第25話 小説をハッキング12月25日

 九乃カナはチート体質。なぜなら、この小説の作者でもあるからだ。

 実体のあるキャラに対しては悪魔にしたような攻撃をするつもりはないし、レイヤーが異なるから有効ではない。

 悪魔は現実ではない、抽象的な存在なのである。だから懐中電灯の光が透過してしまうのに闇であるという状況が発生しうる。異なるレイヤーのものが重なっているのだ。


 九乃カナの攻撃は、SQLインジェクションに似たようなもので、小説の脆弱性を突く手法である。小説のセリフはカギカッコで括られる。セリフの中にカギカッコ閉じるをいれると、セリフは終了してしまい、そのあとのセリフは地の文としての効力をもつ。ここで悪魔への攻撃をしゃべると、しゃべった内容が現実に投影される。現実を思い通りに改変する能力といってよい。


「悪魔にこんな仕打ちをして、このままで済むと思うなよ」

「またもチンプ。やっと封印から逃れられたというのに、もう消え去りたいの?」

「お前、何者だ」

「九乃カナ。闇の帝王さ。悪魔が帝王に勝てるわけがないのがわかった?」

「闇の帝王」

「」悪魔であった濃い闇はしぼんでゆき

「ぎゃー! まだ消えたくない」

 無に還った「」

 地下墳墓はもとの穏やかな空間に還った。カズキの笑顔が見えた気がしたけれど、出番がなかったみだいだ。カズキは今でも近くにいて、本当にピンチになったらきっと助けてくれる。


 石の階段をあがって地下から抜ける。何日ぶりかの地上という気がする。ほんの数時間のことだったはずなのにね。

 やはり地上部分はキリスト教会を模した教会建築だった。地下に封印された悪魔を祀っていたところからして邪教であることに間違いはない。

 地震でなのか元々なのか、派手に壊れている。屋根と壁が崩れて空が見えている。このまま朽ちて廃教会となるのだろう。


 蝶番が壊れた扉を開け、外に出た。久しぶりの外の空気。ぴかぴかに磨き上げられた青空、のどかに小鳥が鳴く。九乃カナは両手をいっぱいにひろげて伸びをした。よく冷えた空気が肺に満ちるのを感じる。

 すこし見上げた向こうにお城が見える。あそこからやってきたのだ。湖は教会の廃墟の裏側か。瓦礫に足を取られないように注意してまわりこむ。


 小鳥が鳴き、山が連なり、遠くはもやって、のどかな世界で、湖は枯れていた。湖は半分吹き飛んでいた。山一個分くらい地球が削り取られている。クレーターだ。蒸気がのぼっている。

 脳がアラートを鳴らしている。こんなのは見たことがない。景色が連続していない。針葉樹の緑をした山、枯れた広葉樹の茶色い山、青い空、炭の色をしたクレーター。そんな組み合わせの絵なんて誰も書かない。

 さっきの地震を起こしたのはプレートの沈み込みではなく、宇宙から地上に落ちてきた天体だったのだ。スケールが大きすぎて意味が分からない。


 ここでぼうっとしていても仕方がない。騒ぎになって報道のヘリとかやってくるだろう。教会に道路が通っていて、道路を歩くのは人目について危険だけれど、山道へはいることができて、どうやら道路と同じふもとへ通じるらしい。

 九乃カナは髪を手で梳いてから頭の後ろでまとめ、しごく動作をして放した。ふわりと長い髪が垂れる。

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