肆.最推宣言

「ちょっ!!待って!!落ち着いて!!」

 襲いかかってきた彼女と、私は取っ組み合いのような状態になっていた。

 発狂した彼女は私に飛びかかり、馬乗りされてしまった。

 まさか階段でそんな事をするとは思っていなかったのだが、彼女はやってのけたのだ。

 そのせいで、身動きができない。


「ふざけんな!!なんなんだよお前は!!!!」

 私の言葉も虚しく、彼女はどんどん力を入れて私の手を押してくる。

 このままでは負けてしまう。

「やめよ⁉こういうのって良くないから!!」

「うるさい!!うるっさい!!!!」

 彼女はどんどんヒートアップし始めているようだ。

 どんどん力強くなっている。

 これが火事場の馬鹿力というやつだろうか。

 このままでは私は彼女に何をされるかわかったものではない。

 彼女を止めるしかないのだ。

「ほんっとうに!!このままじゃヤマト君に嫌われちゃうよぉぉぉぉぉっ!!!!」


 私はできるだけ大きな声を出した。

 きっとこの言葉を聞いたら、彼女は止まってくれるだろうと思ったからだ。

 予想通りその言葉に、彼女は動きを止めた。

 ほっとしたつかの間、彼女は大粒の涙を流し始めたのだ。

「あぁぁぁぁっ!!違う、待って!!泣くのはまだ早い!!ねっ、ちょっとお姉さんとお話ししよう⁇ねっ⁇」

 私はそう言うと、彼女を立ち上がらせて私も彼女を避けて立ち上がった。

 泣いている彼女の肩を抱えながら、ゆっくりと階段を一番下まで降りた。

 そして、彼女に階段に座るように促すと何も言わずに座った。


「どうしてこんな事をしたの⁇」

 できるだけ優しい声を出して、刺激しないように細心の注意を払って彼女に話しかけた。

「……彼、……彼が嫌な事をさせたくなくて」

 そう言うと、彼女は大きな声で泣き始めた。

 私は背中をポンポンと叩きながら、慰めていた。

 どのくらい経ったかはわからないが、真っ赤に腫れた目の彼女は落ち着いたようだ。

「すみません……」

 素直に謝る辺り、彼女は悪い子じゃないようだ。

 それだけでも一安心だ。

「彼が嫌だって言ってたの⁇」

「……クラスの子と話してる時に言ってたから……だから……」


 多分、ヤマト君の事だ。

 頑張ってる自分を見せたくなくてやりたくないと嘘をついたのだろう。

 それを聞いてしまった彼女は今回のような暴走をしてしまったのだろう。

「さっきも言ったけど、とても頑張っているみたいよ、彼。明後日のお祭りで彼が我慢しているのか、頑張っているのか、見て判断しない⁇」

 彼女は声に出さないで俯いていたが、きっと伝わっただろう。

 もう、私に敵意はなさそうだ。

「じゃあ、お祭りを楽しみにしててね」

 そう言って、私は立ち上がりその場を後にしようとした。

 きっとこれでもう解決できるはずだと。

 今回は呪いではなく、恋する女の子の話なのだ。

 ぜひとも頑張ってもらいたい。

「……お祭り、あなたが一緒なら行く」

 私は足をピタリと止めた。

 なぜ、私と一緒に行くと言うのだ。

 さっき襲いかかった相手に何を求めているんだと振り向くが、とても純粋な目でこちらを見ている。


 お祭り当日、私はため息をつきながら神社の前で待っていた。

 彼女にここで待ち合わせと言われたのだが、本当に来るのだろうか。

「……帰ろうかな」

「お待たせしました」

 ボソッと呟いた途端、背後から声が聞こえてきて私はビクッと反応してしまった。

 振り返ると、彼女は可愛らしい梅柄の着物を着ていた。

「おぉっ可愛い」

 そう言うと、彼女は照れていた。

 そのまま私の手を引いて、階段を上り始めた。

 私がお焚き上げのために先に神社内にいると言ったのだが、彼女も見たいと言ってきてこうなったのだ。

 神社は出店があるものの、そこまで人だかりはできていなかった。

 ちょうどヤマト君がお焚き上げをしているところで、そちらに人が流れているようだ。

 ゆっくりと煙が空に上がっていた。

 私は手を合わせて祈った。


 どうか、市松人形が安らかに眠れるようにと。


 ふとヤマト君を見ると、私に気付いたようで手を振ってきた。

 仕事中に何をしているんだと笑ってしまったが、横からの視線が痛かった。

 お焚き上げが終わり、運営の人達が片づけている最中にヤマト君は私の元に駆け寄ってきた。

「お疲れ様っす!!お姉さん、本当にありがとうございました!!」

 そう言うと、深々と頭を下げてきた。

「いえいえ、上手くいってよかったね」

 そう言うとヤマト君は、また可愛らしい笑顔を見せてくれた。

 そして、私の隣にいる彼女に気付いたのだ。

「あっ、楮原かじはらじゃん!!来てたんだー。あっ、その着物可愛いね」

 そう言うと、ヤマト君はまたも可愛らしい笑顔を見せていた。

 彼女は声を出さずに俯いていたが、横から見ると顔が真っ赤になっていた。

「お祭りのフィナーレ、舞を楽しみにしててね!!じゃあ」

 そう言うと、ヤマト君は社務所へ向かって行った。

 次の準備だろうか。

「……嬉しい」

 ボソッと彼女は呟いた。

「良かったね、じゃあちょっと回ってから舞を見に行こうか」

 そう言うと、彼女は頷いた。

 そして私達は出店を楽しんだ。


「何これ……」

 舞の時間ギリギリ会場に来たのだが、ここは東京ドームか、バーゲンセールなのかと言いたくなるほどの行列だった。

 ヤマト君が踊るであろう舞台は、ここからだと豆にしか見えないのだ。

「ちょっとあんたたち!!」

 突然、知らないおばさんに怒鳴られた。

 何だと身構えると、棒を渡してきた。

「舞の途中で今って言ったら、ちゃんとこれ!!折って振るのよ!!」

 そう言っておばさんは立ち去った。

 どうやら他の人にも配りに行っているようだ。

 この変な棒はなんだろうと彼女に聞いたところ、これはペンライトと言うようだ。

 軽く折ると、一定時間光り続けるそうだ。

「これで何をするんだろう……」

 そう言っていると、突然大きな拍手が聞こえてきた。

 前を見ると、ヤマト君が登場したようだ。

 だが、豆過ぎて何が何だかわからない。

「きゃー!!!!ヤマトー!!!!」

「いやぁぁぁぁぁっ!!!!こっちむいてぇぇぇっ!!!!」

 突然飛び交う謎の大声に、私は目を丸くしてしまった。


 ヤマト君が舞い始めたころは夕暮れくらいだったのだが、徐々に夜になっていった。

 これも演出として取り入れたのだろう。

 よく考えているなと私は感心していた。

「今よぉっっっ!!!!」

 その声と共に、舞台の周り一面が突如とつじょ発光した。

 何が起きたのだと周りを見ると、どうやらペンライトを折って光らせ始めたようだ。


「やまとぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」

 彼の舞が終わると、歓声とともに奇声が飛び交っていた。

 アンコールと騒ぐ声も聞こえてきた。

 何をアンコールするのか訳が分からない。

 そんなカオスな状態に固まっていた私の腕を、彼女が引っ張ってきた。

「お姉さん、ありがとうございます。私、わかりました」

 とても穏やかな笑顔で、私を見つめてきた。

「私が求めていた世界、これだったみたいです」

 そう言うと彼女は長蛇の列に突っ込んでいった。

 彼の名前を叫びながら。


 この後はどうやって帰ったのか覚えていないが、一つだけ言える事がある。

 祭りは成功したが、神主の求めた舞台ではなかったと言う事だ。

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