや見た光景。
パルテさんの目は真っ赤に充血し、なんなら頬を流れる一筋の涙はまさに血の色をしていた。
「どうかされましたか?」
「パルテさん、涙、涙! 涙が血の色をしていますよ!?」
不思議そうにこちらを見るパルテさんに必死で伝えると、おもむろにハンカチで涙を拭きとりまじまじと眺めていた。
「パルテさんも白い礼服を着られているのですから、汚しては駄目でしょう!?」
「そうですね……失礼いたしました。まだ感情が制御できていないようです。
少し御前から失礼させていただき、改めて参りますね」
能面のような表情でそれだけ言うと、そのまま扉を出て行ってしまった。
「いや……パルテさん、あんな血の涙まで流して一体、今日は何の儀式を執り行うというんだろう……」
茫然としながら呟くと、僕と同じような白い正装をしたフェレットがするすると体を登ってきた。
「なんじゃ、何も聞いておらんのか?」
「ええ……。
パルテさんにはいくら聞いても、以前儀式に参加すると言ったでしょう、黙って参加しなさい、としか言ってくれないのです。
ヒィズさんに聞くと凄い目で睨まれてしまうので、怖くて聞けないのですよね。
アラフアさんやイリカさんに聞きたいと思っても、山積みの仕事の話になってしまって全然今日の話題にならないし。
ラキアも……この話題をすると、なんか機嫌が悪くなるのだよね……」
「え! じゃあ本当に今日のことを、誰からも聞いておらんのか!」
「はい、目的も、時間も、なんなら場所だって知りません。
ヤキンツァ爺は何かご存じですか?」
「すまん……こうなると儂の口からはとても……とても……」
そういって震えて
一体、何だっていうのだろう?
そうこうするうちに、見事に化粧を直してきたパルテさんが訪れ、僕の手を引いて案内をしてくれる。
うわぁ、何かまるで結婚式にでも参列するようだな、と考える。
結婚式? この正装は確かにその可能性はあるかも知れない。
もしそうなら誰と誰の? パルテさんがここまで動揺するならば、アラフアさんが関係しているのは間違いない。とすると、ひょっとして相手はハディ王子!?
それならば、僕がここまで正装させられる理由も分かると言うものだ。
何しろ、ユーハイツィア王国の第一王子と、僕の居る都市国家クオティアの宰相たるアラフアさんの結婚式であるなら、一応とは言え元首という役職に就いている僕が正装をしなくてはならない理由も納得だ。
僕もいつか、ラキアとそんな結婚式を挙げたいなあ!! うふふ!!
とか、最後の方は半分妄想に浸りながら歩いていると、僕を先導してくれているパルテさんが大きな扉の前で立ち止まる。
そして僕の方を振り向くと――またもや白目が赤くなって来ているのだが――パルテさんは僕に念を押す。
「それでは覚悟はよろしいでしょうか?」
え!? なに、覚悟って?
僕は何も聞いていませんケド!?
キョドっている僕の返事など聞きもせずに再び扉の前に移動するパルテさん、そのまま扉を大きく開け放った!
パルテさんに連れられて部屋に入ると、普段見慣れた皆が一様に正装をして、赤い絨毯がひかれた花道の両側に立ち並ぶ。
これではまるで、僕の結婚式ではないか!? どういうこと??
一歩踏み出すごとに心の内側で焦りを強めて行く僕とは対照的に、花道の両側に立つ皆は朗らかに拍手をしながら声援を送ってくれる。
違った、皆ではない。
通路の向こう側ではヒィズさんが目を真っ赤に充血させてこちらを睨んでいる。
花道を挟んで反対側にいるイリカさんは、八の字の困り眉をして口元をハンカチで抑えながらボロボロと涙を流している。その隣には厳しい表情のソルディナさん。
なんでなんで!?
意味が分からないでおろおろしている僕が正面を見遣ると、そこには白い生地に銀糸でふんだんに刺繍を施した美しい装いのラキアが、胸の前に花束を持って佇んでいるのが見えた。おそらく、この会場で僕の次くらいに戸惑った表情を浮かべている。
――しかし、その美しさは圧倒的に僕を打ちのめす。
デザインは違っても、どう見てもウエディングドレス。頭にもヴェールを被り、そこから零れ流れる美しい白銀の髪が衣装と良く似合い、この世の存在と思えないほどの美しさを見せつけていた。
一体、何が起こっているのか?
え? 僕とラキアのサプライズ結婚式?? いいの、そんなの???
頭の中でぐるぐると妄想が駆け巡る。
すると。
「おいおい、そんな片方だけ見入っていると、私も傷つくぞ?
少しはこちらも見てくれ給えよ?」
普段から耳に馴染んだ声が聞こえる。
アラフアさんの声――ラキアの隣から?
完全に狭くなっていた自分の視野を無理やり広げ、ラキアに固着している自分の視点を強引に引き剥がしてアラフアさんの声がした方を向く。
そこには、ラキアと揃いのデザインを装ったアラフアさんが居た。
美しい白い生地に、こちらは金糸を使用した刺繍。
白と金で統一された豪華な装いと、珍しく下ろした柔らかく金色に光る髪が絶妙に絡み合い、神秘的と呼んでよいほどの美しさを湛えていた。
金のアラフアさんと、銀のラキア。
まるで対照的な二人が、
まさに神話に出てきそうなほどの、神々しい光景。
情景の美しさと、状況の意味不明さに言葉もない僕に向かい、アラフアさんが語り掛けた。
「ココロ君、パルテから説明を受けて、同意したのだろう?
そんなに呆けていないで、進んで来てくれ給えよ」
そう言ってふわりと柔らかく微笑んだ。
普段の悪戯っぽい笑い方でない、自然で軽やかな笑いに僕は魅かれて――って、ちがう!
ばっ、とパルテさんの方を見ると、すっと首を捻って視線を逸らされた。
「パルテさん!? ちょっとこれどういうことですか!!」
そう言って迫る僕だが、パルテさんは頬を膨らませ、目を赤くして血の涙を流すばかり。なんか吸血鬼を相手に糾弾している気持ちになる。
そして頬は膨れて行くばかりで、何を聞いても答えてくれない。
「……やれやれ。何となく事情が見えて来たぞ。
これは、私のミスなのかなぁ……人選を誤ったか。
説明するから、少しこちらへ寄ってくれ給え」
アラフアさんの言葉に従い、普通に歩いて近づく。
不承不承と言う態で僕についてくるパルテさん。さっきと逆だよ。
当然のようにざわつく会場。
「このような場で無粋ではあるが、少しクオティアの置かれた政治的な状況から説明させてくれ。
クオティアはココロ君も良く知っている通り非常に微妙な
その中でココロ君、君はかなり特殊な立場だ。異界から来た人族という、この特殊な国の
ここで問題になってくるのが先のアウスレータとの決闘。この決闘により君はラキア君と婚約の権利を得たわけだが、これが何ともまずい。
第三勢力であるはずのクオティアの元首が一方の勢力である狼人族の
壮麗な
「しかしココロ君のラキア君への傾倒ぶりを見て入れば、早晩結婚という方向に進むのは目に見えている。そこで考えたのが『合同結婚』だ。
アフア領主の娘であるラキア君と釣り合うのは、ゼライア領主の娘である私。
ならば、ココロ君に、ラキア君と一緒に私も娶ってくれれば均衡は保てるという訳だ」
そう言って、極上の
「ちょっと待ってください、何をそんな乱暴な!?
まだ建国して一か月目、こんな慌ただしくやる必要はあるんですか!?」
「私もラキア君も、そしてココロ君も色々と愛憎のしがらみに
建国直後のこの慌ただしい時期に一気に片を付けてしまった方が良いと思うのだ」
「そんな! 大体、アラフアさんはそれで良いのですか!?
貴女ほどの美しい女性ならば、他に良い相手がいるでしょう!!」
「私か? 私はもちろん構わないぞ? 何しろこれを考えて根回ししたのが私自身だ。
このような新しい
あんまりなアラフアさんの言葉に絶句する僕。
駄目だこの人、完全に仕事人間だ。
そんな呆れている僕の心情を目を止めたのか、ふわりと笑いながら補足してくれるアラフアさん。
「それに、私はココロ君、君との関係を好もしく思っているのだ。
何でも好き勝手に言い合えて、窮地にも奇想天外な
異世界との感性の違いから来るものかも知れないが、なおのこと良いと思う。
以前、私が巷間で言われている男女間の感情というものも、憧れも持ったことがないと言ったが、そのような中で君は私にとって愛すべき存在なのだぞ?」
ちらりとラキアの様子を窺いみると、戸惑ったような、困ったような表情。
少なくとも納得している訳ではない表情。そりゃあそうだろう。
「ありがとうございます、アラフアさん。
僕も貴方と居る時間はとても貴重で快いものと感じています。
ですが、僕はラキアに愛していると誓った身です。この身と心をラキアに捧げているので、申し訳ありませんが重婚はできません」
きっぱりと言い切った。
後ろから膨れ上がるパルテさんの殺気に、いつ刺されるだろうかと思いながら。
「そうは言うがな、ココロ君。先ほど言った通り、このクオティアは決して政情的に安定していないのだ。
この方法を取らないと、当分――どんなに上手く行ってもあと五年はラキア君と結婚などできないぞ。それでも良いのか?」
「それでも。僕は。正しい道を進みたいと思うのです」
そう言った僕はラキアの方を見遣る。
ラキアは一瞬びっくりしたように目を見開き、すぐに赤くなって目を逸らされた。
可愛い。
「やれやれ。相変わらず頭が固いな、ココロ君は。複数の嫁を持つのは男の理想の一つと聞いていたのだが。
そんなに私に魅力がないのだろうか?」
「そうですよ! 貴方がアラフア様と結婚するなんて有り得ませんが、結婚を拒否するなどもっと有り得ません!!」
「どっちですか!? 僕だって、アラフアさんは僕に不釣り合いに美しい方だと思っていますよ!! でもそう言う問題ではないのですってば!!」
「まあ私が嫁として不適切という訳でないのなら重畳だ。とりあえず形式だけでも進めてしまおう」
「え、いえですから!? 僕はこんな結婚しないと!!」
「はっはっは。まあ良いではないか。たまに可愛がってくれればそれで良いから」
「アラフア様は尊いその身を犠牲にしているのですよ!?
いいかげんに我儘言わないで下さいな!」
これは僕の我儘なのか!? 何か勢いで押し通されそうになっている、やばい!
と、そんな僕の前に立ちはだかる小さくも頼もしい背中が見えた。
非力な僕をいつも庇ってきてくれた、見慣れた背中。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ!
そうやって
本人が納得していないのだから、また改めれば良いでしょう!」
「そうは言うがな、ラキア君。これだけ進めてしまったものをやり直すなど、そうそう出来るものではないのだよ。
――それに、流石にここまで拒絶されては、私の女としての面目も立たないしな。
邪魔をするなら、君とて容赦はしない。
そうだな。それにラキア君、君とは一度手合わせをしてみたいと常々思っていたのだよ」
そう言って、ドレスの裾の目立たない場所からスラリと剣を抜く。
え? その格好で帯剣していたんですか?
「上等じゃない。あたしもあんたと一度、決着をつけておきたかったのよ」
そう言って、膨れているドレスの内側から狼鎖剣を取り出し装着するラキア。
君もか、ラキア!? そういう慣習でもあるのか、こっちの世界の結婚式!
突然巻き起こる、凄まじい剣戟の応酬。
あのひらひらした衣装を着けて、流れるような足裁きと神速の剣閃の連撃を繰り出すアラフアさんに対して、小柄な身で縦横無尽に飛び回り、中距離から銀光の驟雨のように狼鎖剣を繰り出すラキア。
あまりの流麗かつ激しい攻防に目を奪われる。
「ちょっと何をするんですか、この狼女! アラフア様に剣を向けるなど、貴女死にたいのですか!?」
顔を赤くしたパルテさんが、礼装のスカートの裾に隠したナイフ二振りを取り出して逆手に持つ。
そしてそのままラキアに向かい駆けだそうとして――
ぎぃん!
こちらにも鋭い金属音と共に火花が飛んだ。
「あなたこそ何をされているのですか! 本人が嫌がっているのですから引っ込んでいてください!」
ヒィズさんが狼鎖剣でパルテさんを攻撃、その足を止めた。
「アラフア様の危地に助けに向かう私を邪魔するなど、言語道断です。
以前から目障りでしたわ、狼娘。ここで思い知らせてあげます」
「上等です! ココロさんの邪魔立てをしようというのなら、このヒィズ、身を挺してでも止めさせていただきます!」
突然始まる二組の激戦。
両組とも実力が拮抗して、凄まじい剣戟が繰り広げられる。
「何をやっているんだよ、四人とも! やめなよ!
ちょっとアウスレータもそんな所で爆笑してないで止めて!
あの二人を止められるの、君しか居ないんだから!
グネァレンさんも! 何とかしてくださいよ!」
「いや、こりゃあもう、止めようがないじゃろう……」
他人事のように、実は僕の肩の上に乗っていたヤキンツァ爺が呟く。
その時。
ばぁん、と凄まじい音を立てて入り口の扉が開いて。
「アラフア! 余は貴女の結婚など断じて認めませんよ!」
ハディ王子が兵士を引き連れて乱入してきた。
「や! あんなところでアラフアが狼女と戦っているではないか!
ああ、アラフア、なんと美しいことか!
さあ皆、アラフアを救い出すのだ! やってしまいなさい!」
あの白煙の出る矢の小型版らしきものを使いながら突き進む十数名の兵士達。
「ラキアお姫様に何をするか!」
コツァトルから国外追放になりクオティアに亡命してきたビジオアさんが、ハディ王子達の闖入に即座に反応し、その息子さんと共に迎撃に入る。
僕とエルバキア領主の話を聞いて、僕達の陣営と裏で連携し裏切り覚悟で助けてくれた功労者ビジオアさんだが、ラキアのことになると
そしてそのビジオアさんに一拍遅れて狼人工房と皆が立ち上がる!
「ユーハイツィアの偉いさんには、ちょっとした恨みがあるんでな!」
「もう違う国に来たんだ、遠慮はいらねぇよな!?」
「私もいろいろ鬱憤が溜まっていたので、ちょっと憂さ晴らしの付き合いをお願いしますねえ」
グネァレンさん、やっぱり腹の中に恨みを抱えていたのですね……でも、アロトザを止めて欲しい! あと、トルベツィアさんもストレス解消してないで!抑えて!
「イリカさん! イリカさんしかいません、一緒に皆を止めましょう!」
未だハンカチを握りしめ目を腫らしているイリカさんの側に駆け寄り、協力を要請する。
「ココロさん、この結婚式は潰れたのですかぁ?」
「え、いや、まぁ……この様子では到底続行は無理でしょうし……僕は重婚をする気がないし……アラフアさんの言葉によると、五年は無理、なのかなぁ……」
五年もお預けかあ……と思いながら嘆息し、イリカさんに答える。
「ということは、まだ私も(仮)婚約者の立場は継続ですね!」
「どうしてそうなるんですか!? というか、まだ続いていたんでしたっけ、その設定!?」
「明確に取り下げない限りは有効ですよぉ? それに、五年もあればココロさんの気も変わるかも知れませんしぃ」
「変わりませんよ!?」
眩しいほどの笑顔を見せるイリカさん。
いや、その笑顔は素敵ですけど、当人に向かって凄いこと言ってませんか、この人?
あわあわしていると、僕の目の前の床が音を立てて爆ぜ飛び、イリカさんが軽快にバックステップをして難を逃れていた。
「何をいっているのですか、この人間は!? 五年経とうが、あなたに攫って行かれるココロさんではありませんよ! あなたに攫われるくらいなら、私が攫います!」
「イリカさん! 何を言っているのですが、この
狼鎖剣を飛ばしたヒィズさんと、ナイフを構えるパルテさんからの突っ込みが入る。
イリカさんは春風のような笑顔を湛えたまま、ほわわんと返す。
「まぁ、未来の事なんて誰にも分かりませんし? 立場的には私も婚約者の身ですからぁ、ただのご友人さんと付き人さんに言われましても、ねぇ?」
そのイリカさんの言葉が終わる前に突撃してくる二人。
それを
「全く、困った物ですよ。貴方がしっかりして、イリカを貰ってくれないと、
イリカに勝ってもらわないと困りますし、あの犬コロ共も少々喧しいですから、ちょっと駆除しましょうか」
そう言って懐からごそごそと晶石を取り出して何やら始めるソルディナさん。
アラフアさん達と一緒に僕らが街から出ていた際の、ゼライア国内調略に彼女の力を借りた功績と、本人が面白そうだからと言う理由でクオティアの大臣として移籍されたソルディナさんは、しかしその飽くなき権力欲を隠しもせずに何か始めた。
ずずず、と地響きが起こり、扉の向こうからは獣達の声が……蘇るソルディナさんの家の地下室での出来事。
「ソルディナさん、何をやっておられるのですか!」
「黙りなさい。見なさい、現在のこの惨状。もはや言葉など通じません、力で制する必要があるのです!」
およそ魔術師の言葉とも思えない暴言を吐いて鬼傀儡と魔改獣を部屋に解き放ち、結婚式場は狂乱の戦場へと様相を変えて行くのであった。
***
「なんか、僕の元首としての実力の無さが露呈した式典だったようだ……」
ぼろぼろに引き裂かれた
ちなみに現在も式場は
「ほら、大丈夫? あんたも、荒事は苦手なんだから」
乱戦に巻き込まれあちこちで小突かれていた僕を気遣ってくれるラキア。
途中まで肩に乗っていたヤキンツァ爺は、途中で興が乗ったのか
「ありがとう、ラキア。その、ごめんね、こんな事に巻き込んでしまって……」
「あんたのせいじゃないでしょ? アラフアの早とちりが原因よ、気にしないで」
そう言って足音を響かせながら通路を二人で進む。
こんな状況ではあるけれど、心地よい時間。
「……髪、君の本当の髪の色は、白銀色だったんだね。
ずっと、灰白色だと思っていたけれど」
「狼人の中では、銀狼伝説というのがあって、白銀の髪はちょっと特別なのよ。
最初は王兵から隠すためにビジオアが牢屋でこっそり灰を塗って隠してくれたのだけど、あたしも煩わしさを避けるため、ずっと水に溶かした灰を塗って髪の色を隠してきたの」
赤いフードの隙間から覗く、美しい白銀色の髪。
ラキアの純粋さと良く似合う、とても綺麗な髪。
「その髪の色は本当に綺麗だよ。
確かに、あの境遇でその髪の色だと目立ちすぎて困るだろうね。
でも、このクオティアという国なら大丈夫、君は君のまま居て良いんだ。
その方が断然良いよ」
その言葉にぎょっとしたように目を大きくして、少し顔を赤らめ視線をずらす。
「その、五年も待たないと結婚できないのも嫌でしょう?
あんたは、あたしに居場所をくれた。あんたが私のやったことを恩に感じているのだとしたら、恩返しとしては充分だと思うの。
無理にあたしにこだわる必要はないのよ?」
ラキアが僕を窺うように語り掛ける。
いつもの堂々とした様子とは違う、少し自信無さげな眼差し。
この
「初めてこの世界に放り出された時、何も分からず泣きながら逃げ惑って、そんなみっともない僕に手を差し伸べてくれたのがラキアなんだ。
黒パンをくれたあの時に垣間見えた君の澄んだ瞳は忘れられない。ああ、こんな綺麗で純粋な目で僕を見てくれるんだな、とね。
そしてソルディナさんの家の地下室で助けに来てくれたこと。あれが何よりも嬉しかった。碌な縁もない僕を、身を挺して助けてくれた君の心が、僕を救ってくれたんだ」
そう言って僕はラキアの方を向き、その華奢な両肩を持つ。
「君のことが好きなんだよ、ラキア。
僕の周りにいる女性はみんな、とても素敵で、僕にはとても不釣り合いな程で、なのに僕に好意を囁いてくれる。
それでもラキア、僕が愛したいのは君だけなんだ」
そう言ってじっと彼女の目を見る。
ラキアの顔色は見る間に赤く染まっていって、そして僕の視界は突然白く染まる。
「はべしっ!」
ラキアの白く美しい足が伸びたかと思うと、僕の左頬に吸い込まれていった。
たまらず壁に叩きつけられる僕。
「あいたたたた……」
「ご、ごめん、つい!」
つい、で人を蹴らないで欲しいな!
「本当にごめんね。
あたしは小さい頃に国を追われてから人と必要以上に近づくのを避けてきたので、どうもこう好意を寄せられると、どうして良いか分からなくなって……」
壁にもたれる僕に駆け寄り、心配そうな目で僕を見つめてくる。
僕を覗く、少し潤んだ二つの瞳。
僕はそっと彼女の髪を撫でる。
ぴく、と反応して、しかしそのまま撫でられてくれるラキア。
「いいんだよ。僕は焦らない。
五年も時間ができたんだ。それも最低でも、ね。
少しずつで良い。少しずつ、歩み寄らせてくれないか。
いずれは、君の心に寄り添える自分になりたいんだ」
髪を撫でる僕の手にそっと自分の手を添えてくる。
「……そう言ってくれると、本当を言うとありがたいの。
焦らずに、今の関係から、階段を上るように少しずつ近づいていけるなら」
そこでいったん言葉を切って、改めて僕を見つめてから、彼女は言ってくれた。
「……ありがとうね。あたしは、あんたと出会えて、良かったと思う……」
これ以上ない、最高の言葉の
目の前の小さな女の子、この子といつまでも共に居たいと改めて思った。
「ひとつだけ。お願いがあるんだ。
嫌だったら、止めてくれればいいから」
僕の言葉に、微かに首を傾げるラキア。
そのまま僕は、髪を撫でていた手を後頭部に回す。
ゆっくりと近づいていく、少し驚いた表情。でも、抵抗はなく、静かに、ゆっくりと距離を縮める二人の顔。
これからの僕らの関係を象徴するような、非常に時間をかけた接近。
でも、じれったくはない。苛立たしくはない。心地よい時間の流れ。
僕らは初めての
都市国家クオティア、建国元年。
僕らの理想は高く、実現は遠く、壁は厚く。しかし僕らは、僕らの幸せを探して、どこまでも進んで行くと誓い合った。
【完】
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