心を澄ませて他者の思い、そして己と向き合う時

自ら命を絶つために山に入る、というショッキングでありつつありがちとも言える冒頭に、回れ右をしてしまう人も多いかも知れない。
けれどまずは、騙されたと思って序章の最後まで読んでみて欲しい。
この物語はそこから始まる人生の物語であり、同時にそれまでの人生と向き合う物語でもある。

主人公の藤吾は26歳。ずっと父親の面倒を見続けるような人生を送ってきながら、その父親が最期に残した言葉によって、心のバランスを崩してしまった青年。
言葉もうまく発することが出来なくなった彼は、死ぬためにやって来たその場所で、琥珀という明るい少女に助けられる。
そして琥珀に招かれた家で出会う、迫力のある見た目ながら物静かな老田。この二人は親子のように暮らしているが、実はそれぞれの事情によって共に生活する、元は他人同士。
そこで一緒に暮らすことになった藤吾という、不思議な家族のような三人の生活が始まる。

人生再生の物語、と安直に言ってしまうのは少し違う気がするが、そこから始まるのはもう一度生き始める藤吾の物語である。
父親と二人の生活に手いっぱいで、誰かの助けを得る方法も分からなかった藤吾に、様々な人々から差し伸べられる手。
そして琥珀と週に一度、夜に思い出を語り合うという記憶の旅路が始まり、琥珀や老田の過去、そして藤吾自身の過去にも向き合っていく。

そんな中である事件が起こり、藤吾は自然と二人のために動き始める。


シチュエーションはドラマティックながら、丁寧に分かりやすい言葉で語られる物語はとてもリアル。そこに嘘臭さはなく、自然と引き込まれていくはず。
今現在、物語は佳境というところで、藤吾がこれからどんな道を選ぶのかがとても気になるところ。

静かな夜に心を澄ませて、じっくりと彼らの思いに耳を傾けながら読みたい物語である。