第21話 走りたくなんてない12月21日

 九乃カナは走る。12月だからね。いや、師匠ではないけれど。そうか、もう年末か。今年はいろいろあったなあ。って、振り返っている場合ではない。ヘタしたらそのまま走馬燈へつづいてしまう。つづきは走馬燈で、みたいな。ウェブで、じゃないんだから。


 湖をそれて森の中は、まだうっすら霧模様。足もとにスモーク炊いている気分。昔の歌手みたい。

 背中から、そんなに走ったら危ないですよーという声が聞こえてきたけれど、きっと立ち止まった方が危ない。

 足元は下草が枯れ、枯葉も積もってふっかふか。走っても走っている気がしない。ふんかふんかして上下に跳ねてばかりいる感じ。


 踏み下ろした足が、すかっとなって、頭に血がのぼる感じがして、全身の背中側に衝撃を受けた。後頭部も打ちつけて痛みがすごい。

 暗い地の底に落ちていた。天然の落とし穴にかかったみたい。草やら葉っぱやらが積もっていて穴があるなんてわからなかった。

 体勢が苦しいから土の壁に手をついてどうにか立ち上がった。穴は深く、出口は手を伸ばしたずっと先。


「これは、まずいのでは」

 焦ってまわりを調べる。木だか草だかの根っこが穴の壁から飛び出しているけれど、掴んでも細くて張り合いがなく、とても登ってはいけない。

 土のにおいが濃い。このままでは土に還ってしまう。寒いし。


 寒いのに眠気を思い出してしまってあくびが何度も出る。体は冷え冷え。風呂に入ったあとで、完全に湯冷めしている。

 くそっ!

 ムカつく。

 なんで寒いんだ。

 九乃カナは血の底で寒さにキレた。土の壁を蹴りつける。割とやわらかい。壁がへこみ、土が崩れ、

 おらぁ!

 力を込めて靴底で蹴りつける。


 どごぉ、ばばばざざぁー。

 なんの擬音なんだか。

 九乃カナは地獄へ落ちて行った。


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