第15話 救剣

 まるで夢から覚めたように、気づくとトビは戦いの最中に戻っていた。

 オオタカとオジロワシが高速で飛びながら、剣と大鎌をぶつけ合う。両者とも一歩も引かないせめぎ合いが続いていた。


“そうだったのね……”


 合体した影響なのか、なぜ、トビの中にオオタカの記憶が流れ込んできたのかはわからない。それでもトビは、激しい攻防を繰り広げているオオタカに寄り添うようにして言葉を紡いだ。


“あなたは、守りたかったものが守れなかったのね……”


 出会った時、オオタカが「おれに関わるな」とトビを避けた理由が今ならわかる。

 トビは、今も遺跡の中で隠れている村人たちを思う。大切な人々をもしも失ったら、そんな考えたくもないことを思うと、胸が締め付けられるように痛む。そんな痛みを、オオタカはどれほど味わってきたのだろうか。

 完全にわかることなどできない。それでも、心に感じたことをオオタカに伝える。


“だったら、あなたはこれからになればいい!”


 オオタカの瞳が、ハッと見開いた。


“苦しみを、悲しみを、絶望を、その剣で叩き切ればいいじゃない!”


 その時、大鎌を受け止めていた剣から、合体した時のようなまばゆい光が放たれた。


「なんだ!?」


 オジロワシが光に目をくらませ、動揺した言葉を漏らす。

 オオタカはいったん身を引いて、光の帯びた剣を天に向かって掲げた。

 小さな羽が重なり合ってできていた刃が、左右に開いていく。剣の軸を中心として、まるで葉脈のように羽が広がる。そして、ひとつひとつの羽に埋め込まれた推進器スラスターから大量のエネルギーが放出された。エネルギーの塊がまるで尖った一枚の羽のように、緋色に輝く一本の刃となる。


緋炎翼救剣フレイムウィングセイバー


 解き放たれた剣をオオタカが構える。

 オジロワシが一瞬顔を引きつらせたが、口角を無理に吊り上げ、大鎌を構えた。


「おれは、シズクを救う!」


 加速器ブースターから緋色のエネルギーを噴射させ、オオタカが飛び出す。


「ほざけぇ、鉄クズの分際がぁ!」


 オジロワシも推進器スラスターを全力噴射させ、オオタカを迎え撃つ。

 振り下ろした大鎌が、緋色の剣に当たる。途端、回転する刃が赤く染まり、まるで液体のようになって溶けていく。


「なんだと!?」


 高エネルギーを持つ緋色の刃が、大鎌の回転刃に食い込み、両断する。

 オオタカは剣を大上段に振り上げた。


「はぁぁぁぁああああああーーーーっ!!」


“いっけぇぇぇぇええええええーーーーっ!!”


 緋色のきらめきが、縦一閃にオジロワシの体を貫いた。

 加速器ブースターの勢いのまま、オオタカはオジロワシの後ろへ飛んでいき、そこで止まる。

 背後には、縦真っ二つに裂かれたオジロワシがいた。


「バカな……、俺様が……こんな……鉄クズに……」


 その言葉を最後に、オジロワシは断末魔を上げ、爆散した。

 雲よりも高くにいるオオタカの足もとには、広がる荒野があり、背後の地平線から今まさに太陽が昇ろうとしていた。翼に柔らかな光が当たる。闇に包まれていた空が照らされ、足もとに小さく見える村にも日の光が当てられた。


“……勝った”


 トビの呟きが、オオタカの頭の中で聞こえる。

 エネルギー放出が止まった剣は、羽が閉じられ、もとの姿に戻る。


“やった……! アタシたち、オジロワシに勝ったのねっ!”


 日の光を浴びながら、トビは心から嬉しそうな声をあげた。

 オオタカはなにも言わずに後ろへ振り返り、ゆっくりと息を吐くようにして肩の力を抜いた。


“どう? 空を飛んだ感想は? めちゃくちゃ気持ちいいでしょ?”


 目を細めながら太陽を見つめるオオタカに向かって、トビがいたずらっぽく尋ねる。オオタカは、相変わらずなにも言わない。トビが小突くつもりでなにか言い足そうとした時、不意に口を開いた。


「この合体は、大量のエネルギーを消費するようだ」


“えっ?”


 疑問符を浮かべると同時に、オオタカの体が光に包まれる。光はふたつに分かれると消えていき、あとには合体前のオオタカとトビが残された。


「あっ、アタシの体、もとに戻った!」


 トビは自分の体を確認して、ホッと胸に手を当てる。それから、隣にいるオオタカの体も覗いた。傷は残っていないようだ。


「あなたのほうも、壊れた部分は直ってるみたいね。良かったじゃないー!」


 トビはそう言って、笑いながらオオタカの肩をポンポンと叩く。

 一方のオオタカは反応がない。だしぬけに体がフラリと揺れた。


「へっ?」


 今さらながら、トビはここが空の上で、オオタカが片翼だったことに気づく。それ以前にエネルギーを使い果たし、機能を停止しているようだ。

 瞳は閉ざされ、翼は動く気配さえしないまま、オオタカは頭から下へと落ちていく。


「あぁっ!? 待ってぇぇえええええーーーーっ!?」


 トビは慌てて翼を羽ばたかせ、落ちるオオタカを追っていくのであった。

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