エピローグ

 大成功を収めた舞台を降りる時間だ。

 これといって人前に出ることなど望んだこともないというのに、名残惜しさなんて感じるものだから、人は変われば変わるものらしい。

 そんな感情は横に置いて、舞台上の道具と完成品を移動させていく。

 文に道具を任せて、残りの四人で書の四隅を持って退場しようと決まったのは必然だ。おてんば娘に任せれば、まだ乾ききっていない作品を汚しかねないと想像したのはみんな一緒だった。何なら練習中に一度やらかしている。

 それを避けるためのフォーメーションで移動を開始した。

 次の出番を待つ演劇部が、袖にスタンバイをしている。心なしか急ぎ足になったのは全員一緒で、しかし、それは悪手でしかなかった。


「ぎゃっ!!」


 文の手元には、硯がわりのボウルがあった。残りは多くないが、足りなくならないように余裕を持って墨を入れてある。

 悲鳴に振り返った俺の眼前に、そのボウルが飛び込んできた。

 降りしきる墨の雨は、スローモーションに見える。からんと音を立てて落下したボウルに、体育館が水を打ったかのように静まり返った。

 停止した世界の中で、ボウルが落下の反動でからからと音を立て、文はあわあわと瞳をさまよわせる。

 たらりと、額に墨が垂れていくのが分かった。被害が自分だけで済んでいるなんて夢物語だ。床に飛び散った墨の量を思えば、作品だって無事に済んでいないに違いない。唖然としていた三人が慌てる気配がそれを示している。

 俺は、はぁと吐息を零してから、吐き出した酸素を補充するかのように深く息を吸い込んだ。


「墨田!!」

「ご、ごめん! ごめんなさい!!」


 木霊した泣きの入った謝罪に、体育館中に笑いが弾けた。

 何が充実感のある大成功か。間抜けな幕引きには、ため息しかでない。台無しだ。

 わーわー喚く文が謝りながら抱きついてこようとするのを、額を抑えて押しとどめる。笑いものにされているのも同じことなのだからやりきれない。

 何のコントだ。


「許してよー、南ー」

「やかましい! さっさと片付けるぞ」


 結局、盛大に振り回されただけでは? という文句を飲み込んで、吐息を零した。

 泣き出しそうに潤んだ瞳が、様子を窺うようにこちらを見上げている。

 決して離れないような、深く濃い墨の香りがしていた。

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書に交われば黒くなる めぐむ @megumu

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