第27話 終電で帰って12月27日

 気がついたらラジオのスタジオでデスクに頭をつけていた。眠りこんでいたらしい。額が痛い。なでなで。

 寝て起きたらお腹がすくというもの。お腹すいた。夜だしね。


 夜の内は建物の中で下っ端悪魔たちをやり過ごしたかったけれど、お腹がすいてはそれどころではない。食料を先に用意しておけってことだけれど、忘れていたのだから仕方ない。誰のせいでもない。九乃カナ以外のね。


 ラジオ局のドアを出て、駅からも出る。寒い。風が冷たい。コートの上から自分を抱いて、九乃カナは食べ物をもとめ歩き出した。まだ眠いし嫌になる。

 駅前が一番店が集まっているのだろう。とはいえ、世の中は不景気。なぜ現状を維持しようとするのかわからない。変えなくちゃいけないとわかっていないのだろう。バカばっかり。だから、駅前のそば屋がつぶれてシャッターおりているんだって。あったまくる。

 見つけたのはバーだった。ビルの2階にあがってドアを開ける。

「いらっしゃいませ」

 バーテンがグラスを磨いていた。できすぎだ。どうぞおかけくださいというから、バーテンの目の前のカウンター席にすわった。水のグラス、おしぼり、メニューが出される。塩焼きそばなんてある。うん、お腹にたまるものがいいよね。グラスビールに塩焼きそばを注文した。


 バーテンが奥の厨房で塩焼きそばを調理し出してきた焼きそばを、がっついて食べた。九乃カナのお腹は落ち着いた。気分も落ち着いた。お腹がすいているとイラッとくるものである。

「外はすごいことになっているけれど、知っています?」

「彗星が湖に落ちて、そうしたら化け物が大量発生して、町の被害は大きいようでございます」

「よくこのお店は大丈夫でしたね」

「はい、表に出てマシンガンで何頭かぶっ殺しましたら、近づいてこなくなりました」

 悪魔と言っても下っ端は物理攻撃が効くのか。下っ端だからね。

 いや、マシンガンて言った? なんでそんなものあるの? 元ギャングなの?

 今の世界でそんなことを詮索しても意味がないか。ここで塩焼きそばを出してくれたことに感謝しなければなるまい。

「バーテンさん、すごい」

「お客様こそ、その額の紋章は只者ではありませんな」

 額? おでこをさする。よくわからない。なにかついている? そうか、デスクにおでこをつけて眠っていたから跡がついてしまったのか。なにか紋章に見えるのかね。ただの眠りこけたあとだけれど。


 足に激痛がはしった。

「イタッ。あ、イタッ」

「どうなさいました」

「足ツッタ」

 スネの横の筋肉がつった。いててて。爪先を床に押しつけて足首を伸ばし、スネものばす。きっと歩きすぎたせいだ。


 スネをのばしつづけて、スネの痛みはどうにかおさまった。


 九乃カナはあくびした。

 お腹がふくれたら、また眠くなった。ここで眠ってしまってもいいかしら。


「お客様のご自宅はよろしいのですか」

「ふぁっ?」

 眠ってもいいかなんて思っているうちにもう眠りに入っていたみたい。どこから眠っていて夢だったのかわからない。塩焼きそばを食べたのは間違いないところだけれど。寝て起きたのにお腹はすいていないし、スネがつっていた痛みのなごりが残っていた。

「え? ご自宅? そういえば」

 いろいろありすぎて、自宅にミカンを置いてきたのを忘れていた。あっちまで下っ端悪魔が出没しているかどうかわからないけれど。


 そうか。こんなことがあってみれば、死体が海から上がったかもわからない、むしろ死んだかもわからない事件のために逃亡するのはアホらしいというものでは。

「わたくし帰ります」

「電車でしたら、もうすぐ終電です」

「もうそんな時間?」

 眠りすぎていたらしい。

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