Chapter1-6 帰還

 警備員がいたドアの地点に到達した。通行証をタッチし、そのまま行こうとすると声をかけられた。


「待ってください」

 ドキっとした。考えてみればセキュリティがかけられた部屋から物を持ち出そうとしているんだ。もうバレたのか。突然、冷や汗が流れ出す。いや、待て。ただのゴミなんだ。おれは与えられた仕事をこなしているだけなんだ。


「お疲れ様です。清掃は終わりましたか?」

 ホッとした。肩の力を抜いて、振り返った。

「お疲れ様です。ええ、終わりました」

「でしたら、先ほどお渡しした鍵の返却を」

「し、失礼しました」


 おれは作業服の胸ポケットに入れていた鍵を渡した。なるべく、目を合わせないように。

「はい、ありがとうございます。次からは気をつけてください」

「すいません。失礼します」


 このまま、通路を進むんだ。何事も無いまま、エレベーターホールにたどり着いた。先輩が待っていたかと思ったが、そんな事はなかった。

 ピンポン、エレベーターが到着した。カートとゴミを持って乗り込んだ。あと少しで終わるんだ。通行証をリーダーにタッチし、一階を選択した。


 上にあがっている感じがしたのもつかの間、すぐに止まってドアが開いた、身長二メートルはありそうな、おれより大きい金髪で短髪をした、体つきががっちりした男が入ってきた。アメリカ人だろうか、だとすると米軍の関係者なのか。


 目があった。彼の右目は綺麗な青い目をしている。碧眼、という言葉で表すのが相応しい。左目には黒い眼帯をしていた。眼帯には、鷲だろうか、鳥が足で錨を掴んでいるマークが白で刻まれている。


「失礼。狭くて申し訳ない」

「あ、いえ、こちらこそすいません」

 おれはカートとゴミ袋を邪魔にならないように移動させた。

 何も恐れることはない。あと十数秒で終わるんだ。


「君、見たところ若いようだね」

 声をかけられた。

「えっ、ああ……十八です」

 思わず、口を滑らせてしまった。しかも二歳カサ増ししたしょうもない嘘もついてしまった。


「そうか。仕事は大変か?」

「ええ、まあ」

ピン、ポーン、と到着した音がなった。

「頑張れよ、少年。信念は忘れるな」

「えっ……はい」


 彼はそのまま開いたドアから出て行き、おれが向かう廃棄場とは真逆の方向に消えて行った。なんだったのだろうか。それに日本語も流暢だった。

 ポーンと音がなり、ドアがしまりかける。おれは急いで飛び出て、そのままF棟を後にした。


 廃棄場に着くと、ゴミ袋から本を入れた物を取り出し、掃除用具が入ったカートの中に、外から見えないよう、隠し入れた。

 車の戻ると、先輩がエンジンを吹かして待っていた。カートを後部のスペースに片付けて、助手席に座った。


「お疲れーヒバリくん。一人でやってくれてありがとね」

 先輩はそう言いながら、暖かい缶コーヒーをくれた。

「寒かったでしょ」

「ありがとうございます」

 早速、いただきます、と開けて飲んだ。


「今日はどうする? 駅まで送っていこうか」

「いえ、新宿まで一緒に戻ります。片付け手伝いますよ」

「本当? ありがとね」

「コーヒーのお返しですよ」

「ははっ、じゃあ、ヒバリくんに甘えちゃおうかな」

 夜の靖国通りを行き来する車のランプが、やけに綺麗だった。

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