第16話 旅立

 オオタカが目を開けると、くすんだ白い布の天井があった。木の板が敷かれた床の上に寝かされているらしく、体は不規則に揺れている。半身を起こすと、辺りには木箱が積まれ、中にはなにかの作物や果物などが入れられていた。


「あっ、オオタカ。やっと起きたのね」


 声が聞こえ、視線を向ける。トビが床の端に座って、外に足を投げ出していた。その先には荒野が広がっていて、景色が動いていく。


「『どこだここ?』って顔してるわね? いいわよ、教えてあげる。ここはほろ馬車の中よ。村に立ち寄った行商人にお願いして、隣の街まで連れて行ってもらってるの」


 話を聞きながら、オオタカは辺りを見回す。確かに今いるのは幌馬車の中らしい。木の床の上には商品が入っていると思われる箱が積み重ねられており、くすんだ白い布が側面や天井を覆っている。後ろを見ると、行商人が一人むちを持って座っていて、その前にいる二頭の馬が馬車を引っ張っていた。


「本当は、ちゃんと村のみんなとお別れさせたかったんだけどね。あなた、七日間も起きないんだもの。行商人を待たせるわけにもいかないし、今度いつ来るかもわからないから、無理やり積んできちゃった。あっ、これはリンナからもらったお土産よ。かわいく描けてるでしょう?」


 トビはそう言って、一枚の紙を広げて見せる。そこにはリンナが描いたトビとオオタカの似顔絵があった。ふたりとも笑顔で、手を繋いでいる。


「ちなみに、村のみんなには『畑にカラスの群れが迷い込んで暴れてたから、アタシとあなたでやっつけた』って言っておいたわ。あなたが来たせいで村が襲われたなんてだれも思ってなくて、むしろ感謝されてるから安心して。ガイモは痛んだものもあったけど、無事だったガイモを使って挿し芽で増やせる方法もあるのよ。村のみんなが大切に育てれば、またきっとたくさん実が収穫できるわ」


 リンナの描いた似顔絵を大切にしまいながら、トビがそう言って片目をつむる。


「ミィー」


 不意に、オオタカの横に置いてある箱から鳴き声が聞こえた。箱の隙間から白い子猫が現れて、オオタカの腕にすり寄った。


「あら、あの時の子猫? ついてきちゃったのね?」


 トビはびっくりしたように声を上げつつ、腕を伸ばして子猫を呼ぶ。けれども子猫はオオタカから離れず、肩によじ登っていき、頬にすり寄った。


「どういうことだ」


 オオタカが子猫を肩に乗せながら、トビに向かって目をすがめる。

 トビは目を丸くして首を傾げたが、言葉の意味をくんで、真顔になった。


「アタシ、決めたの。あなたについていくって」


 オオタカの肩で、子猫が「ミィー」と鳴く。

 トビはふっと笑みを浮かべて、話を続けた。


「だってあなた、合体するためにはアタシが必要でしょ? シズクってお姫様を救うために、アタシもあなたに協力しようと思ったの。もしかしたら村がまた襲われるかもしれないから、残ろうかとも考えたけど、そんなのいつまで続くかわからないじゃない。アビス帝国は前々から好きじゃなかったし、ビクビク怯えて過ごすくらいなら、自分から乗り込めばいいじゃないって思ったの」


 覚悟を決めた明るい表情で、トビはまっすぐにオオタカを見つめる。

 オオタカはなにか言おうと口を開きかけた。

 けれども言葉が出る前に、トビがオオタカに人差し指を向ける。


「その代わり、あなたはアタシのお宝探しに付き合ってね? アビス帝国には古代人が残した秘宝が隠されてるって噂があるのよ!」


 そう言って、満面の笑みを浮かべた。


「さぁ、お宝がアタシたちを待ってるわーっ!」


 空に向かって片手を突き出し、高笑いを響かせるトビの背中を、オオタカが半目で冷ややかに見つめる。不思議そうに首を傾げる子猫を肩に乗せたまま、オオタカはおもむろに立ち上がり、トビの横へと歩いていった。


「降りる」


 言って、幌馬車の端まで行き、片足を外へと出す。


「ちょっと!? 動いてる時に降りたら危ないでしょ!? ていうか、待ちなさーいっ!!」


 トビはオオタカの足にしがみつき、叫びながら行く手を阻む。


 青く澄んだ空の下、賑やかな声を響かせながら、幌馬車は荒野の中を進んでいくのであった。



  〈終〉

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鋼鉄の片翼 宮草はつか @miyakusa

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