第15話 川野さんの家 Ⅱ

 ──でも、これは現実だ。


「……ねえ、優斗君、何で家出なんかしたの? 公園でも言ってたけど、よく分からなくて。説明、してくれる?」


 紗奈が話を振ると、優斗は寝転んだまま、少し切なく目を細めた。


「……今考えたら、俺が悪かったんだよね。1番言っちゃいけない事を言って、父さんを怒らせた」


 後悔している、といった優斗の声色に、紗奈は無言で続きを待つ。

 しかし、そこでさやかが言った。


「お兄ちゃんは悪くなかったよ! あれは……私から見てもめっちゃムカついたし」


「でもさ、父さんの気持ちも分からなくは無いじゃん。俺もあずまパンを失くしたくは無いしね」


「だけど……、だからってお兄ちゃんの意見を何も聞かずに、『お前が継ぐのが当たり前だ』って言うのはさすがに酷いと思う」


 大体事情が分かってきた気がして、紗奈は溜息をついた。

 

 優斗たちの父は、「あずまパン」と言うパン屋を経営している。そして父は、将来それを優斗に継がせたいらしい。しかし、そんな彼の意思を初めて聞いた優斗は、驚いてしまった。

 

 そんなつもりは、全く無かったから。

 

 急な話に戸惑う優斗に構わず、父は自分が考える将来展望を勝手に語った。

「そろそろサッカーの習い事は辞めて、パン作りの勉強をしないか」

「お前には期待しているんだぞ」


 優斗の意思を無視した父の希望は、優斗を激しく動揺させた。

 

 このまま黙っていたら、自分の将来が勝手に決められてしまう。


 そんな恐怖から、優斗は思わず反抗してしまった。頑なな2人はそこから更にヒートアップして行き、最後に優斗が


「こんな潰れかけのパン屋、継ぐ訳無いだろ!」


 と言い放ち、飛び出す。


 優斗はそこまでを、つまづきながらも語ってくれた。


「実は、最近うちの近くに、新しいパン屋が出来たんだ。Sakuraって言うお店で、高校生とかが好きそうなオシャレな内装の」


「Sakuraが出来て以来、あずまパンによく来ていた近くの高校の生徒のお客さんが、うちにはめっきり来なくなっちゃって……」


 優斗が「潰れかけのパン屋」と言ったのは、Sakuraの影響だ。昔ながらのあずま屋は、新しく吹いた風に、倒れないようにするのが精一杯。毎日夕食が売れ残りのパンだから、その状況はさやかと優斗にもはっきり分かっていた。


「そっか……。それは大変だね」


 言うべき言葉が見つからなくて、紗奈は当たり障りの無い言葉を使ってしまう。


「ねえ川野さん、何か良い案ないですか?」


 さやかが身を乗り出した。


「お兄ちゃんが継ぐ継がないの話もだけど、それ以前にあずまパンが生き残れる方法を。私もよく考えるんですけど、あんまり良い案浮かばなくて」


「えっ、私……?」


 さやかの目は真っ直ぐに、紗奈が回答から逃げることを許さない強さで見つめていた。

 でも、未来人である紗奈が、知恵を授ける訳にはいかないし、そうでなくても、紗奈には何も思い浮かばない。


「私には、パン屋さんの事は分からないな」


 申し訳ない、と思いながら、紗奈はそう言う。

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