第12話 大胆に遅刻した12月12日

 九乃カナの逃走はつづく。逃げるにも体力は必要で、腹が減っては逃げきれぬというやつ。

 街をさまよい歩いて、一軒の定食屋を見つけた。九乃カナがはいるにはオシャレ度が足りず普段であれば第一選考落選のところではあるけれど、今夜は特別賞、はいってあげる。

 ん?

「なぜ開かない」

 ガラガラッと開くはずのガラス戸が開かぬ。自動ドアでもあるまいし、静電気のせいで開かないということはないはず。

 ガラスに額をつけて中をのぞく。ちょうど女性の店員と目が合って、ぎょっとされてしまった。なんでもいいから、明けてくれ、食事をさせてくれ。

 テレパシーが通じたらしい。ガチャッとやって戸を開けてくれた。

「すみません、お客さん。今日はもう閉店なんですよぉ」

 おいおい、まだ早いんでないかい。早寝ちゃんか。

 店員は戸の隙間から腕を出した。張り紙をさしている。

「コロナ」

「そうなんですぅ、時短営業なんですよぉ」

「ぐぬぬ」

 憐みの視線を投げかけつつ、戸は閉められた。また店内をのぞくと、店員は床を掃き掃除していた。これはなにも期待できない。


 ふらふらと、飲食店を見つけては寄っていくけれど、コロナの風はキビシかった。どこも営業を終了していた。

 もっと早くつかないといけなかったのだ。


 ひもじいお腹を抱えて、公園のベンチでまるく体育ずわり。空では星がまたたいている。風が目にしみて涙が出ちゃう。よい子はみんなおうちに帰ったのだろう。さみしい公園。顔を膝の上に伏せる。


 気配。


 右に倒れる。

 金属がものを叩く音。

 転がってベンチから落ちる。

 ひゅっ。

 もう一回転がって、低い姿勢で起き上がる。

 黒い影がベンチに片足を乗せて棒を高く構えていた。

 後ろへ飛びすさって距離を取る。


 街灯に影の姿が浮かぶ。パーカーのフードをかぶった黒ずくめの人物。棒と思ったものは鉄パイプだった。ホームセンターで買ったのか? ちょっとその辺に転がってはいないだろう。


「生きていたの」

「?」

「どうやってここがわかったのか知らないけれど、もう一度胸に蹴りをいれてほしいってわけか、ドM」

「わけわからないことを言うな、死ね」

 背負う形で振りかぶり、鉄パイプを振う。そんな大きなモーションで振りまわしたって餅だってつけやしない。


「うぉお!」

 別の場所から声がした。あらたな敵か。身構える。

 影が横からあらわれて、パーカー野郎に突撃した。一緒に吹っ飛んだ。鉄パイプも飛ばされて地面を転がった。

 あたらしくやってきた方も黒いパーカーを着ている。まぎらわしい。流行ってるの?

「来て!」

 九乃カナの手を引いて新パーカーが駆け出す。公園を出たところの車道に車が停まっていた。ハザードが焚かれている。

 新パーカーは助手席のドアを開けて、乗ってと言った。自分は車の前をまわって運転席のドアを開けた。

 公園のほうへ目を向けると、鉄パイプ野郎がこちらへ駆けて来ていた。乗っておくか。正体の知れない新パーカー男に運命を任せることにした。

 九乃カナが乗り込んでドアを閉めたら、車は急発進した。ずりっとお尻をずらしてサイドミラーを見たら、鉄パイプ野郎が車道を歩いているのが街灯の明りの中に見えた。ターミネーター2ならスプリンターの走りで追いかけてくるところだけれど、現実にはそんな奴いねえ。

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