参.人による行動の意味の違い

 私達は実家から飛び出して、駅まで走り続けたのだ。

 着いた途端、一気に疲れが出てしまい、その場でゼーハーと息が上がっていた。

「はぁ……はぁ……モリモリ、ありがとう」

「いえ、お役に立てて良かったでーす」

 モリモリは私に笑顔を向けてきた。

 私がこんなにも息が切れていると言うのに、モリモリは全然息切れを起こしていないのだ。

 これが若さなのかと驚愕してしまう。

「みのみのー⁇」

「……何⁇」

「あれっすか⁇」

 そう言いながら、モリモリは私達が走っていた道の方を指差した。

 私は指差す方へ顔を向けると、三つ先くらいの曲がり角の壁から不審者が寂しそうな顔をしながらこちらを見つめて、スッと消えて行った。

「なんか……可哀想っすね」

「えっ⁇どこが⁇」

 モリモリはあの不審者に対して何を感じたのかわからないが、今の私には恐怖でしかない。

 私は手に持っている小説に目を向けた。

 こんなにも素敵な作品を、あんな不審者のせいで怖い作品として扱われるなんて許せない。

 早く呪いを解きたいものだ。


「じゃあ、僕はこれで帰りますね」

「ありがとう。またね」

 そう言うと、モリモリは改札を通過した。

 私はその背中に手を振っていた。

 ふと、モリモリが振り返った。

「みのみのー!!その作品の相手……不審者がもし、山田先輩だったらどうします⁇」

「はぁ⁇山田⁇」

 モリモリが何を言いたいのかわからないが、あの不審者が山田だった場合とは何なのだ。

「そう!!みのみのは作品は良いもので、不審者は悪いものなんでしょ⁇だったら、身近な人ならどうかと思って」

 またモリモリの変な考察に花が咲いたようだ。

 だが、モリモリのひらめきは良い感じのものがあるので、私は頭の中で考えた。


 山田が、遠い壁からこちらを見つめる。


 そして少しずつ近づいてくる。


 私と目が合うと、ニヤリと笑ってくる。


 最後は私に迫ってくる。


「こっっっわ!!!!!!」

「えっ⁇」

 私は全身から冷や汗が出てきてしまった。

 最初は山田が何か言いたいのかと思った。

 昔なら、『愛の告白⁉』なんてドキマギしたはずだ。

 だが、今の私にはわかるのだ。

 山田が何かを言いたいと言う状況なら、作品に対してしかないとわかっている。

 そして少しずつ近づいてくる。

 ……間違いない。


 ――さっさとホラー作品を書き上げろ!!!!


 まるで借金取りのように、追いかけてくると山田の行動に、私は恐怖以外思いつくことは無かった。

「ムリムリムリ!!!!山田に追われるのは、そこらの呪いよりも怖いよ!!!!」

 そう言うと、モリモリは生温かい目で私を見て笑っていた。

 そして、やっぱどちらも怖いってことっすよと言って帰って行った。

 確かに、山田に追われるんだったらそれしかないから恐ろしいとしか言えない。

 だけど、もし……


 もし、それがモリモリだったら怖くないと思った。

 むしろ私が逆に遠目から見ていそうだ。

 次はどこの合コンへ行くのだろうか、山田に怒られないだろうかと。

 なんか私がお母さんみたいになってしまいそうで、一人笑ってしまった。

 そんなことを思いながら、私は花屋へ向かった。


 私は花屋で花束を買い、ある場所へ向かった。

 それは、私が樹海に迷い込んでしまった後、樹海から出てこれた場所だ。

 その近くにある電柱の前に座り込んで、道の邪魔にならないように花束を置いて手を合わせた。

 あの後、事故か何かあったのか調べたところ、そう言った類の話は無かった。

 その代わり、行方不明者がいると言う話だけ見つけたのだ。

 十年前に行方不明になった男性、嵯峨さが光介こうすけさん、大学一年生だ。

 バイト先から帰ってから、行方が分からなくなったそうだ。

 結局、当時は見つかることは無かったそうだ。

 だが、私が樹海の呪いに打ち勝った後、樹海から白骨死体が見つかったというニュースを見た。

 まだ他の情報は出ていないが、きっと彼は白日の元に晒されたのだと信じている。


 ――次は私と一緒に、デートしてね。


 そう願っていると、また視線を感じるのだ。

 嫌な予感はしているが、私はゆっくりと視線の先に目を向けた。

 なぜだろうか。

 先ほどは離れた気がしていたのに、次はとても近づいている気がする。

 道の先、一つ目の壁から不審者はヌッと顔を出している。

 そして、あの不審者は、涙を流しながら私を見ているのだ。

 どんなに私が不審者を見ても、隠れることなくずっと見つめているのだ。

 よくわからないが、次に何かあったら危ない気がしてきた。

 私はとりあえず、逃げるように家に帰って行った。


「……もしもし」

 どのくらい、家から出ていないか覚えていない。

 嫌な予感がしてから、私は家から一歩も出ずにいた。

 山田から連絡が無いと言うことは、まだ締切が近づいていない。

 つまり、まだ一週間も経っていないのは確かだ。

 だから、もう少しだけ事件解決のために家で考察しようとしていたのに、実家から電話が来たのだ。

「あぁ、美乃利⁇あんた暇なら実家に顔出しなさい」

 珍しく電話をしてきたと思ったら、母親が私を実家に召集するのだ。

 嫌な予感しかしない。

「行かない。この間も行ったでしょ⁇」

「そうね。また、総一郎君を連れてきなさい」

 母親の魂胆はわかった。

 また、モリモリを家に呼び寄せて、近所の人や親せきか誰かを呼んで見世物にしようとしているのだろう。

 本当にこの母親は……

「とにかく、待ってるから」

「ちょ……」

 自分の用件だけを伝えて、母親は電話を切った。

 電話をかけなおしても出ない。

 本当に自分勝手な親だ。

「あぁー。仕方ないな」

 私はシャワーを浴びてから着替えた。

 そして、実家に帰る準備をして家を出た。


 ……モリモリ⁇

 愛娘が帰るだけで十分だろう。

 自慢できる素晴らしい娘が帰省するのだから泣いて喜ぶがよい。


 地元の駅に着いたのは、もう外は真っ暗になっていた。

 都会なら、駅を出てもそこら中がテカテカと輝いている。

 だが、田舎は駅を出ると真っ暗だ。

 この町で明るいのは海岸沿いだ。

 月明かりに照らされてた海は、幻想的でまるで夢の世界にいるようだ。


 ……そう思えるのはきっと、海を見たことが無い人や都会に疲れた人だろう。

 私は高校までずっとここを通っていたのだ。

 こんな夜の時間の海は、幻想的な場所と言うより、不良のたまり場で怖い印象しか無い。


 ふと、海で起こった呪いのことを思いだした。

 最初は美術部の先生の手によって作り上げられた恋人岬だ。

 あそこでゆうくんとあいたんに出会い、幽霊に呪われた。

 だが、幽霊と同じ状況なのだと誤解された私は、幽霊に同情された。

 そのせいで、無駄にイケメンとの出会う呪いをかけられてたのを覚えている。

 未だに、あの億万長者のおじいさんは勿体ない事をした。


 そして……私と本物の愛を見つけようとしたダリー。

 彼は好きな子がいると言っていたけど、吊り橋効果でいけるのかと思っていた。

 だが、そんな目論見は去った。

 あのドラマのように、私とダリーがくっついたら、帰宅中に交通事故に遭って海に沈んでしまったかもしれない。

 あの婚約者の母親も交通事故に遭った後、海に沈められたのだ。

 婚約者の母親を殺した犯人が、主人公か婚約者のどちらかだった……らしいが、結局そこの謎解きは無く終わった。

 きっと婚約者の母親は二人とも許せなかったから、くっつけてから殺したのだろう。


 ――あっ……あっ……


 私が少しだけ黄昏たそがれていると、後ろから声が聞こえてきた。

 ゆっくりと振り返ると、道の真ん中に不審者が立っていた。

 そして、ゆっくりと私に近づいてきたのだ。

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