第4話 悪魔と神と世界の話


「え?」

「わらひの登場が遅れたのは分かるますよ? ふぇもだからって寝ることはないんじゃないです?」


 目の前にあったのは、仮面。

「……いや、何なのお前」

 三日月形の三つの穴が開いている面が、宙に浮いていた。


「ああご紹介がおそくなり申し上げますね、私、あなたの『魂』に用事があった世代でして」

「……ん?」


 僕が体を起こすと、仮面もそれに合わせて角度を変えて、僕と顔を合わせる。

 口の形をした穴がぐねぐねと動いているが、歯もなければ舌もないそいつが、どうやって声を出しているのかわからない。


「意味、通いませんかね? 最へい限度、通じる手色のはらしはできてるはるなんですけど」

「ん……んん、まあ、うん?」


 歯もないのに噛みまくってる(?)が、なんとかギリギリ意味の通じる日本語で、そいつは語る。

 しかし僕が首をかしげているのが気に入らなかったのか、『ひょっとまっへくらさい』とか言って『喉』を触る。

 正確には宙に浮く白い手袋みたいなのが追加で現れて、喉がありそうな位置を触っているように見えるだけだけれども。

 孤独から解放されたありがたみのせいか、意外と取り乱さずに済んだ僕は、あぐらをかいて話を聞くことにした。


「んっん……ご紹介がおそくなり申し訳ありませんね」

「はぁ」

「私、あなたの『魂』に用事があった次第でして」

「随分言葉が正しくなったな」

「アップデート、と言う奴ですかね? コツをつかんだだけですよ、『探偵』、芹沢 正義さん?」

「……」


 仮面の声色は楽し気なんだけど、なんなんだこいつ、としか感情が動かない。

 ……どうにも、不快だ。いや、不安、なのか?

 しかしそんなことより、今はこの状況に説明が欲しい。

 心がざわつくのを無視して、とりあえず目の前の仮面と話を続けることにした。


「それで、僕に……いや僕の『魂』だっけ? に、何の用だよ」

「ありていに言って、ここから『異世界』に行って欲しいのですよ」

「……異世界? 僕に?」

「ええ、そうです」

「ちなみに、断ると?」

「元の世界に戻します。すると結構な確率で、死にますね」

「だよね」


 あの世界に戻るわけですからね、と言わんばかりに、仮面が上を見上げ、手袋の指をピンと立てる。

 するとぼんやりと、炎にまかれた高速道路が見えた。


「お前が、アレやったの?」

 だとしたら許さんが。

「まっさかあ、そんなことするわけないじゃないですか。死にそうだったのを助けただけですよ」

「……ちなみに、死ぬとどうなる?」

「さあ? あなたたちの世界だと……えっと、輪廻転生? とかするんでしょ? 違うんですか?」

「いい加減だなあ……うん? あなたたちの、世界?」

「ええ、私、あなた達の世界の存在じゃないのでー」

「えっ?」


 違うの?


「あ、もしかして私を、あなたの世界の死神とでも思いました? こうすればわかりやすいですか?」


 ぼん! と黒い煙が目の前に噴き出して、それが晴れたとき、そいつはそこにいた。


「……お前……」

「こういうことです。ご期待に沿えなくてごめんなさいね? あっははー」


 ポーズをとって、僕を覗き込むように見つめて、嗤う。

 目の前にいたのは、『悪魔』だった。

 黒い羽と長く伸びた角。黒目黒髪、長い爪と舌、腰くらいまである黒髪……雄を誘惑する体を最低限隠す皮の服。

 つまるところめっちゃエロい。

 じゃなくて、その恰好は一言で言って……


「……こういうのって、女神とか天使の仕事だと思ってたよ」


『悪魔』だった。

 ただし世間的なイメージの、ヤギの角にハート形のしっぽとは違って、もっと奇怪な、見たこともない生物のパーツが備わっている。

 瞳も動物のそれじゃなくて蒼く光ってるし、角も黒曜石みたいな漆黒。極めつけに舌が緑色。

 見えている部分の肌には絡みつくように何か文様が書いてあるけど、その中にある文字っぽいのも当然、僕らの世界のものじゃない。

 それでもそのデザインの邪悪さを言葉にするなら、『悪魔』以外の何物でもなかった。


「おや、女神様や天使の仕事、ってのは間違ってませんよ? 仕事は同じですし」

「え?」

「ま、気にしなくて結構ですよ」


 女神や天使と悪魔の仕事が……同じ?

 意味は分からないが、状況は理解できる。


「つまり僕は今『異世界の悪魔』に誘惑されてるわけ?」

「ええ、どうせ死ぬんなら、私の世界に来ませんかぁ? ってことです」

「異世界……って言うけどさ、僕ら今、言葉は通じてるよな」

「ああ、その辺の便宜は図りますよ? 種明かしはまだしませんけど」


 異世界の自称悪魔が、にっこりと笑って僕を誘う。

『犯人』の僕としちゃお似合いだ。

 そして、僕には選択肢なんてないわけで。


「はー……わかったよ、異世界だろうが何だろうが連れてってくれ」

「おや、割と決断が速いですねえ、悪魔の誘惑に乗るんですか?」

 にやにやと悪魔が嗤う。

「乗らなきゃ死ぬんだろ?」

「ええ、多分」


 だったらそもそも選択肢がない。

 死にたくない。だからこうするしかないだけだ。

 ……どう考えても、自称『悪魔』に『こうするしかない』ところまで追い込まれてることがめちゃくちゃヤバイけど。


「それに、悪魔の誘惑っていうからには、一応何かいいことあるんだろ?」

「一応、と来ましたか。ええ、富でも名声でも、なんなら適当にチートな能力でも。ある程度お好きなように」


 結構気前が良かった。まあ悪魔なんだから、喜んでもいられないんだけど。


「それは……嬉しいけど、え? 帰る方法を教えてくれるとかじゃなくて?」

「おや、帰りたいんですか?」


 笑顔をそのままに、首をかしげる自称悪魔。


「……そりゃそうだろ。もしかして無理だったりする?」

「いえ? 私がこうしてあなたの魂を肉体ごとこっちに持ってきてますし、無理ではないでしょ」

「だよな。そりゃよかった……」


 発売を待ってるゲームだってマンガだってあるし、何より僕はまだ……

 ……罪を、償っていない。


「そういうモチベーションがあるのは私としてもありがたいですねえ」


 にっこりと笑って悪魔が言う。

 それが人間が笑うのと変わらない普通の笑顔に見えるんだから、つくづく僕には洞察力がない。

 まあ怖く見えないからと言って、ヤバくないわけがないんだけど……あーいやだいやだ。


「信用されてませんねえ」

「思考、読まれてるしな」

「あらバレてましたか」

「なんでバレてないと思ってんだよ……ところでいくつか聞いていいか?」

「ええ、もちろん。時間は無限にありますからね。ただし……うーん、あんまり多くても面倒なんで三つにしましょうか」


 白い床に降り立って、僕に笑顔を向ける悪魔。エロい。

 ……じゃなくて、質問を考えないと。


「じゃあ一つ目。何で僕が選ばれたんだ?」

「漠然とした質問ですねえ。最初にそれですか?」

「まあ、時間はたっぷりあるっていうからなあ」


 悪魔と話せるなんて、人類史上で考えても結構なラッキーだろう。

 それと同時に、結構な高確率で破滅確定だけど、そこはまあ置いておこう。

 あのバスにはもっといい人材……クラスのみんながいたわけだし、その中でなんで僕なのかがわからない。


「ま、いいですけど。えっとですね、まず先に確認したいんですけど、貴方って、教育、受けてますか?」

「教育? ……まあ、受けて……るけど?」


 小中学校は普通に卒業したし、探偵学園も、実質高校大学の一貫校みたいなもんだから、まあ普通に受けてる。

 世界的に見ても……日本人だしなあ。かなり恵まれた教育を受けたってことになるんじゃなかろうか。


「じゃあ俗に言う、異世界転生とかの基礎知識、あります?」

「まあ、多少は」


 それに関してはクラスで友達に勧められた作品を、いくつか買って読んだくらいだ。

 ゴブリンの脳で人間の思考力を支え切れるのかとか、

 スライムに成長限界や習得スキルの制限が無かったらザコじゃないじゃーんとかいろいろ突っ込んで遊んだなー。


「じゃあ質問です。あなたみたいな存在が、どれくらいいると思います?」

「……うん?」

「ですから、『いきなり死んで、いきなりこんな空間に呼びつけて、いきなり転移だの転生しろって言って、

 発狂も混乱もせずに受け入れてくれる死にたてほやほやの人』が、貴方の世界に、貴方の住む星に何人いると思いますか?」

「……1000人くらい?」

「そう、たったその程度なんですよ! あなた達の広い広い広い広い広い広い世界に! アクセスするのにどれだけ……ほんとどれだけ苦労したか」

 はぁーあ、とため息をつく悪魔。今更だけど、悪魔も呼吸はするらしい。

 1000人をたった、とか言う感覚は分からないけども。


「なんか……大変なんだな」

「ええ、あなた達的に言えば、真っ暗なゲーム画面を見ながら10日くらいかけてノーヒントで100回同じダンジョンを周回して、やーっとガチャ一回回すチャンスがあるようなもんです」

「嫌な例えだな……」

 それはさすがにクソゲーもいいところだ。絶対にやりたくない。

「別に手抜きして適当に選択してもいいんですけど、それで何をどう勘違いしたのか転生直後にいきなり町の真ん中で魔法連発した人とかいましたからね」

「うわあ」

「もうね、国一つ滅ぼした挙句、何にもいいことありませんでしたね。あっははー。生まれたての赤ん坊に滅ぼされた国とかどういうことですか」


 やっぱ異世界転生? って適性が大事なんだな。

 ……と、そこまで考えて、ふと思った。


「……ん? でもそういうのって、悪魔的には『最高のエンターテイメント』じゃないのか?」


 悪魔的には、赤ん坊(転生者)に国を滅ぼさせてやったぜいぇーい! って感じで高笑いとかしてそうなんだけど。


「逆に聞きますけど、今の話に何か面白い要素ありました? いやまあそういう趣味の悪魔も一応はいますけど、

 それこそ人間ぶっ殺して遊びたいなら自分でやれば……げふんげふん、えっと、趣味じゃないんですよ」

「結局、そういう悪魔もいるわけか……」


 普通に怖い。


「ああご安心ください。それはそれで悪魔的にも犯罪者なんで、悪魔的にそういうのは同族が殺します」

「ふーん……」


 悪魔の世界も色々あるんだな。

 まあ現代社会でも家畜なりペットなりを殺せば犯罪だし、そんなもんかもしれない。


「で、質問じゃなくて確認なんだけど、僕、赤ん坊になるの?」

「そういうのも言ってもらえればアリですけど、おすすめはしませんねえ」

「さっきのことがあるから?」

「それもそうですけど、貴方、異世界……っていうか知らない世界で赤ん坊のまま数年、死なない自信あります?」

「無いね」


 病気やら戦乱やら貧困やら考えたら、絶対にやりたくない。


 見ず知らずの世界の生活水準も知らないまま赤ん坊になりたい! はほぼ自殺だろ。

「だからそのままの『転移』をお勧めしますねえ」

「……わかった」

「ていうか、これで『貴方である』理由はご理解いただいたってことでいいですか? 別に貴方じゃなくても良かったんですけど、

 貴方みたいな人じゃないと、こんなにスムーズに理解されないんですよ」

 あ、そう言えばそう言う話だった……

「ああいいよ、理解はした。要は僕が選ばれたわけじゃなくて、『僕みたいなのだったら誰でもよかった』って事ね」

「理解が早くて助かります。じゃああと二つですね。他に何かあります?」

「うーん……」


 少し考えて、思いついた。


「神様って、僕みたいなのを助けて何がしたいんだ?」


 で、結局これにした。

 すると、悪魔がきょとん、とした顔をして、


「……あれ? 私、神様が貴方を助けさせたって話、しましたっけ?」

「してないけど?」

「えっ、じゃあ、何で……?」

「いや、だって女神と悪魔の仕事が同じ、とか言ってたじゃん。

 それで、これは仕事なんだろ? だったら普通に考えて、悪魔も女神も目的は同じで、偉そうなのは女神の方なんだから、指示出してるのは女神様だろ」

「……そ、そうですか」


 なぜか驚いたような、困ったような顔の悪魔。

 僕、なんか変なこと言ったか?


「えっとまず、貴方の認識を確認してませんでしたね」

「認識……って、なんの?」

「『神』ですよ。あなた達の認識する『神』って、どんなのですか?」

「……どんなのって、言われてもな」

 神様とはどんなのですか、と言われて……言われてみれば、答えられない。

「全知全能ですか? それとも、八百万ですか? あっははー、そうですよね、『理解できてない』ですよね」

「まあ、そう、ですけど」


 なぜか敬語になってしまったが、確かに、言われてみれば、だ。

 神様っていう存在をなんとなく理解しているけれど、それが言葉になるとバラバラで、つまりなにも理解できていない。


「理解しているような気がするけど、もしかしてそれが錯覚なのか……って顔ですね? いや実はね、それ、どれも間違ってないんですよ」

「うん?」

「ですからね、神様は全知全能で、八百万……の、八百万乗、の八百万乗。少なくともそれくらいはいるんですよ」

 ですが、と悪魔が言葉を切って、

「全知、だけは『各々の世界』に限りますけどね」

「各々の世界?」

「うーん、伝わりませんかねえ。異世界はあって、神様もたくさんいる。そして全知全能。でも『全知』にはね、制約があるんですよ」


 ぱっ、と世界が一瞬で暗くなった。

 そしてスポットライトが当たるように、僕と悪魔、そして急に現れた黒板だけが照らされる。


「例えば、貴方がここに絵を描くでしょう?」

 いつの間にか教師っぽい服装になった悪魔が、黒板にチョークで丸を描く。あまり上手くないが、ぐにゃりと変化して完全な円になる。

「これがあなたの創造した世界です。この中に対してあなたは全知全能、書きたいものを書けるし、消せる」

 黒板にチョークが当たる音に合わせて、棒人間や木や山や太陽が描かれていく。


「設定もあなたの自由です。『この棒人間は毎日幸せに暮らしている』と貴方が設定すればそれは『この世界の真実』としてその通りだし……」

 雲が描かれ、雨が降る。棒人間が、描かれた水に沈む。

「ごぼごぼごぼー、たすけてかみさまー」

 趣味が悪いなあ……

「……と、このように逆もしかり。つまるところ、神様が描いた世界は神様の思いのまま、知らないことは何もありません。何も決めてませんからね」

「なるほど」

「けれど、ある日突然、神様は『他人の絵』を見つけたんですよ」

「他人の絵?」

「ええ、他人の絵。つまり『異世界』ですよ。わかりますか? 全知全能の存在がそれを見つけるという意味が」


 ああ、そっか。


「つまり……全知全能が……利かない世界?」

「そういうことです。棒人間がどんな設定なのか、そもそも棒人間に見えているそれは人間なのか? 人間って言う概念があるのか?

 それすら初見では『わからない』。なんせ『他人の絵』ですからね。

 それを知った神様たちは、本当に歓喜したわけなんですよ」


 全知全能に不可能はある、それは知らないことを新しく知ることだ、ってのは有名な矛盾だと思うけど……

 ……神様にとっちゃ、それは不治の病みたいなもんだったんだろうな。

『知り尽くした世界』は、どれだけつまらないのか……予測ができないこともない。


「『他人の絵』を見つけた神様達は驚きましたが、すぐに察したんでしょうね。

 自分たちの『知らない』世界の存在を相手に貸せば、どう動くかわからない駒が手に入る、と」

「……」

 迷惑な話だ。

「ただね、それだけじゃダメだったんですよ」

「ダメだった?」

「各々の世界には、良い『駒』がなかったんです。ほどよく自分の絵に『予測できない』影響をもたらしそうな存在がね」

「ふーん?」

「ちなみに、あなた達の世界から見れば、私達のいる世界の科学技術は過去のもの、つまり『遅れてる』んですよ。

 でも貴方が神様だったとして、わざわざ自分の世界と同程度の科学技術の世界から連れてきますか?

 どうせなら進んだ技術の世界から連れてきたほうが面白そうじゃないですか。わかるでしょ?」


 拉致同然に僕を連れてきた気遣いとかを全く見せずに、悪魔が笑う。

 そして、悪魔の言ってることを理解できてしまう自分がいる。

 どうせなら面白そうな駒……その感覚が分からないほど、僕は善人でもないわけで。

 結局、神様も善人ではなかったって事らしい。まあそれは地球でも察してたけどな。


「ゲームの舞台はあるのに『駒』がない……神様達があなた達の世界を見つけたのはそんな時なんですよ」


 黒板が消えて、ぱっ、とまた白一色の世界に戻る。


「無限に広がる宇宙、ビッグバンと言う一点を除いて一切の『神』の痕跡すらない世界……

 誰かが捨てたゴミか何かかと思われてたその世界に、あなた達がいたんですよ」

「えっ、僕らの世界ってそんなんなの?」


 まさかのゴミ扱いとかマジか。

 科学技術は進んでいるほうらしいんだが。


「ええ、神様はいるっぽいんですけど、宇宙の開闢以来、神様が手を加えた形跡が本当に一回もないそうです。

 そのくせ、あなた達みたいな面白い駒がいる激レアな世界ですね」

「……なんだかなあ」

「実際、私もあなたの脳内を色々見せてもらってますけど、人気が出るのもわかりますよ」

「へえ、悪魔から見ても?」

「ええ。創作物が山のようにあって、そこに大多数があこがれてて、現世に未練なさそうなのがいっぱいいるあたりとか」

「……」

「神様が姿を見せないとそうなるんですかねえ? すごい自制心ですね、そっちの神様」

「いやそう言われてもな」


 感心したように言われても、神様の自制心なんてよくわからない。


「で、改めて、質問です。あなたみたいな存在が、どれくらいいると思います?」


 ニコニコと悪魔が笑う。


「『神をある程度認識していて、教育を受けていて、私達の世界を直に見たわけでもないのに私たちの世界を理解するだけの精神と肉体を持った、神様の全知全能が及ばない、誰の管理下にもいない存在』が、どれだけいると思いますか? あっははー」


「……つくづく僕らはアタリ枠って事ね」

「ええ、繰り返しますけど、あなた達は本当にレアな『駒』なんですよ」

「で、『神様達』はその駒に『自分の描いた絵に『未知の動きをする駒』として参加してもらいたい』と」

「そういうことですねえ」


 物語の登場人物になってくれ、って言われた気分だ。

 物語と違うのは、異世界っていうのが物語でもなんでもなく、僕の身に降りかかる現実って事なんだろうけど。


「あれ? でもそうしたらお前がここにいる意味は? これがスカウトだとしても、神様が直にやればよくない?」

「そりゃ私が『全能』で『異世界の人間を連れてくることができる悪魔』として作られたからですよ。

 今はまだ何も知らなくても、『全知』の神様からしたら、私や貴方と直に対面した時点で色々『知って』しまいますからねえ」

「ふーん。……でも結局、世界を見たら僕が何をするかなんてバレバレじゃないのか?」

 僕の行動だけが読めなくても、意味がない気はする。

「あー、貴方の行動が読めなくても、貴方の行動で世界がどう変化するかはわかる、とかですか?」

「そうそれ」

 割と賢いなコイツ。さっきから話が早い。

「だから、神様は今、目を閉じてるんですよ。書かれていく本の続きを知りたくないなら、完成するまで何も見なければいいじゃないですか」

「なるほどね、……ってことは、神様が助けてくれるとか甘い期待はできそうにない、ってことだよな?」

「逆に聞きますけど、主人公を思い通りに助けたらつまらなくないですか?」

「……まあそれをやりたいんなら、自分で駒作るほうが早いわな」

「神様はゲームキャラになりたいんじゃなくて、自分の『絵』の中で面白いお話を見たいだけですからね」


 ごもっともだ。メアリー・スーだっけ? ただただ思い通りに動くだけの、出来損ないのキャラクター。

 神様が作るならもれなくそれになってしまうんだろう。

 迷惑極まりないけど、とりあえず僕の魂が死なずに済むならまあいいか。


「『あなたというレアな駒に、神様を楽しませてほしい』質問の答えとしてはこれでよろしいですか?」

「ああ」

「じゃあ次で最後ですね。慎重にどうぞ」

「うーん……」


 悩んではみたものの、聞きたいことが多すぎる。

 三つじゃ全然足りないことに今更気づくとか、本当に僕はバカじゃなかろうか。


「また質問じゃなくて確認なんだけどさ」

「はい?」

「質問には、何でも答えてくれるんだよな? それには答えられません、質問したのではいおしまい、とか困るんだが」

「ええ、私が知ってることは何だって答えますよー」

「うーん……」


 悪魔が、にこにこと笑って僕を見ている。

 質問はあと一回、知ってることなら何でも答える……


「こういう時に、みんなみたいに頭が良けりゃなあ……」


 似たような答えで二つも権利を潰したし、つくづく僕は賢くない。

 何人死んだか知らないけど、探偵学園が懐かしい。

 別に特に誰かと仲が良かったわけじゃないけど、いいクラスだったと思う。

 そして何よりも、みんなちゃんとした『探偵』だった。


 事件に巻き込まれれば解決して、犯人を追い詰めて事件を解決する。

 学園に依頼が来れば、学園長の振り分けで現場に行って、瞬く間に事件を解決する。

 僕はそんなみんなを本当に尊敬していたと思う。みんな、探偵だけあって、格好良かった。

 ただしそれも僕以外は……だ。僕は『チート』しか使えないからなあ。

 と、自嘲したその瞬間。


 ――ま、いいじゃないですか。あなたみたいなのも立派な『探偵』ですよ?


「おや、どうしました?」

 余りにも明瞭にフラッシュバックしたその声に、自分で驚いてしまった。

『あの人』、そう言えば今何してるんだろう。

「あー、いや、うん、なんでもない。最後の質問だろ? ええと……」


 本来はもっと別の質問をするべきだったんだと思う。

 しかし変にせかされたせいか、はたまた悪魔、と言う言葉に引っ張られたのか、つい、言ってしまった。


「お前の名前ってなに?」


 言って、またしても沈黙が訪れた。

 目の前の悪魔はニコニコしていて、口を開く気配もない。


「……あれ? 聞こえてないのか? お前の名前って……」

「聞こえてませーん、聞こえてないですー」

「いや聞こえてるよね」

「黙秘権! 黙秘権を行使します!」

「悪魔に人権とかあるわけないだろ」

 っていうか、よく黙秘権とか知ってたな。記憶読んだとか言ってたっけ。


「そ、その、質問には、答えることが……」

「知ってることは何でも答えるって言ったじゃん」

「う、ううう……あ……ぐえ……」

 ん?

「ごふっ」

「……え?」


 ごひゅっ、と音がして、目の前で悪魔の体が黒い煙を吐いた。

 え? 何が起きた? 僕もしかして何かしたか!?


「ごほっ、ごほぉっ! そ、そんな、まだ知られてないのに! こんな……や、やだ、消えたくない!」

「はぁ!? お前、消えるのか!? 何で!?」

「し、知らないんですか……? ごほっ、ごぼっ! 本名を知られた悪魔は肉体ごと消滅するなんて……当たり前……じゃ……!」


 嘘だろ!?


『悪魔って言うくらいだから本名言わせてやったら面白そうだ』くらいの気持ちでやってしまった。

 まさか僕らの世界の伝説より悲惨なことになるだなんて思いもよらなかった。

 でもそれだけじゃなくて、何かもっと最高に嫌な予感がする。


「もしかしてお前がここで消えたら僕も永遠にここでこのままか!?」

「あ……当たり前じゃないですかバーカバーカ! 永遠にここで彷徨え! がほっ、ごぼ……っ!」

 ばたりと倒れて、喉を抑えて動かなくなっていく悪魔。

 ぞっとした。

「困る! 何でもするからしてほしいこと言え!」

「わ、私だってこんなことになるなんて……ごぼっ……でも何で!? あ、そっか、あれが『契約』で……ああ、私のバカー!」

「契約!?」

「『知ってることに答える』のが『契約』になっちゃったんです! ごふ……

 こ、このままだと答えなきゃいけなくて……でもそうしたら……ごぼっ、私は……契約の、不履行で……」

 

『こうなる』らしい。

 つまり何でも答えると言ったのに答えないことはあり得ないから、

 本名を言わなければならないことが確定して、自動的に肉体の消滅が確定した、と。

 そんなふうに分析している間にも、悪魔の体が黒い煙を吹いてどんどん薄れていく。

「うぐ、ぐ、ううう……」

 それでも悪魔は、煙が飛び出すのをこらえる様に口を押えている。

「『契約』がお前に無理やり言わそうとしてんのか!?」

 こくこく、と悪魔が頷く。

 涙目で、床に倒れたまま薄れていく体。それを見て、僕はようやく思いついた。

 ためらっている暇は、なかったと思う。


「……『契約』しろクソ悪魔! 体があればいいんだろ!?」

「!?」

「『僕はお前に体をくれてやる!』だから、『お前はここで消滅するな!』」


 叫んだ瞬間、だった。

「いっ……でぇええええええええ!」

 漂っていた黒い煙が僕の体に殺到して、針のように僕を貫く。

 何で煙が刺さるんだ、とか思う前に僕の肌が沸騰するように泡立って、僕の体を内側から『煮た』。


「ぎゃあああああああああああああああああああ!」


 痛みのなかったはずのこの世界で、あり得ないほどの痛み。

 立っているのかのたうち回っているのかもわからない。

 煙の針が何度も何度も僕を貫いて、一本一本が沸騰して僕の血管に這入りこむ。

 泡立った肌が破裂して、血やら何やらを噴出させる。

 世界がぐるぐる回転して、僕の体が跳ね回る。

 それでも容赦なく僕の体は煙に刺され続け、その度に意識が飛んだり戻ったりの繰り返し。

 バチバチと意識がオンオフで入れ替わって、視界は真っ赤から黒に変わっていく。

 そんな中、最後にぐちゅ、と眼球から脳までを何かが貫いて、かき回されて、一瞬の後。


 ゴン、


 と後頭部に激痛が走って、意識が完全に飛んで……


「……おはようございます」


 真っ白な世界で、僕は目覚めた。

 隣には、体育すわりの悪魔がいた。


「……無事だったのか」


 言いつつ、僕はというと、傷一つなければ痛いところも一切ない。

 それがこの世界の補正みたいなもののおかげかは知らないが、とりあえず無事に済んだらしい。

「ぺっ……うーわ、口ん中が真っ赤……」

「顔も血まみれですよ」

「本当じゃん……」

 ついでに鼻をつまむと、そっちからも乾いた血がぱらぱらと落ちる。

 もしかしてと思って耳の穴も触ってみたら、しっかりと血まみれだった。

 まあさっきのことを考えれば、全然大したことはないけれども。


「助かりましたね。お互いに。あとは貴方を連れていくだけです」

「……そう言えばそういう話だった」

 ハンカチで顔をこすりながら、思い出す。

「そうですよ。それが……私と契約なんかして……」

「あー、うん、そういうことに……なったなあ」

「前代未聞ですよ。悪魔と契約してから異世界に行くなんて……」

「そんなこと言われてもなあ……」


 僕の後ろで、体育すわりのままであろう悪魔がぶつぶつと文句を言っている。

 足元の床には僕がのたうち回った痕跡が、結構な広さに血とかの体液を飛び散らかす形で残っていた。わりとグロい。


「……あ、そうそう。私の『真名』覚えてますか?」

「うん、まあ」

 聞いた覚えはないのに、そのやたら長い名前をなぜか思い出せる。

「じゃあ、契約は成立ですね。でもこれで、貴方に与えるはずだった『魔法回路』もなくなりました」

「えっ、そんなもん貰えたのか」

「……私たちの世界は、あなた達が言う所の、『剣と魔法の世界』、ですからね……」

「つまり、剣と魔法の世界で、魔法が使えませんよ、と」

「……」

 悪魔は何も言わないが、否定ではなかった。

 割と絶望的ではあるんだけど……

「うーん……ま、いいか」

 絶望的ってのは絶望じゃない。

 生きてるだけで丸儲けとまでは言わないけど、生きてれば何とかなるだろう。

「えっ?」

「いやだって、魔法って言うなら似たようなもん既に持ってるし……てか神様がどう言ってるかの方が気になるわ」

「似たようなもん……? ま、まあ、神様に関してはご心配なく」

「何で?」

「さすがにイレギュラーなんで、さっき起こして説明したら、笑ってました。問題ないんじゃないですか」

「…………」


 何考えてんだろうなあ、神様。

 正確には、これから行く世界の神様か。

「……しかし別にね、私達のことなんて大して意識しなくとも構いませんよ」

 空中に椅子を作成して、そこに座って、悪魔は僕に言った。

「あなたはあなたのやりたいようにやってればいいんです」

「うん? 何で?」

「いやいや、決まってるじゃありませんか」


 あざ笑うようにそう言った次の瞬間、僕を中心に真っ黒な穴が床に開いて、そこへ僕は一切の抵抗なく落下し始めた。


 さらに砕け散るようにして空間の『壁』が砕けて、現れたのは……無数の、本当に無数の、『神』。

 古今東西のありとあらゆる『神』の彫像のような連中が、ずっとこの空間の『外』から見ていたらしい。

 ゲームのスタートに興奮しているのか、全知全能ではない『神』の群れが、熱意を向けて僕を見ている。

 期待、興奮、歓喜……そんな感情が、宇宙のように広いこの空間に炸裂した。

 その刹那、神々を背景に悪魔が薄笑いを浮かべて最後に発したのは……


「……だってあなた、誰かを殺さずには生きられないんでしょ?」


 クソみたいに腹立たしい、僕の人生をこれ以上なく表す言葉だった。

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