参.何をもってホラーとなるのか

 ポエムのような話。

 それは、確か私の愛情を注いだ作品、恋愛小説の話だ。


 主人公は高校生になり、これから始まるスクールキャンパスに夢を抱いていた。

 入学式当日、寝坊してしまい必死に学校へ行った。

 先生には叱られ、初日からツイていないと主人公は落ち込みながら、体育館へ向かう。

 その途中、桜が綺麗で見惚れていると、その桜の中に桜の妖精かと思うくらい綺麗な人が倒れていた。

 驚いきながらも安否確認のために近づこうとする主人公だが、どこからか携帯の着信音が聞こえるのだ。

 音の先は、綺麗な人のポケットに入っている携帯だった。


 その音に彼は目覚めて、電話をしながら主人公とすれ違っていなくなるのだ。

 初めての恋に主人公は心臓が破裂しそうな気持ちになった。

 その後はどうやって家に帰ったかは覚えていないほどだ。

 主人公は高校に入ってから日記を書こうと購入していたのだが、初日からこのようなトキメキが始まるとは思っていなかったのだ。

 次の日、友人と学校へ行く途中、また彼を見つけた。

 治まっていた心臓のドキドキがぶり返したのだ。

 心配する友人に彼の事を知っているかを聞くと、彼は同じクラスの有名人だと言う。

 モデル並みにスラッとした身体に、程よい筋肉、彫刻のような綺麗な顔に学内の女生徒は皆、ハートを奪われたそうだ。

 友人も同様だと言う。


 ただ、彼は誰とも話してはくれない上に、中学の頃から授業をサボるくらい不真面目だったそうだ。

 そのため、誰も彼の声を聞いた事が無いそうだ。

 だが、主人公は違ったのだ。

 あの日、彼の声を聞いたのだ。

 私だけは他の人と違う。

 彼を知っているのだと喜び、それから毎日彼を観察するようになるのだ。

 今日はどこでサボっていたとか、この場所が彼の声が聴ける唯一の場所とか、できるだけ彼の事を調べては日記に書いた。

 そして主人公が卒業式の時、初めて彼に声をかけたのだ。


 ぶっきらぼうで冷たい彼。


 でも私は知っていると自信をもって。

 彼に三年間、書き続けた日記を渡した。

 ざっと三十冊ほど。

 私はあなたを想っていると。

 このノートよりももっと強く想っていると伝えたのだ。


 そこで物語は終わる。

 私はかなりの自信作だと思っていた。

 結末を書いてしまうと、思ったのと違うとかこうなればよかったのにと言われてしまうかもしれない。

 だが、結末を書かなければ読んだ人は勝手に妄想し、自分だけの物語で完結できるだろう。

 そうすれば、私も読者も笑顔で終える事ができるのだ。

 この小説を投稿して、三ヶ月経った頃だろうか。

 ふと、気になってこの小説のコメント欄を確認した。

 全然人は見に来ていなかったが、五件もコメントが付いていた。

 私は歓喜して中身を見た。


『これ、なんてホラー⁇』


『ジャンル間違えてますよ⁇』


『彼がサイコパスなら、これから素晴らしい物語が始まるだろう』


『こんなに想われたら、日本から飛び出したくなりますね』


『ツライ』


 辛辣なコメントに私は、読み直した。

 そんなに怖い事を書いたかどうかを。

 だが、何も見つからなかった。

 強いて言うなら、最後に渡した日記の数だろうか。

 確かに、三十冊は重いだろう。

 せめて紙袋に入れて渡してほしいかもしれない。

 ただ、それだと想いが軽くなってしまうのではないだろうか。

 そうすると、主人公の愛が伝わらなくなってしまう。

 だが、三十冊を両手で渡す彼女は力持ちに見えてしまうかもしれない。


 儚さは大事だ。


 そう思った私は決心して、小説の内容を変更した。

 冊数を十冊に、そしてセリフを追加した。


『家にまだ、二十冊あるの。良かったら取りに来て』


 その後、一年放置をしていたのだが、再び見る機会があって見たのだ。

 なんとコメントが一件増えていたのだ。

 前回よりコメント数は少ないが、それでも反応してくれたのは嬉しい。

 私は今度こそ求めるコメントが書かれたと信じて開いた。


『違う、重いのはそこじゃない』


 以前、書いた人が再度コメントをしてくれたようだ。

 だが、私の修正に文句があるようだ。

 もうやる気を失った私はその作品をそのまま放置したのであった。


「……犯人を捕まえる方法……わかったかもしれない」

 私は自分の作品を頭に浮かべながら、怪文書を書く犯人像をイメージしていた。

「マジっすか⁉じいちゃん、めっちゃ怖がってたんで、できれば穏便に済ましたいんすよ」

 ヤマト君はとても優しい子なのだろう。

 あの神主の事を思っているのだから。

 こんなに良い子を悲しませる事は、私が許さない。

 ……だが、この報われない犯人にも、少しくらいは報われてほしいものだ。

「とりあえず、ヤマト君はいつも通り練習して、当日を迎えて。私は犯人が変な事をしないよう注意するから」

「でも、それだとお姉さんが危ないんじゃ……」

 不安そうな顔で私を見つめてくる。


 後、十歳上だったら私の恋愛対象になっただろうヤマト君。


 そんな彼の人生をにごらせないためにも、私が一肌脱いであげようと誓った。

「とりあえず、ヤマト君は運営の人達に、神主が不参加の旨と舞を一人でやるのを伝えて、全員で協力してお祭りを成功させられるように頑張って!!」

 そう言うと、ヤマト君は今までにないくらい素敵な笑顔で頷いた。


 私はヤマト君に見送られながら、家を後にした。

 そして、神社の階段を下りていた。

 一段、一段とゆっくり降りていた。

 話をし過ぎたようで、もう辺りは真っ暗になっていた。

 お化けが出てもおかしくない気がする。


「……いるのはわかっているの。出てきなさい」

 私は階段を下りている途中で足を止めた。

 絶対に犯人はここにいると確信があった。

 なぜなら、ヤマト君の傍に突然現れたから。

 そう、私を階段から落とすために後ろにいるに違いない。

 私が振り向こうとした時だった。

「……どうしてわかったの⁇」

 そう言うと、草むらから人が出てきた。

 ヤマト君と同じ学校の制服を着た女生徒だ。

 ただ、後ろではなく前から出てきたが。

「いや⁇……そこにいると思ったからよ!!」

 そう言うと、私は女生徒に指を差し、すべてわかっていたというような笑みを浮かべた。

「……お前、彼の何なの⁇」

 暗いからよく見えないが、きっと怖い顔で私を見つめているのだろう。

 かなり低い声で威嚇いかくするように女生徒は話してきた。

「私は今回のお祭りを成功させるために呼ばれた、スーパー祭りウーマンよ!!」

 自分で言うのもなんだが、恥ずかしい。

 言わなければよかった気がするが、本名を語って何かされるよりはマシだ。

「……」

 女生徒は下を向いて黙ってしまった。

 私は彼女を説得しようと声をかけた。

「ねぇ。ヤマト君ね、今回のお祭りを成功させようと必死に頑張ってるの」

 そう言いながら、私はゆっくりと彼女に近づいた。

「ヤマト君ね、神主さんの事をとても大事に想っているから、傷つかないかとても心配しているの」

 さらに近づいたのだが、彼女は黙ったままだ。

 効果があるのかわからないが、まだやってみるしかない。

「ヤマト君はね……」

「ヤマト君、ヤマト君って気安く彼の名前を呼ぶんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!!!!!!!」

 突然彼女は発狂し、私に襲いかかってきた。

 どうやら説得を失敗したようだ。

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