第4話 珍しく夕食を食べすぎない12月4日

 むしろお腹すいた、九乃カナはマロン味のクッキーを咀嚼しながらそう感じていた。いつもは食べすぎる夕食が物足りなかったせいだ。


 今夜は軽く煮込んだうどんにした。スーパーへ買い物に行ったときかぶがお安かったから大根の代わりにかぶを入れることにした。かぶに加えて人参と玉ねぎ、を水から煮込み、うどん投入のときにねぎとかぶの茎と葉、舞茸、油揚げも。

 かぶは煮えすぎて柔らかくなりすぎた。ちょっと失敗。あとはおいしく食べられたのだけれど、肉を入れなかったせいなのか、食後の感想は物足りないだった。

 たまごでも落とせばよかったか、鍋焼きうどん風に。


 なぜ肉の入らないボリュームの物足りないうどんになったかというと、今感じている疲労感の原因と共通する。


 お昼のことである。

 九乃カナはファミリーマートで平打ちパスタ明太子ソースをあたためてもらい、伊右衛門のジャスミンティーとともに弁当用のビニール袋として手に提げていた。

 飾り気もなにもない粗末な雑居ビル、薄暗いコンクリート階段をあがった2階で立ち止まった。やっぱりやめようかと最後の考察である。考えるのは好きだ。

 もろもろ考えるとこの洗濯も致し方ないとしぶしぶ結論した。何度も点検しているのだから、今さら結論がかわることはない。


 廊下を進み途中のドアを開ける。あまっとろい匂いが室内からただよう。

「面白い話をもってきたといいたいところだけれど、逆に面白くなる話ってなあい?」

 九乃カナは室内に向かってまくし立てた。

「ふぉ? ふぉんぬぁむんぬるふぁっふぁれのれらふぁれふふぁ」

 事務所のソファにすわりながらコンビニの袋をテーブルに載せた。奥の所長席でふがふが言っている探偵には一瞥をくれてパスタの容器、となりにジャスミンティーのボトルをセット、容器の包装をはがしにかかる。

 探偵はマグカップのココアを口にいれ、なにを食べていたのか知らないが、菓子を胃に流し込んだ。


「九乃くん、久しぶりだね。忘れられたかと思っていたよ。こっちは九乃くんのこと忘れていたけれどね」

「忘れていたけれど思い出したってところかな。口調があまりかわらないからやりにくい、読者もわかりづらいだろうから、ここに来たくはなかったし、探偵にも会いたくなかったのだけれどね」

 探偵はパスタの容器のふたを取りにくそうにしている九乃カナの向かいのソファに移ってきて腰をおろした。九乃カナが目線をあげると、菓子盆の上から自然な動作で菓子を取り上げ口に運ぶところが見えた。包みのゴミがテーブルに載る。

「会いたくない探偵に会いにきたってことは、便秘だな?」

「話せば長くなるけれど」

「ということは事件だ」

 チョコパイの包みを破いてひと口に押し込む。九乃カナがどうにかふたを取り外したことで、室内の甘い匂いに戦いを挑むように明太クリームソースパスタの風がじんわり広がる。プラスチックのフォークに平打ちパスタをからめて口に入れる。咀嚼して飲み込んだ。

「察しがいいな。本題だけは進むってのが探偵のいいところだ」

「ふぉもふぁま、ひぃふぁみまひえっはふぉえもびぶ、ぐへっ」

 しゃべることとチョコパイを食べることを同時にするものだから気管にはいったのだろう。きっと将来探偵の死因は気管支炎から肺炎併発といったところだ。

「そうなのだよ。同じ頭脳が考えているから話が早い。でもすこしちがうんだな、死体を発見だけしてもらってもあとがメンドクサイから死体発見、死体が誰かの特定、殺し方、容疑者、アリバイトリック、動機、犯人、全部解明してほしいのだ」

 大きく首を動かして、どうにかチョコパイを飲み込んだらしい探偵が口を開いた。九乃カナの方もパスタを口に運んでいるところだったから、チョコまみれの口の中が見えてしまって殺意を覚えた。あらたな殺人事件が発生しそう。

 盛大にドアが開いて人が押し寄せてきた。

「探なまだ生に偵さ悠長きていにん、たの? 女の早く死大変人とねばくっいちでゃべってんすでいのにすか」

 九乃カナは既視感を覚えた。たぶん読者もこれは見たことあると思っていることだろう。

「じゃかしぁい! ひとりづつ話すように。客1」

「探偵さん、大変です」

「客2」

「なに悠長に女の人とくっちゃべってんですか」

「さいご」

「まだ生きていたの? 早く死ねばいいのに」

「ひとりとして内容のあること言っていなかった」

 探偵は飽きれてジャケットの内ポケットからチュッパチャップスを取り出して、皮をむき口に突っ込んだ。九乃カナもパスタを食べ終わってジャスミンティーで口の中をクリアにしている。

「あいかわらず結婚詐欺の依頼で忙しいわけだ。こっちもひまを見つけて進めておいてね」

 人差し指と中指の間にペットボトルの首をはさんで持ち上げると、九乃カナは滑らかな歩行で客のあいだを縫ってドアを出た。

「あー、甘ったるい匂いで食欲なくなる」

 パスタを食べ終わったゴミは、しっかり探偵の事務所に残してきたのだけれど。


 そんなわけで、食欲があまりないからうどんにするかと言って夕食をうどんにしたら物足りないという結果になった。

 でも、こんな探偵の登場するパートをポチポチしている間にお風呂が沸いたものだから、15分くらいでは書き切らなかった、今は風呂を済ませ、ついでにレンジでチンする冷凍焼きおにぎりを食べて小説を再開し、やっと探偵パートが終わったところだ。ついでに気分転換のツイッター・チェックをした。


 九乃カナは昼間の残りのジャスミンティーをまた一口飲む。飲んだ。飲み切った。残りがすくなかったのもあるけれど、ぐびぐび一気に飲んだから終わった。


 昨日ほどの肩こりはないけれど、今日もいくらか痛みが残っている感じがあって、いつも38度にセットしている風呂温度に加えてたし湯ですこし熱くしてみた。今は適度に冷めてすこし爽やかな感覚がある。

 たぶん今夜は健やかに眠れることだろう。おやすみなさい。23:30、今日も間に合った。

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