第6話

 探偵部の三人は、急いで製材所に向かう電車に駆け込んだ。

 こんな時は、スマホ持ち込み禁止の校則が恨めしい。


 挑戦状の期限は今日。

 今日の取締役会で譲渡が承認されてしまい、たぶらかされたおじいちゃんが株式譲渡に合意してしまったら、製材所が丸ごと買収されてしまうかもしれない。


「……だから怪盗オゾンカは、会社のすべてを盗む、といったんだわ」


 すみれは真っ青な顔で、今にも泣きだしそうだ。


「大丈夫。きっと間に合うわよ。取締役会の前に、おじいちゃんや叔父さんと叔母さんを説得しましょう。きっとわかってもらえるよ」


 すみれは震えながらも頷いた。


 駅に着くと、製材所に向けた坂道を駆け上がる。

 いつもなら楽しい気分で駆け抜けるこの坂も、今日は不安でいっぱいの想いだ。


『大岡製材所』


 その看板を横目に、事務所へと駆け上った。


「おじいちゃん!」


 会議室の扉を開けると、そこにはおじいちゃんと叔父、叔母の三人がそろっていた。まさに、取締役会の真っ最中のようだ。


「おじいちゃん、いいえ、叔父さんも叔母さんも聞いて。怪盗オゾンカの口車に乗ってはダメ。彼は、この会社を盗もうとしているの。株式を譲渡したら、会社を乗っ取られちゃうわ」


 すみれはそこまで言うと、両手を顔に当てて首を横に振った。


 それを見て、叔父が口を開く。


「そうは言ってもね、すみれちゃん。おじいさんもお年で、私たちも子供がいないから、この会社の跡継ぎはいないんだ。そろそろ譲渡を考えないと……」


 ……確かに。おじいちゃんが元気に見えるから、だれもが目をつぶっていた問題。


『誰がこの会社を継ぐのか』


 すみれのお父さんは大企業に就職し製材所を継ぐ気はない。


 であれば、譲渡されてしまうのは致し方ないことだ。


 ……


「私が……私が継ぎます。だから、それまではおじいちゃん、会社を手放さないで」


 すみれはおじちゃんの袖をつかみ、懇願した。


 それを聞いたおじいちゃんは、今まで見た中でも一番の優しい笑顔ですみれの頭にそっと手を置いた。


「そうか。誰よりもこの製材所が好きで通い詰めてくれたすみれがこの会社を継ぎたいというのであれば、本当にうれしいことだ。すみれが大人になるまで、このまま譲渡せずにいることとしよう」


 それを聞いて、すみれは満面の笑みを浮かべおじいちゃんに抱き着いた。


「おじいちゃん、ありがとう」


 叔父と叔母も優しい笑顔ですみれに声をかける。


「製材所の経営は大変だから、がんばって勉強するんだぞ」

「みんなで応援するからね」


「叔父さん叔母さん、はい、ありがとうございます」


 そして、部長がすみれの肩をたたき笑顔で声を掛けた。


「よかったね。すみれ。将来の社長さん、頑張るんだよ」


 大井は、これを機に調子に乗る。


「よし、おれは社長の夫を目指して頑張るぞ」


 おじいさんがすかさず切り返した。


「大井君、ではまずは放課後毎日製材所に来なさい。製材の仕方や機械のメンテ、会社の経営をみっちり仕込んであげよう」

「ええ!?毎日?それは勘弁してほしい」


 その場の全員がどっと笑った。

 その笑い声で、すみれの涙はどこかに吹き飛んだようだった。


 ――その日の大岡製作所の取締役会議事録には、こう記された。


『怪盗オゾンカ(OOOKA)の買収陰謀は阻止された』


<完>

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天王洲中学探偵部への挑戦状。 どまんだかっぷ @domandacup

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