Chapter3-6 邂逅

 おれたちは裏通りに入った。道は狭く、一台が通るのに精一杯の広さしかない。表と違って、のぼりを設置したり、客を引くような派手なものは置いていない。ただ、《そば》とシンプルに書いてある。

「ここ、よくないか」


 二階建ての屋敷のような見た目で、ぱっと見で一般住宅に見える。ほのかに、茹で上がるそばの匂いが香る。

「オレは賛成だ。恵は?」

「いいわね」


 引き戸を開けると、たすき掛けをした和装の女性が「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。席は空いていて、和服姿の老人が一人で蕎麦をすすっていた。

「三人なんだけど、大丈夫?」

 スカーレットは指を三本立てた。

「大丈夫ですよ、こちらへどうぞ」


 席に座ると、人数分のお茶を持ってきてくれた。湯気が立ち、いい香りがする。そば茶だ。一口すすると、暖かい。

「外は冷えたでしょう。それに今の時間だと観光にいらっしゃる方で溢れかえっていませんでしたか」


 おれは渡されたメニューに目を通し、恵は静かにお茶をすすっていた。

「……ええ、そうなんです。たまたま見つかって助かりましたよ」

 数秒の沈黙の後、おれたちに話すようなフランクな感じではなく、丁寧にスカーレットが話した。彼女の赤い髪は、店員さんの目を引いた。


「海外からですか?」

「ええ、私、アメリカ大使館に勤務していまして」

「じゃあ、同僚で旅行にですか」

「そうなんですよ。週明けのクリスマスから忙しくなるんで、今のうちに行こうってことで、出雲にお邪魔させてもらってます」

「ああ、そうなんですか。ごゆっくりどうぞ」


 おれは恵と目を丸くしてスカーレットを見た。

「あんた、口達者なんだな」

 彼女もコミュニケーション能力に驚く。今思えば、結構話していた。

「お前たちが口下手なだけだ」

 そういうが、さっきの表情は楽しそうだった。話好きなんだろう。

 さて、メニューに目をやると、やはり出雲そばが気になる。


「おれは出雲そばで」

「じゃあ、オレも」

「私もそれでいいわ」

「決まりだな。……すいません! 出雲そばを三つ」

「はーい、出雲三つね!」


 店員さんが奥から返事をすると、店内は静寂に包まれた。表の店とは大違いだ。心地よい。ダクトの音や、包丁の切る音まで聞こえてくる。

 少しすると、「お待たせしました」と蕎麦がテーブルに並ぶ。

 お盆には、三つの器とそばつゆが入った徳利がある。こういうのを、割子そばと言うんだったかな。


「いただきます」

 おれは、先に手を合わせた。そして器の一つを手に取った。とろろ、ねぎ、鰹節、刻み海苔がトッピングされている。まずは、一口だけそばをそのまますする。口の中で、蕎麦粉の芳醇な香りが弾ける。


 うまい。噛めば噛むほど奥深さが、素材の旨味が溢れ出る。クセが強い、と言う表現があっている。おれはこんな感じは好きだ。《蕎麦》と言うものをしっかりと食べているようだ。それにして普通の蕎麦と比べるともよくちぎれる。

 順番が逆転したが、徳利を傾けてつゆをかける。白いとろろが、黒くなっていく。ここでかき混ぜる。全体が程よく馴染むくらいに。


 箸で持ち上げると、とろろの粘っとした感じを伴っている。ずるずると一口すすると、そばの風味とつゆ、とろろの味わいが広がる。ほのかにカツオだろうか、味わい深く、しっかりと存在感を感じさせる。そんな中、とろろはただのクッションではなく、しっかりと自我を感じる、だが、なんだか違うような気がする。


 メニューを手に取った。出雲そばの欄には《自然薯》と書いてあった。なるほど、山芋とは違うんだな。

 あっという間に完食した。さあ、次の器を手に取った。黄身とねぎ、鰹節と刻み海苔が乗っている。


 同じようにつゆをかけた。ここで黄身に箸を入れるべきか……いや、まずはつゆをかかったそばだけすする。シンプルなそばとつゆの風味が飛び込む。単純だが、気取らない感じもすごくいい。

 もう一口すすろうとすると、うっかり箸先が黄身に触れてしまった。セーフか、そう思ったが、溢れ出すマグマのようにトロッと麺の上に広がる。まあ、食べるからいいけど。


 黄身は濃厚で、そばをコーティングが滑らかな舌触りを演出している。これもまた、あっという間にこれも完食。

 二人の様子を伺うと、同じようにずるずる音を立てながらすすっていた。驚いたのはスカーレットが軽快に音を立てて、そばをすすっていた。前に海外の人はそばをすするのが苦手だとテレビで見た記憶があるが、彼女はそれを覆していた。いや、スカーレットが特殊なんだろう、やたらと神社とかに詳しかった。


 そうして最後の器には、ねぎ、鰹節、刻み海苔は共通で、中央には茹でたエビと、千切りにした煮込んだ椎茸とかまぼこ、錦糸卵が並んでいる。盛りだくさんだ。

 同じようにつゆをかけて、混ぜる。三度目になれば、流石に手慣れてくる。力を入れすぎると簡単にちぎれるので、力加減が重要になる。

 ずるずる。音を鳴らしながらすする。そばは相変わらずうまいのだが、椎茸がひときわ存在感を放つ。しっかりと味が染み込んでいるが、それでいて自己主張しすぎない、いい味だ。


 そばの食感の中に、違う存在がある。錦糸卵とかまぼこだ。椎茸のようなインパクトは無いが、歯ごたえを変えてきて、バリエーションに富んでいる。

 最後はえびにかじりついた。小さいが、うまい。身がぎっしり詰まっている感じだ。

 そうしてこれも完食すると、締めに丁度持ってきてくれたそば湯を飲む。そばの風味が広がり、何より暖かいのがいい、体の芯までポカポカになる。


「ごちそうさまでした」

 手を合わせた。二人を見るとまだ食べているようで、おれは二人の空いた湯呑みにポットからそば茶を注いだ。

「……ありがとう」

 恵がそう言うと、湯飲みを傾けた。うまいよな、このそば茶。


 おれたちが完食して、一息ついた。そして、店を後にしようとすると、先にそばをすすっていた老人が近づいてきた。

「お前さん、陽羽里晴翔だな」

「……えっ」

「大きくなったな」

 瞬間、恵とスカーレットが殺気を放ち、構えた。

「まあ待て。ワシは全て知っている」

 開かれた瞳は、スカーレットのように真紅だった。


「じいさん、あんたも、魔法術士か」

 おれの問いに、老人はおれをしっかりと見て答えた。

「然り……しかし不知火は何も教えてなかったようだな」

 おれが声を上げようとすると、老人は口元に立てた人差し指を持ってきた。

「場所を変えよう」

 すぐに恵が一万円札を置いて、「お釣りはいいです」と言った。そしておれたちは店を後にした。

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