コイの呪い

壱.ただ見つめてるだけ

「……では、打ち合わせはここまでにしますか」

 資料をとんとんと音を立ててそろえる男……それは、私・海藤かいどう美乃利みのりという偉大な小説家の担当である山田だ。

 この男に忌々いまいましい作品であるホラー小説を見出みいだされ、私は小説家としてデビューを果たした。

 最初の頃は没、没、没と呪文を唱えていた山田も、今ではまともな日本語を話せるようになったのだ。

 まぁ、もう二年近く経っている。

 人間、成長するものだ。


 打ち合わせが終わると、山田と一緒に出版社の外に出た。

 そう、いつものように私を家まで送ってくれるのだ。

「……じゃ、ここで失礼します」

 送ってくれ……ないのだ。

 最近、この時間の打ち合わせになると出版社の外にある自販機に飲み物を買いに行くついでに、私を玄関口まで送ってくれるのだ。

 決して、着いて行ってるわけではない。

「なんて優しさのない担当だ……まったく」

 私はため息をつくと、白い息が目の前にできる。

 また、冬がやってきたのだ。

 どんなに年数が経っても、山田はこれからもずっとこんな感じなのだろう。

 私はやるせない心のまま、家への帰路の方を向いた。

「……あれ⁇」

 結構遠くの壁際から、こちらを見ているような人が見えた。

 私がじっと見つめているとスッと消えていった。

「……なんなん⁇」


 翌日、私は久しぶりに友人とお茶をするため、喫茶店にやって来た。

「美乃利ちゃーん!!久しぶりー!!」

 お店に入ると、私に気付いた高校の友人・横川よかわ早紀さきが、大きく手を振ってきた。

 私は駆け足で早紀さんの待つ席へ行き、椅子に座った。

「早紀さん、お久しぶり……です」

 年末に会って以降、連絡をしていなかった。

 もうじき年末なので、ギリギリ一年経たずに会うことができた。

 一年は経っていないが、久しぶり過ぎてどのように話をしていたか思いだせない。

「やーもう、緊張しないで!!今日はね、報告があって来たんだから」

 そう言うと、早紀さんは店員さんを呼んでミルクティーを頼んだ。

 私は勿論もちろん、アイスミルクだ。

 年末の時にハマったカシスオレンジを、喫茶店で一度だけ注文したことがある。

 あの時、申し訳なさそうな顔をした店員さんに断られた。

 それからは、いつものようにアイスミルクを飲んでいるのだ。

 飲み物が来るまでは、美術の先生が生まれ変わったように不気味な作品を書くようになったとか、現在いる美術部の後輩達が賞を取ったとか、いろいろと教えてもらった。

 本当に彼女は顔が広い人だと、改めて感心してしまった。

 飲み物が届くと、いったん話を止めた。


「それで……早紀さん、何かあったんですか⁇」

 そう言うと、早紀さんは優しく微笑んできたのだ。

「いやーね、年末にさいろいろあって……その……」

 そう言うと、早紀さんは頬を赤く染めながら、嬉しそうにストローをくるくると回して飲み物を混ぜていた。

「うん、あのー美乃利ちゃんと海で久しぶりに会ったじゃん⁇」

 その言葉を聞いて、私は頭の中をフル回転させて記憶を呼び起こした。

 呪いのせいで、夜中に転移させられた海の時のことだ。

 あの日、呪いに打ち勝ったと喜んだのは良かったが、帰れなくて困っていた。

 そこで、迎えに来てもらおうと山田に連絡したらシカトされ、母親に連絡したら電話線を外されて不通となり、途方に暮れていたのだ。

 その時、偶然にも早紀ちゃんと早紀ちゃんの大学の後輩と出会ったのだ。

「あー懐かしいね。あの時は本当にありがとうございました。命の恩人ですわ」

 そう言うと、私は早紀さんに向かって深々と頭を下げた。

「んんっ、違うの!!その……その時にいた後輩を覚えてる⁇」

「あぁっ、あの後年末にアッシーになってた子でしょ⁇」

 そう言うと、早紀さんはそうそうと言いながら笑っていた。

 アッシーと呼ばれた彼は、本当に健気で可哀想だった。

 彼に報われる日は来るのかと涙を流しそうになったこともあった。

「……彼とね、今度……籍を入れることにしたの」

「……せき⁇」

 そう言うと、彼女は真っ赤な顔をしながら語り始めた。

 年末のあの後、後輩君に告白をされたそうだ。

 どうしようかと悩んで、初詣の時に私と約束していたので相談しようとしていたそうだ。

 だが、私は行けなかったので、代わりに森山もりやま総一郎そういちろう事モリモリがお断りをしに行ってくれたのだ。

 その際に、モリモリに相談したそうだ。


「いやー、本当にには感謝しかないよ。一人で悩んでたら、断ってたかもしれないし」

「……二人⁇」

 モリモリは分かるとして、もう一人おまけについているやつは誰なのかと不思議に思った。

「うん、山田さんとモリモリ。二人とも、あの時の私を後押しする言葉をくれたんだ」

 ほぉ……としか声の出ない私に、彼女は続けた。

「あの時、美乃利ちゃんが戻ってこないから待つって言ったんだけど、山田さんに『外の彼が大事なら、ここから離れな』って言われてさ、最初は何言ってんだよって言い返したんだけど、『あんたの為なら、あいつは死ぬ覚悟があるだろうね』って言われたのよー」

 あの日、早紀さんは山田に脅されてお店を後にしたのか。

 あの場に二人が残っていたら、呪いに巻き込まれて、早紀さんを守るために後輩君は盾となって死ぬと……


 ほう。

 つまり、山田は彼らを救い、私を見捨てたと言うことか。

 だが、そんな言葉をよく早紀さんが聞いたものだと驚いてしまった。

「へへっ、それでその後、告白されてパニクっちゃって、その場でお座りさせて逃亡したのよ。それで、待ち合わせ場所に立ってたらモリモリが来たから相談したの」

 お座りとは……後輩君は、忠犬過ぎて悲しくなる。

「『もし、未来に彼が居なくてもいいなら断ればいいんじゃないっすか⁇』って言われてさ。想像したんだよね……アイツが居ない未来を。そしたら悲しくなっちゃってさ……私にとってアイツは大事な存在なんだって気づいたの。それで、急いでお座りさせてた場所に戻ったの。そこから付き合い始めたのね」

 お座りを指示されたのが何時なのかわからないが、まだ座っていたとは悲しすぎる。

 そんな二人が結婚する事になったと聞いたら、感動の拍手しか私にはできない。

「まぁ……そんな感じなので。まだ先だけど、式を挙げるときは三人で絶対に参加してね!!」


 話が終わって、後輩君と待ち合わせをしていると言うので、早紀さんとは喫茶店の前でお別れをした。

「……結婚か」

 同年代の結婚話を聞くと、少し考えてしまう。

 ため息をつき、家に帰る帰路の方を向いた。

「……ん⁇」

 少し離れた壁際から、こちらを見ている男が見えた。

 全身黒い服を着て、黒い帽子にサングラス……どう見ても、不審者ではないか。

 私がじっと見つめているとスッと消えていった。

「……なんなの⁇」

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