Chapter3-5 出雲

 それから少し、大きい鳥居が見た。左向きの矢印と、大きく駐車場と書かれた看板が目に入った。

 恵がハンドルを切ってまっすぐ進むと、Pと書いた看板がまた見えた。そこに吸い込まれるように入っていった。


 広い。車は多く島根県以外のナンバーも見られ、賑わいを感じさせる。

 完全に停車して、恵がエンジンを切った、

「じゃあ、行きましょうか」

 おれはリュックを持って外に出た。空気が澄んでいる、青空に少し掛かった白い雲が、不思議と落ち着きを与えてくれる。


 来た道を少し歩き、大鳥居の前にきた。足元は綺麗な灰色の石組みで、左手には大きく出雲大社と彫られた標石が設置してある。

 まっすぐと参道が続き、両脇には名前はわからないが、背の高い木が並んでいる。そして少し薄暗く感じる。しかし不安は感じさせない。優しく木漏れ日が照らしてくれる。


 思いの外、人が少ないような気がする。さっきの車の量にしては、控えめだ。

 ふと、どこかでこの光景を見たことがある気がする。

「オレは初めて来たが、晴翔も初めてか?」

「……初めてのはずだが、既視感がある」

「どっかの大きい神社と混同しているんじゃないか」

「そうかなあ……」


 明治神宮か? いやでももっと道幅は広くて明るかったはずだ。

「まあ、デジャヴってやつだろ」

 スカーレットはよく喋るが、恵は口を閉ざしたままだった。

「恵も初めてか?」

 おれの問いかけに彼女は答えた。

「ええ、そうね。知識としては知っていたけど、実際に訪れるのは初めてよ」

 二つ目の鳥居があった。だが、その鳥居は立て看板がしてあり、誰もくぐろうとしなかった。


〈松の根の保護のため、参道左右をお進み下さい〉

 と、書いてあった。なるほど、松の木だったのか。その並びの中央は神聖な雰囲気を漂わせる。

「この中央の参道は、神様が通る道、だったはず」

「詳しいんだな」


 恵にスカーレットが食いついた。

「昔、本で読んだのよ」

 三本目の鳥居をくぐると、大きいしめ縄を掲げた、お城のてっぺんみたいな建物が現れた、確か拝殿というはずだ。皆、しめ縄の下で、賽銭を入れて合わせている。


 まずは、拝殿の手前にある手水舎に向かった。

「晴翔、やり方知ってるか?」

 一応、自分の認識が誤っているか、確認のために聞いた。

「いいか、右手で柄杓を持ってな、水をすくうだろ」

 実際に柄杓を取りながら、レクチャーしてくれた。

「まずは左手を流す。清めるって言う方が正しいか。そして、左手で持ち替えて次は右手を清める」


 慣れた手つきで、テキパキと説明通り自分の手を流す、いや清めていった。

「で、もう一度右手に持ち替えてな、左手に水を溜めてそれで口を注ぐんだ」

 スカーレットは静かに水を吐き出した。

「もう一度左手を清めて、最後はこうやって柄杓を立てて持ち手を流すんだ」

「……あんたも詳しいんだな」

「まあ、神社はよく行くからな」

「へえ」


 おれはスカーレットのレクチャー通りに清めた。一通り終わると、「完璧だ」とサムズアップをしてきた。

 恵は何もせずに立っていた。

「やらないのか?」

「私こういうこと苦手なの」

 おれの目から目線を外した。

「まあ手ぐらいはやっとけ」

 スカーレットの言葉に、じゃあそれくらいは、と恵も清めた。


「出雲大社は二礼二拍手一礼じゃなくて、二礼四拍手一礼で参拝するのよ」

「詳しいんだな」

 ハンカチで手を拭う恵は「さっきそこに書いてあったわ」と看板を指差した。

 そうして拝殿に向かい、五円玉を賽銭箱に投げかけた。確か出雲大社は縁結びで有名だったはずだ。ガラガラと鈴を鳴らした。二回、礼をした。そうして力一杯、四回手を叩いた。パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! と鳴り響いた。


 手を合わせ、目を瞑った。おれは陽羽里晴翔。東京都武蔵野市からきました。十六歳。親父の真実を結びつけてください。お願いします。

そして、一礼してその場を離れた。すでに二人は、少し離れて待っていた。

「じゃあ周ってみましょうか」


 奥の方は、中央に鎮座した本殿を囲うように玉垣で囲われ、東十九社、西十九社、北側に素鷲社そがのやしろがあると、設置してある看板にかけられていた。

「これ、どうやって行くのが正解なんだ」

「……反時計回りね」


 いつの間にか、折りたたみの案内書を持った恵が言った。

 そうして本殿を囲う玉垣に沿って、西十九社が現れた。

「これは神様のホテルのようなものらしいわ」

 恵の即席ガイドが始まった。


「反対側に同じような東十九社があって、神無月の時、十月ね、島根県では神在月というらしいのだけど、その時に集まる神様たちがここに泊まる、みたい」

「へえー」

「へえー」

 スカーレットとハモった。


 それから、奥の素鷲社に。恵の説明だと、ここは素戔嗚尊を祀っていると言う。

「で、なんかわかったか」

 正面の鳥居を後にすると、スカーレットが話しかけた。

「凄い雰囲気だったな」

「何もわからなかったじゃないの」


 観光としてはよかったが、手がかりも、何もない。ラグナロクという言葉も、何を指す意味なのかがわからないままだ。

「なあ、ランチにしようぜ」

 落胆する恵に、スカーレットは持ちかけた。

「ええ、行きましょうか」

「どこかうまい店を知らないか?」

「道はわかるけど、そういうことは知らないわ」


 鳥居の前の道は南の方に伸びていて、沿道には〈出雲そば〉とか〈縁結びそばぜんざい〉みたいに名物をかいたのぼりがはためいていた。

「なあ、おれはそばがいい」

 どうするか考えている二人は同じものが目に入ってきたのか、おれの提案を断らなかった。


 店を見て回ったが、意外にもどこも混み合っていた。時間を見るとちょうど正午過ぎだ。なるほど、皆ランチタイムだったのか。さっきの人の少なさも納得だ。

「あそこでいいだろ」

 スカーレットは店先に人が並んでいる方を指差した。


「待つのは避けたい。同じ場所に長時間止まれば、私たちがここにいることが発見される可能性があるわ」

「じゃあ、裏側にある空いている店に行くのはどうだ」

「……まあ、それならいいわ」

「いいアイディアだな、晴翔」

「そういう店の方が案外うまいのかなって、観光客相手の店よりは」

「いい着眼点ね」

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