第6話 深い森の中で


「……で、森の中ね」


 目が覚めたら、森の中。

 とはいえアマゾンだとかの熱帯雨林みたいなイメージではなく、一目でわかる『道』のある森の中だ。

 ゲームのダンジョンみたいに木々の間に雑草の生えてない部分……獣道があるってことは、この森は誰かに使われているってことになる。


「まあ、そりゃそうだよな。未開の熱帯雨林スタートとか考えたくもない」


 異世界の虫に刺されて熱出して人生終わり、とか冗談じゃないからな。

 誰もいない森の中、良く晴れた空の下……とはいえ、水もなく屋根もなく火もなく、季節すらわからない。

 とにかく夜中に冷え込んだら死にかねないので、今すべきはサバイバルだ。


「お……」


 しかし振り返って、嫌でも気づく。


「こんなものまでオマケしてくれたのか……役に立つ……どころじゃないよな?」


 バスが、横転していた。

 煙が出ていないのとガソリンが漏れてないことはしっかりと確認して、足でドアを蹴り破ってスキマを広げ、中に入る。

 そして目当ての『その部屋』を探し当てるのに、そこまで手間はかからなかった。


「あったあった」


『仮眠室』。大型のバスが長距離を航行する場合に、代わりの運転手が眠る部屋。

 横転してはいるものの、食事と睡眠の必要があるから、当然シーツも布団もある。小型冷蔵庫に、水もあった。

「……と、エロ本か……」

 使える。

 いやそういう意味ではなくて、服の間に挟めば断熱材になる。

 扉の開いた荷物室へ入ってみんなの荷物を出せば、当然、雨具としてカッパもある。おやつとして食料もある。

 ……が。

「……みんな、いないんだよな」

 持ち主のいない荷物。

 さっきまでみんなが座ってた、椅子の群れ。

 僕みたいなのがこうして異世界に転移して、何も悪いことをしていないみんなは多分死んだ。

 何だかなあ……

 辛くなってきたので考えるのをやめようとしたその時、

「ん……?」

 気づいた。

「……これ、足りない……よな」


 明らかに、軽い。荷物が少ない。

 バスの外でそのことに気づいた瞬間、だった。

「動かないで」

 何かが、首元に突き付けられていた。

 質感からして、多分バスのミラーの破片だ。


「……無事だったんだね、木崎さん」

「動かないでって、言った」

「……」


 ぐっ、と首に食い込む尖ったミラーの先。少し痛い。

 動かないでと言われつつも両手を挙げて降伏の意思を示しつつ、


「降参するからさ、そっち向いていい?」

「構わない」


 ミラーの破片をそのままに、振り返る。

 喉元を狙わせておいたくらいで安心してもらえるかは謎だが。


「生きてたんだ」

「おかげさまで……なのかな?」

「知らない。それよりも……」

「ん?」


「これ、どうにかして」


 そう言って木崎さんが指さしたのは、背後。


「あっははー」

 悪魔が、まだいた。

「いたのかよ」

「ええ、それに、今死なれても色々困るんですよ~」


 涙声で言いつつ、黒い尻尾を木崎さんに突き付けている。

 ふざけてんのか? と思いつつも、悪魔の思考回路なんて理解できないから油断もできない。


「……木崎さんに僕を殺す気があるわけねえよ、離れろって」

「いいことを聞きましたねぇ、じゃあ今すぐ殺しましょうよ」

 そう言って笑う悪魔。

「流石悪魔だと褒めたいけど、多分それ無理だからやめといたほうがいいぞ」

 バカにするように僕が言うと、あからさまに悪魔がむっとした。


「……試しましょうか? 一瞬ですよ?」

 声色を変えて、凄む悪魔。やっぱり意味もなく僕の意見を聞いただけで、僕の言う事を聞こうとか言う気はさらさらないらしい。

「なら一秒で殺せなかったら僕の言うこと聞いてもらうぞ。『二人とも』いいよな?」

「いいですよ」

「構わない。どうせ……


 一秒経った。


 ……私、死なないから」

 黒い尻尾は、見た目的には木崎さんの頭を貫いている。

 ただし、そう見えるだけだ。

「あっつ……お、お前まさか……」


 翅、だった。

 宝石のように輝く蝶の羽のように薄い、極彩色の薄い翅。

 それが刃物のように木崎さんの背中から生えて、悪魔のしっぽを切っている。

 切った先は傷口が木崎さんの後頭部にくっついてるだけで、地面に落ちたしっぽの先からは黒い煙がうっすらと出ていた。


「お前……『天使』と契約しやがったな!? いたたた……」

 言いつつ、尻尾はきれいに再生する。けれど相当痛いらしく、若干涙目だ。

「うん、した」

 何のアピールか知らないけど、木崎さんはこっちを向いて無表情にピースサインを向けてくる。

 何かしらあるだろうとは思ってたけど、まさかの天使とはなあ。

 わなわなと震える悪魔を無視して、ため息を一つついた木崎さんがミラーの破片を投げ捨てて、呟く。


「結局……いつも通り」

「ま、僕も同じだしね」

「試したの?」

「まだ。まあ試す奴がいないってのはあるけど」

「なんの……何の話だ!」

 悪魔が怒鳴るけど、僕らには当たり前すぎて、うんざりする話だ。

「いやだから、僕の『チート』」

「『ギフト』じゃないの?」

「はぁ!? なんなんですかそれ! 私は何もあなたに与えてませんよ!?」


 うーん、説明が難しいな。

 と思っていたら、


「試して」

 そう言って、どこから出したのか、木崎さんは僕に木刀をくれた。

「……せっかくの武器だし、捨てたくないなー」

 木崎さんが言いたいことは理解できる。

 でも『そんなこと』をしたくなかったので遠回しに断ると、

「まだ三本くらいあったから」

 無駄だった。誰が買ったんだ……


「殺す気でやって」

「わかってる」


 ああいやだいやだ。本当に嫌だ。

 けれどだからって木崎さんが引き下がるわけもないので、木刀を預かって、構える。

 狙う先は木崎さんの頭。木崎さんは軽く右手を上げるけど、そんなもので防げるわけがない。


「そういえばメガネは?」

「伊達。予備はあるけど、今はしてない」

 そう言って笑う木崎さん。

 初めて見た彼女の、きっと本心からの笑い顔は……

 ……教室や図書室で話した時には見せなかった、いい笑顔だった。


「……そっか」


 そう言って、振り下ろす。

 絶対に手加減無し、殺す気で、だ。


「……ま、こういうことだよね」

「ね」


 そして、振り下ろされた木刀は、砕けている。

 木崎さんの頭に当たるより先に、受け止めた木崎さんの手で、だ。

 もちろんこれは木崎さんが武道の達人とかそういう事じゃなくて。


 ――ほの紅く光る木崎さんの右手が、自動的に木刀を受け止めた。


「不良品?」

 見透かしたように木崎さんが言う。

 それと同時に、ふっ、と紅い光が消える。


「虫食い……だね」


 僕が答える。

 砕けた木刀は柄の少し上の中身がスカスカの不良品。卵の殻みたいなもんで、少し力を入れればせんべいより簡単に砕け散る。

 シロアリみたいなのがこれを巣か何かにしてたんだろう。

 もちろん売り物だったものがこうなるなんて普通ならあり得ないけど、木崎さんはその『あり得ない』を何度でも引き起こす。

 木崎さんの『運命力』が、運命を捻じ曲げる。


「……どういうことです……?」


 それを見ていた悪魔が驚く。

 まあ、そりゃそうなるわな。


「だからあ、木崎さんは『殺されない運命』なんだよ」

「『殺されない』……?」

「そういう『ギフト』。私の『能力』」

 表情を変えず、木崎さんはつぶやく。

「『チート』なんて呼ぶのは、芹沢君とか一部の男子くらいだけど。普通は、『ギフト』って呼ぶ」

「あ、あり得ない! あなた達の世界にそんな……」

「あり得ますよ、悪魔」


 その時、声が、降ってきた。


「質問します。手出しが過ぎるのでは? 悪魔。さすがにそれは私も止めざるを得ません。だから止めました」


 声の主は、光の玉だった。

 光の玉に、天使のわっかに、光の羽。そして無感情で機械的なイントネーションをした声。

 まあ天使かなって言えば天使だけれども。


「ちっさくない?」


 その体が、BB弾くらいの大きさしかない。

 天使の輪が上部分に無かったら、遠目にはほぼホタルだ。


「さっきはこんな形してなかった。普通に、人だった」

「返答します。これは『受肉』による負担を考えた行為および結果です」


 受肉?


「見たところその悪魔は契約による大規模な『受肉』を行っています。マスター、経緯の確認を推奨します」

「芹沢君、悪魔と契約したの?」


 意外そうな顔でこっちを見る木崎さん。

「不本意ながら……」

 非常時だったもんで。


 ていうか、マスターって呼ばれてんのか。カッコいいなそれ……


「また、眷属化を確認しています。私の知る限り、悪魔へのこの規模の受肉の許可および眷属化は、この世界において例がありません」


 などと思っている間にも、天使が説明を続ける。


「ま、待って!? 私が眷属!? 眷属って!?」

「説明します。私は『契約』を目撃しています。『言うこと聞いてもらうけど『二人とも』いいよな?』という言葉を、貴方は承認しました」

「あ……」

 思い出したらしい。


「ちなみに今、ちょうど一分」

 腕時計を見て、木崎さんが言う。

「う……うう……」

「悪魔側から契約を破棄する権限は、存在しません。よって理解しがたい行為です」

 そしてそこに天使が追撃して、

「うぅ~~」

「眷属……つまり、奴隷?」


 襲われた恨みもあるのか、悪い笑顔で木崎さんが続けた。

 なんかこっちの世界に来てから、木崎さんの表情が豊かだな。


「返答します。奴隷化および、それに準ずる制約は可能です」

「ちょ、やめてよ!」

「しかしながら、その場合における悪魔の能力は大きく制限されます」

「……それはそれで需要ありそう」


 なんか木崎さんがとんでもないことを言っている気がするが、聞かなかったことにしよう。

 ……さて、どうしようかな。

 と悩んでは見たものの、やっぱり答えは決まっている。


「じゃあ……」

「ひっ」


 怯える悪魔。つくづくこいつには悪魔的な威厳とかそういうもんがないもんかね。


「……これ以上、僕以外と契約できない様にしろ」


 これしかないだろう。

 またうっかり契約してやらかした、なんてことを続けられても困る。


「え?」

「おや」

「くす」


 悪魔、天使、木崎さん。

 その順に意外そうな顔をされ、僕も反応に困る。


「……え? なんかおかしい?」

「いいと思う」

「発言します。奇抜な発想です」


 何故か木崎さんだけが笑顔だ。何か僕、木崎さんが気に入るようなこと言ったかな。奇抜……ではないと思うが。


「じゃ、話は終わりか。で、木崎さん、これからどうする?」

 正直、謎を解かれた犯人としては、このままここで何を言われても従うしかないけれど。

「今の私達は、遭難と同じ」

「うん」

「だから、手伝って。一緒にサバイバル、するから。心得とか、知識、ある?」

「あ、うん、一応……じゃあとりあえず寝床はバスがあるとして……水と火だけどうにかしないと」

「わかった。じゃあ私は焚き木、集める」


 意外なことに、推理ショーの続きは始まらなかった。

 そうして、僕らはサバイバルの準備を開始する。

 天使と悪魔が僕らの後ろでボケーっとしていたが放っておこう。

「はぁ……」


 何だか忙しくなってきた。

 死ぬかと思ったけど死ななくて、

 一人ぼっちかと思ってたら木崎さんがいてくれた。

 仲間がいてくれたことは本当にうれしいし、精神的にすごく助かる。


 正直『犯人なんかといられるわけがない、目の前から消えて』とか言われるかと思ってたけど、

 木崎さんからしてみれば、僕を追い出すより協力させた方が有意義って判断なんだろう……たぶん。

 とにかく今は何よりも、たき火がしたい気分だった。

 ……寒さで死にたくないからな。

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