第28話 眠い終電の夢12月28日

 終電だからということはないけれど、電車の中は嫌というほど明るくて目にしみる。眠いだけか。

 エスカレーターであがってホームにつくと電車はもうきていて、まばらに客が乗っている。こんな山のふもとの駅でも終電に乗る客がいるのか、感心してしまう。人間がはびこっていて嫌だねと思ったのは空腹だったから、きっと。


 空気がもれる音がしてドアが閉まる。もわもわーんと足元があたたかい。電車が揺れる。席の座面と背もたれのクッション。まぶしくて目をつむると、意識が地獄に引かれる気分。あくびがでちゃう。ビールが効いているかな。


 頭の芯は覚醒していて、本当に眠るということはない。あくびだけが出て、眠いぞと主張している。

 電車は山沿いを走っているらしく、片側の窓には木の枝葉が電車から漏れた明りで照らされて見える。反対側は田んぼか畑か、ひらけた土地が黒く広がっている。空の高いところに半月がかかっている。半月はかかっているというイメージではないか。転がっている? どうでもいいか。


 どごん、ばぎゃんと、時折凶暴な音がする。下っ端悪魔が電車に突っ込んでくるのだろう。殺虫灯に突撃する虫みたいなものだ。


 電車がブレーキをかけた。そのまま止まる。駅ではなく、ドアは開かない。

「お客様にお知らせいたします。前方に悪魔が飛んでいます。刺激しないため、しばらく停車いたします」

 悪魔のために人間様の電車が止まって待たなくてはならないなんて、そんな理不尽な話はない。運転手に文句言ってやると瞬間的に思ったけれど、それはちがった。九乃カナの出番であると胸の内でつぶやいて、ドアの上のふたを開けコックをひねった。ドアを開ける。

 下は線路、電車から飛び降りると砂利が敷いてある。歩きにくい。足がつったあとに歩きたくない。砂利の坂をおりて地面に立った。すぐに田んぼだ。

 悪魔は羽ばたいて空を飛んでいた。あれかと思ったら、向こうも気づいたらしい。体を前傾してこちらに向かってくる。下っ端ではないみたい。普通の悪魔。

「」九乃カナは両手を前に突き出した。手のひらを悪魔に向けている。黄金の光を放ち、手のひらの前に球体があらわれる。

「悪魔を撃て!」

 光の球体が悪魔に向かって伸び、矢となって飛び去った。光の矢は飛んでくる悪魔の顔面に命中した。悪魔は地面に墜落して灰となってはじけた。「」

 ステップに足をかけ車体を登る。眠いし疲れたし、力がはいらない。

「すごいですね、ありがとうございました」

 ハーフコートを着たサラリーマン風の男が手を差し出していた。手を伸ばしてつかむと引っ張り上げてくれた。黒いパーカーではなくて安心。

「疲れた、眠い」

 九乃カナはもとの席にすわってぐったり。ドアは閉まった。車掌が車内放送でなにか言っているけれど言葉が耳に入ってこない。悪魔は退治したのだから、聞かなくても大丈夫だろう。

 目を閉じて、頭がぼうっとしているけれど、やっぱり芯はぽっかり覚醒していて、眠ろうとしない。

 電車が駅について、サラリーマン風の男が声をかけて降りて行った。九乃カナは席でぐったりしたまま片手をあげて応えた。


 終点について、九乃カナは電車を降りた。ほかにも客はいて、階段をついておりる。立って縦になったらおしっこ出たくなった。トイレに寄ってから改札を出た。

 キンキンに冷えた空気がびゅーっと風となって吹きつけてくる。ムカつく。歯を噛みしめてイラつきながら歩き、3日ぶりだっけ、家にもどった。

 ああ、なんて日々だったんだ。

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