階段の呪い

壱.呪いリターンズ

「山田さーん。何してるんですか??」 

 私、海藤かいどう美乃利みのりは今、不思議な光景を目の当たりにしている。

 私は小説家だ。

 乙女心満載の作品を山ほど書いていたのに、小説家デビューしたジャンルはなんとホラーだった。

 私が書いた過去の黒歴史シリーズであるホラー作品は、投稿サイトの端に追いやっており、普通の人はまず気付かない状態だ。

 そんな忌々いまいましい作品を目に留めたのが、今目の前で階段を見つめる男、山田だ。

 私は最近、また家に引きこもっていたのだ。

 だが、今回はいつもと違うのだ。

 引きもこりつつ作品を書いていたのだから。

 なぜ引きこもったのかと言うと、それは私が以前書いた作品のせいだ。

 その作品は悪魔のバレンタインデーについて書いたものなのだが、内容はあまりにも悲惨なのだ。

 ボッチには死よりも辛い拷問のような話だ。

 最後はスカッとするが、それまでが地獄なのだ。

 最近、自分が書いた小説、主にホラー小説の世界へ召喚される事があった。

 現実と並行したり、恋愛小説や落書きの世界の時もあったが。

 とにかく酷い目に合ってきたのだ。

 今回こそは絶対にその作品に召喚されないよう、家に引きこもって時が過ぎるのを待ったのだ。

 山田にバレンタインデーが過ぎるまでは外に出ないと言ったら、メールでの簡易打ち合わせに、状況確認に森山もりやま総一郎そういちろう事モリモリを送ってきたのだ。

 モリモリは私に外へ出るよう言っていたが、来る度に鍋セットを持って来てくれるので本当に助かった。

 お陰様で家の大名行列は、神輿を担いでいるのかと言うくらい盛大になってしまったが。

 そんな感じで無事に生き残った私は、久しぶりに外の世界へ旅立ったのだ。

 楽しく歩いていると、目の前に山田が現れたので捕まえたのだ。

 忙しいと逃げようとする山田の腕にぶら下がってつかまっていたら、山田は諦めて私を同行させる事にしたのだ。

 そして今、謎の階段巡りに私は付き合わされてしまったと言う状況だ。


「最近、子ども達の間でお化けが出るって噂なんですよ」

「お化け??」

 そう言えば、以前モリモリが言っていたが、山田は幽霊が見えるらしい。

 だから階段を熱心に見ているのかと納得した。

「屋上へ続く階段によく出るらしく、子ども達が怖がっているそうなんです」

「山田さんは街の子ども達と仲がいいんですね」

 最近の山田の評価はだだ下がりだったので、ここいらで評価を上げると言う事だろうか。

 こんな事をしても評価は上がらんぞと冷たい視線を浴びせた。

「いえ、また行方不明とかになったらお祓いやらなんやらと仕事が増えて困るので、住職が俺に依頼してきたんですよ」

 なるほど、仕事か。

 流石は山田だ。

 周りの評価より、金が大事という事か。

 さらに冷たい目で、山田をじっと見つめた。

「ここら辺の階段は確認しましたが、違いますね。やはり、あそこか」

 そう言うと、山田はある一点を見つめた。

 その先には、未だに解体できていないあの団地があった。

「海藤さんはここまでにしましょう。あそこにあまりいい思い出は無いと思うので」


 山田はきっと、優しさで言ってくれているのだろう。

 昔の私ならば、そんな山田を素敵だと評価しこれは恋だと勝手な妄想が始まる事だ。

 だが、成長した私は一味違うのだ。

 山田は面倒が嫌なので、体の良い断り文句をつけて私を追払おうとしているのだ。

「いえ、大丈夫です!!むしろドンと来いって感じです」

 そう言うと、私は高らかに笑った。

 なんとなく山田が引き気味な気はするが、問題ない。

 ここで帰ったら負ける気がしたのだ。

 

 久しぶりに訪れた団地は何一つ変わっていなかった。

 昔のままなのだ。

 恐怖を感じるかと思っていたが、いらぬ心配だったようだ。

 私と山田はゆっくりと階段を上っていった。

 そして、屋上へと続く階段に辿り着いたのだ。

 記憶にあまり残っていないが、母親から聞いた話だと、割と酷い状況だったらしい。

 生死を彷徨さまよいそうな話だったので恐怖を感じたのは確かだ。

 だが、実際に来てみたら何も思う事は無かった。

 私はゆっくりと階段を上り、屋上の扉の前に来た。

 この前、モリモリと開かないと騒いだあの扉だ。

 私はドアノブをひねって見るが、やはり開かない。

 あの時、開かなかったこの扉をどうやって山田は開けたのだろうか。

 もし、この扉を開けたのであれば誰がどうやって閉めたのだろうと悩んでいた。

 その時、背中に視線を感じたのだ。

 私が山田にやっていたような冷たい視線だ。

 私が仕事の邪魔でもしていると睨んでいるのだろう。

 慌てて私は振り返った。

「えへへーちょっと怖いかと思いましたが、全然大丈夫でしたねー!!みのみの元気でーす」

 モリモリをイメージして、ポジティブ人間を演じてみたが、そこには山田は居なかった。

「はっ??えっ??」


 私はスマホを取り、山田にかけた。

 以前と同じように山田はすぐに電話に出ないのだ。

 山田と電話が繋がったのは、五回目だった。

「……はい。どうしました」

 少し苛立った様子の声をした山田に怖さを感じたが、今怒りたいのは私だと気合を入れた。

「山田さん、どこ行ったんですか!?行くなら行くって言ってください!!」

 そう言うと、山田はため息をついた。

 ため息をつきたいのはこっちだと思い、怒りが爆発しそうだ。

 私も対抗してやろうと、口に勢いよく息を溜めた。

「俺はまだ階段前にいますけど??」

 その言葉に、吐き出そうとした息が止まった。

「また、異世界に飛んでしまったようですね」

 そう言うと、山田は笑い声を上げていた。

 私は山田と出会ってから今まで、一度も聞いた事が無かった。

 山田の笑い声を。

「一人で飛んでくれたので、良かったです」

 すぐに笑いは止み、冷静に話し始めた。本当に山田は酷いやつだ。

 こんな状況で、自己保身をしているのだ。

「……これって、また違う呪いですかね??」

 そう私が聞くと、山田は少しの沈黙の後、こう言った。

「多分、前回の続きになるのではないでしょうか」

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