第33話

――さらに二年後。

 扉が開いた。

 まぶしくて目を細める。

 晴天のもと、結婚式場の純白の建物が輝いている。

 扉からつづく階段の左右に列を作って待機した人々が、紙吹雪や花びらを頭上に撒く。微風に乗って、回転しながら飛ばされてゆく。

 白のタキシードの新郎、ウェディングドレスの新婦として、ゆっくり階段をおりる。左右の人々がお祝いの言葉をくれる。

「こんな風にお祝いされるんだね、結婚式すると」

「おれは幸せだよ」

「ありがとう」

「こっちこそありがとうだよ。結婚してくれて」

「レイが一生懸命だったから、わたしもレイのこと知らなくちゃ、わたしのこと知ってもらわなくちゃって思ったんだよ。そういう風にしていたら、好きっていうことがどういうことか、なんとなくわかってきたの」

「なんとなくか。おれは美結のことが好きすぎてしょうがなかったんだけど」

「あ、愛音ちゃんと香澄ちゃん」

「美結の友達の?」

「そう」

 愛音ちゃんは、無表情で花びらを放っていた。

「ちょっとつまらなそうだな」

「本当だね、どうしたんだろ」

 わたしには心当りがないでもなかった。


 わたしが結婚することになるとは思わなかった。戸籍がないから事実婚というやつだけど。

 子供について、結婚を決めたときから思案を巡らせている。わたしと同じように新しいアンドロイドの命をつくれないか。わたしは、自分が幸せになれたのだから、新しい命に対しても自信をもって幸せになれるんだといえる。そうでなければ、子供なんて考えられない。

 わたしのゲノム情報は、お父さんとお母さんのゲノム情報からシミュレートして仮想的に作られている。仮想的なゲノム情報から、わたしの顔も体もシミュレーションにより決定されているのだ。

 同じように、わたしのゲノム情報と、レイのゲノム情報からわたしたちの子供のゲノム情報をシミュレートできるのではないか。そういうネタで研究課題をでっちあげて予算をとるのだ。その先の体の費用は、わたしと同じでレイの会社にもってもらう。

 今年になってレイは、お父さんが働いていた会社に大学から籍を移った。会社が人間のアンドロイドの普及をしばらくはないものと考え、動物のアンドロイドの方向に舵をきったからだ。それには、お父さんが一枚かんでいるらしい。お父さんは会社の定年後、そのまま役員になった。

 はじめて子供の可能性についてレイに話したときレイは、子供は男の子で名前は多宇しかないといった。第三世代とかいっていたけど、わたしにはなんの話かわからなかった。でも、悪くないと思う。

 お父さんに相談してみようと思う。なにかいい方法を見つけてくれるかもしれない。だって、お父さんにとっては孫になるんだから。

 わたしのタイプのアンドロイドは、原発の事故後の日本にとって重要になるのではないかと、わたしは思いはじめた。子供をつくれる夫婦が減少しているのだ。いづれは、アンドロイドと人間、あるいはアンドロイド同士で、新しいゲノム情報をシミュレートすることが必要になってくるかもしれない。わたしが生まれたこと、わたしが子供をつくろうとしていることは、これからの時代に重要な意味をもつかもしれないのだ。時代に取り残されていたわたしが最先端をいくことになったりして。


「階段でつまづくなよ、今日はウェディングドレスなんだ。いつもとちがうからな」

「レイが助けてくれるんでしょ?」

「道連れにされるのが怖い」

「それくらいの覚悟はしておいてもらわないと」

「そうだな。どんとこい」

 階段を数段のこして、立ちどまる。ブーケトスをするのだ。参加者は、階段の下に集合して、わたしがブーケを投げるのをまちかまえる。

 ブーケは、香澄ちゃんにとってもらいたい。彼氏と長続きしないのだといっていた。バドミントンをやっていた割には運動神経があまりよろしくないから、目の前に飛んでいっても取れるかどうかわからないけど。

 ブーケをうしろ向きに投げる。いい角度で飛んだという手ごたえがあった。

 振り返ると、香澄ちゃんが手をあげて、さらにトスするところだった。つまり、つかめずにはじいてしまった。そんなことをしそうだと思っていた。

 ブーケは角度をかえて飛んでゆき、離れたところに腕を組んで立っていた愛音ちゃんの胸と腕のあいだにはさまって落ち着いた。ミラクルだ。愛音ちゃんはブーケトスに参加するつもりがなかったみたい。


 愛音ちゃん、香澄ちゃん、わたしは、高校、大学と同じ学校に進学した。高校では、わたしだけが理系を選択して、二人は文系だった。大学では、わたしは理学部、愛音ちゃんは法学部、香澄ちゃんは経済学部とバラバラになった。わたしだけキャンパスも別になってしまった。それでも仲良しはかわらずだった。

 愛音ちゃんは警察庁に就職して、現在は、わたしたちの町の警察の副署長だ。

 強姦未遂事件のあと、警察官を目指して本格的に剣道と柔道をはじめた。そのために茶華道部を退部したのだ。勉強は一緒に頑張った。高校時代は、得意分野を教えあうことができたから勉強がはかどった。わたしの社会だけは、成績よくならなかったけど。

 大学でも一生懸命勉強して国家公務員総合職試験を受け、いい成績で就職したらしい。キャリアというやつだ。昇進が早いのだとか。わたしにはよくわからない世界だけど。

 でも、そうすると、剣道と柔道は役に立たなかったのかもしれない。それでも、愛音ちゃんの心の支えにはなったかな。たぶん中学生の愛音ちゃんにはキャリア官僚というものがわかっていなかったのだろう。

 いや、中学時代はキャリア官僚を目指してはいなかったのかもしれない。将来の目標なんてそのときどきでかわったりするものだ。

 香澄ちゃんは、会社に就職して、いわゆる社畜だ。

 でも、仕事よりロックに夢中で、バンドに命をかけている。香澄ちゃんが出演するライブには、愛音ちゃんと一緒にできるだけに観に行くようにしている。演奏中は、中学時代の引っ込み思案な香澄ちゃんからは想像できない、堂々としたパフォーマンスを見せる。マイクで話しだすと、やっぱり香澄ちゃんだと思う。

 恋愛に関して、中学時代は坂本が好きだったと思われる香澄ちゃんだけど、進展はないまま卒業してしまったようだ。高校に進学したら別の人が好きになり、大学に進学してもまた別の人が好きになった。

 香澄ちゃんは、惚れやすいタイプだ。恋愛相談にのれないけど、高校からは愛音ちゃんとわたしに話をしてくれるようになった。

 バンドをやるようになって、かわいい香澄ちゃんにアプローチする男が増えたんだけど、相手もバンドマンであることが多く、音楽に厳しい香澄ちゃんの攻撃にさらされて逃げて行ってしまう。

 香澄ちゃんには、考古学者とかが相性がよいのではないかと密かに思っている。根拠はない。わたしにレイが相性がよいことからの類推としておく。

 坂本は高校が別で、疎遠になってしまった。いまでは連絡も取りあっていない。

 サオリ先輩とは、高校でまた一緒の学校になって、茶華道部で一年間だけ一緒に活動することができた。サオリ先輩が卒業したあとは、ことあるごとにお茶会などに誘ってもらった。おかげで、サオリ先輩のさらに先輩たちとも親しくなった。

 わたしがレイを誘ったお茶会というのは、先輩たちの内輪のお茶会だ。レイとのことでは、先輩たちにすっごいお世話になった。

 いまのサオリ先輩は、若手数学者だ。研究でわからないことがあると、相談に行く。すると、いつもなにかヒントをくれる。中学のころとかわらない関係かもしれない。

 サオリ先輩のお兄さんは結婚してしまったそうだ。でも、お兄さんの幸せをよろこぶことができたといっていた。お兄さんのほかに好きな人ができてほしい。

 レイプ未遂犯は、警察に捕まったあと起訴されて、刑務所にいれられた。愛音ちゃんに対する強姦未遂の罪だった。執行猶予は、刑の期間とか条件によってつけることができるらしい。男三人で中学生を狙ったということで悪質とみなされ、未遂でも執行猶予にならなかったということのようだ。わたしは人間ではないから、わたしに対する行為で罪に問われることはなかった。機械のどこか壊れていたら器物損壊罪とかついたのだろうか。

 男たちは、刑務所をでてからも小さな悪さをしていたらしいが、愛音ちゃんが警察署の副署長についてからは、姿が消えてしまった。どこに消えてしまったのか誰もしらない。なにか都市伝説的な話になっている。


 ブーケトスのあと、結婚式場の庭で歓談がはじまった。飲み物と軽食がふるまわれる。レイとわたしは、式に出席してくれた人たちに挨拶してまわる。レイとわたしの職場関係、学生時代の仲間、親戚。

 ブーケを手にさげてワイングラスを胸の前にかまえて、愛音ちゃんはひとりで立っている。

「愛音ちゃん、ミラクルだったね。レイははじめてでしょう?」

「はじめまして」

 愛音ちゃんは、どうもと返した。

「香澄ちゃんは?」

「お化粧室」

「香澄ちゃんていう子もね、仲良しなの。香澄ちゃんは中学からだけど」

「バンドやってる」

「そうそう。今度ライブつれていこうか」

「ああ、頼むよ」

「ウソばっかり、ロックわからないくせに。愛音ちゃん、レイはね、ずっとアフリカとか外国いってサルばっかり研究してたんだよ。アフリカの太鼓くらいしかわからないの」

 愛音ちゃんは、反応が薄かった。

「香澄ちゃんはロックになると人がかわるから、レイなんてノックアウトされちゃうよ」

「じゃ、やめておこうかな」

「だめー」

 わたしは、香澄ちゃんにロックのマシンガントークを浴びせられて困惑するレイを想像した。

「レイ、ちょっと待ってて」

 わたしは、愛音ちゃんの手首をつかんで引き寄せると、ワイングラスをもぎとった。

「ちょっと、なに?美結ちゃん」

 ワインを全部口にいれて、グラスをレイに押しつける。半分くらい飲み込んだ。

 愛音ちゃんの両耳のあたりを手ではさむようにして、キスした。舌をいれて、ワインを流しこむ。

 愛音ちゃんもわたしも、口からワインがたれそうになって下を向く。レイがハンカチを渡してくれる。

「美結ちゃん、なんてことするの」

「ドレスについちゃった?」

「そうじゃないでしょう!お嫁さんがすることじゃない」

 わたしは、愛音ちゃんの肩を抱いて背を丸めた。愛音ちゃんもわたしに合わせて背を丸める。愛音ちゃんの口をハンカチで拭って、耳に口を近づける。

「レイは、女の子同士であんなことするのが好きなの。だから一生の思い出に、サービス。それとも、大事なファーストキスだった?」

 わたしはもう一度愛音ちゃんの唇を奪った。

 レイは、ほくほく顔で見ている。

 唇をはなして、もう一度耳元でささやく。

「愛音ちゃん。じつはわたし、アンドロイドなんだ。黙っていてごめんなさい。でも、秘密があった方が素敵だって、愛音ちゃんが教えてくれたんだよ?」

 今度は愛音ちゃんが、わたしの耳に口を近づける。

「わたしこそごめんなさい。そんなこと、ずっと前から知ってたよ?」

「え?」

 まさか。

 顔を離して愛音ちゃんを見つめる。

 笑顔だ。本当なのか。

「だって、お母さんの娘だよ?小学校のころから気づいてたよ」

「そんな前から?なんで黙ってたの?」

 愛音ちゃんが、今度はわたしの唇を奪った。

 愛音ちゃんに、やられた。

 愛音ちゃんは、後ずさって妖しく笑った。

――秘密があったほうが素敵でしょう?

 愛音ちゃんの素敵さには、かなわない。

 ストレートの髪をなびかせて、わたしに背中を見せる。

「まだ秘密あるの?わたしはもうないけど」

「内緒」

「こらっ、教えなさーい」

 わたしは愛音ちゃんに飛びかかった。愛音ちゃんはドレスのスカートを片手でつかんで駆け出す。

「もう秘密ないんでしょー?」

 わたしはウェディングドレスで愛音ちゃんを追いかける。

 愛音ちゃんは、化粧室からもどってきた香澄ちゃんの横をすり抜けながら、ブーケを香澄ちゃんの胸に押しつけていった。香澄ちゃんは、ふたりともどうしたの?といった。

 本当だよ、わたしの結婚式だというのに、いつも通りのコントをやっているみたいだ。


 わたしは知った。レイを好きになって、はじめて。

 あのころの、愛音ちゃんの気持ち、わたしの気持ち。

 ふたりの気持ちのために、

 わたしは愛音ちゃんにキスした。

 でも、秘密にしておく。

 わたしの気持ちも、

 わたしが気づいていることも。

 いつかバラしてやるのだ。

 いつ、どうやってバラそうか。

 そんなことを考えるとドキドキする。

 そして、言ってやるのだ。


 秘密があったほうが素敵でしょう?

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彼女の秘密、わたしの嘘 九乃カナ @kyuno-kana

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