第6話 私は今年、死ぬかもしれない。(ヤマセミ)

 野鳥公園にバードウォッチングへ出かけた帰り道だった。


 その日も、天気の良い一日だった。海沿いを回り、野鳥公園で鳥を見て楽しんだ私は、帰りにスーパーで買い物をして、自転車に乗って帰路についていた。


「今日はこっちの道で帰ろー」


 途中、分かれ道があった。道路沿いを走る道か、川沿いを走る道か。さんざん鳥を見てきたのだが、もしかしたらカワセミに会えるかもしれないと思い、私は川沿いを走る道を選んだ。


 それが、運命の分かれ道となることも知らずに。


 ビニール袋に入った三本の炭酸水が自転車の前カゴで揺れている。全部メーカーが違う。家に帰ったら、飲み比べてみようと思って買ったものだ。夕食につまみを食べながら炭酸水で一杯。お酒が飲めない私の、ささやかな楽しみである。


「こんなに揺らして、炭酸抜けないかな?」


 そんなことを心配しながら、自転車をこいでいた。


 その時、前方にある橋の上から、なにかが飛び立った。


「ん? セキレイかな?」


 一瞬見えたのは、白い鳥だった。川沿いにいる白い鳥といえば、ハクセキレイかセグロセキレイか。どちらも尾をヒコヒコと動かしながらテテテテテと歩いていく、かわいらしい鳥だ。


 橋まで着いた私は、鳥が飛んでいったほうを見てみた。いた。そう遠くへは行っておらず、川べりからせりだした木の枝にとまっていた。


 やはり白っぽい。そしてなんだかデカい。セキレイよりもデカい。


 あれはなんだ? 白いハトか?


 気になった私は、自転車をとめて、リュックの中からカメラを出して構えた。鳥に向かってズームをして、画面に映し出された姿に、思わず固まってしまった。


「嘘だろ……?」


 見えたのは、ぼっさぼさの頭。そして、白と黒の鹿の子模様。


 見たのは初めてだ。だが、図鑑で一度見れば、忘れられない姿をした鳥。


「なんでヤマセミが、こんなところに……!?」


 これが、私とヤマセミの、最初の出会いだった。


 ヤマセミ。カワセミと同じ仲間で、前述したとおり、頭がぼさぼさで白黒の鹿の子模様が特徴である。カワセミがスズメほどの大きさに対して、ヤマセミはハトほどの大きさがある。食べるものはカワセミと同じで水辺にいる魚など。大きな体で川に突っ込んでいくダイナミックな狩りは魅力的である。

 

 ヤマセミといえば、山奥でしか見られない貴重な鳥だと思っていたのに。なんでこんな、民家もある普通の道沿いの川にいるんだよ。夢か。幻覚か。私はなにかに化かされているのか。嘘なら嘘だと言ってくれ。


 と、頭の中は混乱し、半信半疑のまま、カメラのシャッターを切る自分がいた。ヤマセミはこちらに気づいているようなのだが、動じない。まさに威風堂々とした姿で、大きなくちばしを開けてあくびさえしていた。


 夕日の照らす道の片隅で、カメラで撮って、双眼鏡で見て、と、繰り返していた私なのだが、ふとかたわらで「ツィーッ」という声がした。


「ちょ、ちょっと待って、今、忙しい……って!?」


 この声は!? 首をひねると、目の前の川縁で草にとまっていたのは、カワセミ!?


「セミ兄弟、キターーーーーーッ!?」


 よくわからないことを心の中で叫びつつ、カワセミを撮って、ヤマセミを撮って、ダブルセミを堪能する。頭の中は若干パニックに陥っている。


 しばらくして、満足した私はカメラをリュックにしまった。ヤマセミもカワセミもまだそこにいるのだが、あまり居座ってはいけないだろうと思い、帰ることにした。


 あとで調べてわかったことなのだが、ヤマセミは普段、山奥に棲んでいるのだが、冬になると平地に降りてくることもあるのだそうだ。あのヤマセミは、食べ物を求めて山から降りてきたのかもしれない。


 私は再び自転車にまたがり、家へと向かった。初めて出会ったヤマセミへの感動を胸に抱きながら、こんなことを真剣に思った。


「一月の始めからこんなラッキーな出来事があるなんて……。私は今年、死ぬかもしれない……」


 自転車の前カゴで、炭酸水の泡が、揺れて弾けた。



追伸

その時に撮ったヤマセミがこちら。

(注:ヤマセミは、見たら死ぬというようないわくつきの鳥ではありません。)

https://twitter.com/miyakusa_h/status/1479365044404363265

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