第15話 川野さんの家 Ⅲ

「なーんだ。川野さん、当てになんないな」


「だって、私はパン屋さんじゃないから……」


 不満げな二人に、紗奈は必死に弁解する。

 その時、玄関のインターホンが、ピンポーンと軽い音で鳴った。


「……誰?」


 不安な様子でさやかが聞く。しかし紗奈は、ほっとしたように表情を緩めた。


「私のお母さん。私はすぐ仕事に戻んないといけないから、来てくれるように頼んでたの」


 紗奈は走り出て行って玄関を開ける。


「紗奈、久しぶり!」


 瑞穂が、にっこり笑って言った。


「うん、久しぶり……? いや、3日前くらいにあったけど」


「3日も会って無ければもう久しぶりじゃない? 紗奈、最近あんまり顔見せに来てくれなくなったよね」


「私も忙しいからねー。ほら、お母さん中入って」


 いつまでも玄関先でおしゃべりを続けそうな瑞穂を、紗奈は慌てて中に引き入れる。


「お母さん、荷物多すぎない? 何をこんなに持ってきたの」


 紗奈が呆れて聞くと、瑞穂は、


「優斗君とさやかちゃん? その子たちにお菓子でも作ってあげようと思って、材料いろいろ買って来たのー!」


 と楽しそうに言った。


「優斗君、さやかちゃん。こんにちは。瑞穂ですー」


 彼女は二人を見つけて、明るく挨拶をした。


「こんにちは……」


 緊張気味にさやかが答える。瑞穂はそれを見て微笑んだ。


「あなたがさやかちゃん? 可愛い〜! 小さい時の紗奈に似てる!」


 この分だと、優斗の事は「陽介みたい」と言うつもりかな、と紗奈は戸惑う。

 だが、とりあえず瑞穂は2人を気に入ったようだった。


「それでね、お母さん」


 紗奈が瑞穂に話しかけると、彼女は言った。


「分かってる。この子たちの面倒見てあげればいいんでしょ?」


「うん、まあ、そうなんだけど……」


「それなら大丈夫よー。紗奈は安心して仕事行って来なさーい」


「えっと、本当に大丈夫?」


 瑞穂が能天気に笑うので、少し心配を残しつつも、紗奈は彼女に任せる事にする。


「じゃあ、さやかちゃん、優斗君、私仕事戻ってもいいかな?」


 いやだ、と言われたらどうしようか、と少し不安に思った紗奈だったが、さやかと優斗は結構落ち着いていた。


「川野さん、お仕事頑張ってねー」


 優斗が言ったので、紗奈は少し意外なような、ほっとしたような気持ちで、家を出る支度をする。

 

 一度家に帰ってしまうと、また出るのが辛く感じてしまう。


 それを振り切って、紗奈は母にお礼を言ってから、玄関から駆け出した。

 

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修正部 72時間 花風ひなかのん @Hanakaze0721

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