第5話 就寝前の観客とその眷属

「お疲れ様でしたー。いやー面白そうですね、神様!」


 説明が終わった後、『壁』の壊れた世界で、とある『神様』に近づく生命体があった。

 この『神様』はあの悪魔が『彼』を導いた先の世界に君臨する神の中の一柱で、

 あの悪魔を発注した神でもある。


 今回は『悪魔』を使って魂を引き込んでみたが、ことのほか面白いことになったようなのでおおむね満足していた。

 これであとはあの駒がどう動くか見ていればいい。打ち合わせもしてないので、他の神の動向は知らないが、

 今回はその『知らない』という贅沢を存分に味わうことにした。

 どうせまたすぐ寝る身としては、できることは済ませておきたい。

 そんなふうに自分が興奮しているのを感じながら、神は目を閉じた。


 他の神の中には『加護』を過剰なまでに搭載してから送りだしたりする者もいるらしいが、

 この神に限ってはそういう『プレイスタイル』を好まない。そういう性格だった。


「ええ、本当に。……というか、その姿はどうしたんですか?」

 眼を閉じたまま、神は語る。

「『放置世界』から拾ってきました! どうです? かわいいですか?」

 生命体は、この『神様』の眷属であり、精霊などと呼ばれる、エネルギー状の生命体が形を得ている存在である。

 それが機嫌よくふりふりと体を動かす様子を、『神様』は見ることなく理解する。


 ……ちなみにあの悪魔は教えてなかったが、神は眷属として『悪魔』『天使』『精霊』の三つを使役できる。


 好みによってどれを使役するかは様々だが、どれにせよその生命体は『他の神』の所有物を受け取ったものだ。

 全知全能が利かないこの『狭間』では、他の神も同様にこうして眷属を連れていることが多い。

 ただし自分で作成した眷属は『全知』の枠の中に入ってしまうので、こうして他の神と眷属を発注・交換して、全知の枠の外を楽しんでいる。


「バニーガール、っていうらしいです!」

「そのメイクも?」

「あの世界の道化のメイクらしいです! ピエロ? とかいうらしいですよ」


 明るい声で眷属は笑う。

 その恰好はバニーガールの格好とピエロのメイクが混じった奇怪なもの。

 右半分が涙を流し、もう片方が笑顔という、『こちらの世界』にはないものだ。

 そして服も服で、露出過多でありつつも袖にはなぜかシャツの切れ端。


「ふむ」


 その奇妙ないでたちを眷属自身は楽しんでいるようで、何よりだと思う。

 借り物とはいえ扱いは自由。しかし神同士の関係性を考えれば、借りた眷属の満足度は高い方が望ましい。

 そして同時に、知らないことを知る喜びを、こんなにもたやすく味わえることに神自身も笑う。


 やはり『異世界』はたまらない。

 これこそが醍醐味なのだと、神は実感する。


「なかなか似合ってると思いますよ」

「うふふー、ありがとうございます!」

「今回の遊びは、楽しめましたか?」

「ええ、とっても!」


 笑う眷属を見て、羨ましいことだ、と『神』は思う。

 自分達『神』は、この眷属のように受肉して異世界に行く、などということはしない。

 この眷属のように精神が肉の器に入り切るのであれば別だが、そもそも『神』たる中身が入る器など宇宙一つ使っても全く足りないのだ。


 だから取り替えた眷属をアンテナ代わりに遊びに行かせて、『放置世界』の影響を耳にする程度にとどめる。

 もちろんかなりの手間ではあるが、うっかり神の力で放置世界を理解してしまうわけにはいかない。

 それだけは、絶対に。


「それにしても、あの世界って本当に不思議ですよね……誰が何であんなものを作ったんでしょう?」

「さあ」

 自分の持つ世界であれば全知全能だが、別の誰かが管轄する世界では全知全能足りえない。

 それは『神』すらも縛る、世界のルール。だがそれでも、考察することはある。

「……まあ、退屈したのだとは思いますがね」

「え?」

「退屈、ですよ」

 あの『放置された世界(仲間内では放置世界と呼ぶ)』の神もまた全知全能なら、きっとあの世界の宇宙の始まりを創った時点で『何か』を悟ったのだ。

 そしてそれの何が気に入らなかったのか、それ以来、ほぼ一切あの世界に、あの世界の『神』は手を加えていない。


「キミは私たちが絶対にしないこと、ってわかりますか?」

「えっと……『未来を知ること』でしたっけ?」

「ご名答です。おそらくですが、あの世界を作った何者かは、こともあろうに一番最初にそれをしてしまったんでしょうね……」


 先を読む。世界の行く末を、『理解してしまう』。

 全知全能にとってそれは、もっとも簡単に永遠を退屈する、もっともやってはならない行為だ。


 例えば人間が小説や映画を見る際に、ラストから把握する者はほとんどいない。つまらないからだ。

 そして、初見の作品を早送りすることも、巻き戻すこともない。

 できるが、やらない。やりたがらない。つまらなくなるからだ。


 それと同じように、その気になれば世界、あるいは自分の結末すらも『理解』し、知ることができる全知全能の神は、

 その気になれば一秒未満でその世界を全知して、退屈し、絶望する。

 だからこそ神は『未来』を考えようともせずに、『今』にしか目を向けないことにしている。

 そのはずなのだが、『放置された世界』の神はきっとそれをして、姿を消してしまった。


「本当に、どこ行ったんでしょうねえ。みなさんお礼の一つも言いたいでしょうに」

「案外、こっちが勝手にやってることを怒るかもしれませんよ?」

「うふふ、そうかもしれませんね。やはりあの世界に行かせると発想が斬新だ」

「じゃ、おやすみなさい神様! 私はまた遊びに……あれ?」

 眷属がふわふわとしたしっぽに手を伸ばす。

 バニーガールの衣装、そのしっぽについていた『それ』はこの世ならざる者の力で簡単に砕け散り、この世界に存在できずに消えていく。

「……何かありました?」

「いえ、何も」

「そうですか。ではおやすみなさい」

「はい!」

 GPSの、発信機。

 話題にしていた世界のそれを、あえて知ろうとしない神が理解できるはずもなく、眷属は放置された世界に戻っていった。


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