page.02 自殺

 包丁の切っ先が俺を睨むように鋭く光っている。


「・・・・・・」


 俺は勢いをつけて……包丁を刺し――


 ――ガチャッ。


「誰だろう・・・?」


 音が聞こえた。誰かがドアを開けた音。今もしここで俺が包丁で自殺しようとするのを目撃されたら、もしかしたら俺は助かってしまうかもしれない。


 そんなのはダメだ。ダメな理由なんて、『ノートに書いてないから』としか言いようがない。


「おい誰かいるかー?」


 男の声だ。無論誰だかはわからない。俺の知人だろうか。――いや、知ってる人じゃなけりゃ知人ではないか。・・・まあいい。


 適当に追い返すか・・・もし帰ってくれなければ最悪殺すだけだ。


 俺は大きな声で言う。


「なんでしょうか?」


「お、誰かいるな? 今すぐ来い、。お前に逮捕状が出ている」


 男は足音を立ててこちらに近づきながら、怒鳴るように言った。


 警察だと・・・? 俺が何したって言うんだ? もしかしたら重大な罪を犯して、その責任を感じて自殺でもしようとしていたのだろうか、前の俺は。


 はぁ……それ俺じゃないんだよな。確かに俺だけど、俺じゃないんだよな。……だから逮捕状が出ていてもそれに従ってやったりしない。


 ・・・・・・が、まあ・・・一応俺だし、ノートに書いてあった通り自殺してやろうか。面倒くさいが、あの男を殺すのは可哀想だ。どうにか動きを封じられないだろうか。


 安全に自殺するにはどうすればいい? 助からないで死ぬにはどうしたらいい?


 ・・・俺は頭がいいはずだ。だってそうノートに書いてあった。なのだから間違いない。だから俺は自分が思ったようにすればいい。


 ここで俺にできる最善手は・・・そうだな。まず後ろへまわってみるか。


「警察、来るな! 俺はここで死んでやる・・・! 今から死ぬぞ! 自殺だ! お前らについていっても死刑かもしれんが、俺は自分から死んでやる!」


「やめろ! 今死んだらお前は・・・・・・・・・・・・あれ、いない?」


 男が戸惑う声が聞こえる。俺の真下から。ドアを開けて中に入ったのだろうが、そこには誰もいないのだ。


 俺は今屋根の上にいる。俺の家の、綺麗な屋根の上だ。


 そんな上から浴びる空気は、とても気持ちがよかった。


 周りは家が建ち並ぶ住宅街。その中で俺はただ一人、屋根の上に乗っている。自分だけ違うというのがなんだか、気持ちがよかった。


 そして俺は、満足感を感じながら――――屋根の上から飛び降りた。

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脳内変換ノート 星色輝吏っ💤 @yuumupt

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