弐.いそぎきこくする

「みのみのー、見つかりましたー⁇」

「んーんっ。無いわ、そっちは⁇」

 私はモリモリに返事を返すが、モリモリは無いっすねーっとジェスチャーで返答した。

 せめて返事をしろと言いたくなる。

「はいはい。よくわからないけど、お茶持ってきたから。総一郎君⁇お茶はお好き⁇」

「はい!!めっちゃ好きですよ、

 私は二人のやり取りを聞きながら、ため息をつくしかなかった。


 話は少し前に戻る。

 あの変な人に会ってから数日が経ち、記憶から忘れ去っていた時だ。

 出版社から家の間の通り道にある自販機にて、私はジュースを買おうした。

 だが、商品は出てこなかったのだ。

 切れ気味にボタンを連打したり、受け取り口を開けるが無いのだ。

 新商品の『エアーシュガー』という商品、これは三百円もする。

 こんな高い飲み物を買おうと決意した結果がこれだ。

 ぐぬぬと悔しがっていると、視線を感じたのだ。

 視線のする方へ振り返ると、二つくらい先の横道からあの不審者が顔を出していたのだ。

 私がジッと見つめていると、相手はニヤリと笑ってからスッと物陰に消えたのだ。

 これはヤバい……真面目にストーカーかと思った。

 私に恋をした男がじっとりと見つめてきているのだ。

 だが、最近の私は賢いのだ。

 これは、私の小説ではないかと考えたのだ。

 だからすぐに、ネット投稿した作品を読み漁った。

 だが、該当する作品は無かった。

 残すは、昔ノートに書いていた小説やら漫画かと思い、実家へ帰ることにしたのだ。


 その道中、合コン帰りのモリモリと出会った。

 声をかけると、モリモリは不思議そうな顔をして周囲を見渡していた。

 何をしているのかと思ったら、用が無くなったから私に着いて行くと言ってきたのだ。

 どこぞのゲームだよと思いつつ、私はモリモリを仲間に加えて実家に帰った。


 今回は、母親の仕事が休みの日だ。

 だから、家に着く直前に鍵を開けてと頼んだ。

 そうしたら、またも玄関で仁王立ちで、今にも怒りが爆発しそうな顔をしていた。

 だが、今回は前回とは違う。

 なんと、モリモリと言う人間が一緒なのだ。

 モリモリを見た瞬間、母親の顔が七変化したのには驚いた。

 そして、娘の存在を忘れてモリモリだけを家の中へ案内したのだ。

 二人の後ろについて、私もリビングへ向かって椅子に座ると、何処に隠されていたのだと思うくらいお洒落な茶菓子と紅茶が出てきた。

 私が帰っても出しもしないくせに……

 そこで、モリモリが『海藤さんのお母さん』と呼んだところ、


 それだと子どものお付き合いみたいだからちょっと……


 とか母親は言葉をにごした。

 そっかーと納得したモリモリは『では、マダム』と言ったら、母親にクリーンヒットしたようだ。


 駄目よ!!私には夫と愚女ぐじょがいるの!!


 とかほざきやがった。

 こんな母親を相手にさせて申し訳ない気持ちだったが、ノリの良いモリモリはそんな阿呆な母親の相手もお手の物だった。

 最終的には『お義母さん』と呼ばせることでお互い納得したのだ。

 こんな悲惨な状況を、父親が見なくて良かったと安心していた。

 また、海外へ旅立ってしまったそうだ。


 まだまだモリモリと話をしたい母親だったが、そんなことの為に連れてきたのではないとモリモリの腕をつかんで自室まで退避した。

 そして、押し入れから作品を出して、一つずつ確認している。


 ……が、またも母親が来たのだ。


 次はお茶に高そうな和菓子……本当に何処に隠してんだ。

 早いところ、今回の呪いの作品を見つけて、家からとっととおさらばしたい。

 そんな気持ちで必死に探していた。

「みのみのー!!」

「えっ⁉あった⁇」

「『みのりんとあい・ゆうしゃのれんあいたん』って続きどこっすか⁇」

「……読むなよ。探せよ」

 ため息をつきながら、私が次の作品を見ようとすると、カシャッと音がした。

 音の先は母親だ。

「……何してんの⁇」

「いや、旦那に婿って送ったの」

 本当にこの人は……愛しの娘が男を家に連れてきたくらいでこんなに騒ぐなんて……いつになっても子離れしないものだと鼻で笑うしかなかった。

 まぁ、実家に人間を連れて来ることが無かったから物珍しいだけなのだろう。

「……てか、お父さんにそんなの送ったら、モリモリが危ないじゃん!!」

「ふふっ、父親と未来の婿の戦いは見物ね」

「何回も説明したけど、モリモリは私が契約している出版社の社員だからね⁉」

 この人に、何を言っても聞こえないようだ。

 勝手に妄想して喜んでいやがる。

 本当にモリモリには申し訳ないと謝ろうと振り返った。


「……モリモリ⁇」

 モリモリが真剣な顔をして読む姿を拝めることなんてあるんだと驚いた。

 だが、きっとさっき言ってた続きでも読んでいるのだろう。

 真面目に探してほしいものだ。

「ちょっと、モリモリ⁇」

「みのみの……コレっぽそうっす」

「えっ⁉」

 その言葉を聞いて、私はモリモリの横に近づき作品の内容を確かめた。

 その姿を母親が連写しているとは知らずに……


 作品は、ある少女を見つめる男性の短編の恋愛物語だ。

 少女に恋をしている男は、少女の幸せを願って遠くから見つめていた。

 だが、少女は不幸に見舞われることが多かった。

 少女を心配する男は、少しずつ少女との距離を縮めていくのだ。


 少女の悲しい顔は見たくない、笑っていてほしい。


 それが男の願いだった。

 だが男の願いは虚しく、少女は泣き出してしまった。

 少女は立っていることがままならず、その場にへたり込んでしまったのだ。

 男はその姿を見て、決意したのだ。

 少女を救えるのは自分だけだと。

 男は走りだした。

 そして、少女の手を掴んだ。

 さぁ、行こう。

 二人で夢の世界へ――


「……良い物語よね⁇」

 私がそう言ってモリモリに視線を向けると、モリモリは苦笑いをしていた。

 これは、高校初めての文化祭の時に作った作品だ。

 クラスの出し物は女子がメルヘン物語集、男子はホラー物語集を創作すると言う、文化祭当日は遊び惚けるためにクラスで考えられた苦肉の策だった。

 そこで私はピーターパンを題材に書いたのだ。

 絵もつけようと描いたが、男性を上手く描けなかったので、すべて黒塗りしたのだ。

 そして、文化行事委員の子に提出をして、文化祭当日を楽しみにしていた。

 当日、何故か私の作品だけ男子側に混ぜられていた苦い記憶があるのだ。

「よし!!見つけたから、とりあえず脱出しよう!!」

 そう言ってモリモリの腕を掴み、私は母親に軽く挨拶をして実家を後にした。


「……あっ、お父さんから返事だわ」


 いそぎきこくする


 そう、私は知らなかった。

 母親が送ったメールのせいで、父親が早急に帰国することなんて……母親から連絡もなかったので、知る由もなかったのだった。

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