第二章 十一夜~裏~

八広は青藍と宗一郎の二人が掛け合いをしているのを酒を舐めながら眺めていた。

視界がすこしぼやけて、気分もほわほわとしてきて、なんだか意味もなく楽しい。

さっきまでは自分は宗一郎にむかって何かムキになってた気がしたなぁ。なんでだろう、と今更のように思った。

青藍に「さっき、八広はなんか黙ってたけど、宗一郎になんか言われたのか?」と聞かれ、

「え?えと?何だっけかな。よく覚えてない。」と答え、酔っぱらったか、と笑われて、八広もつられて笑った。

宗一郎と話したのは、自分の境遇の話で、宗一郎に聞かれたことは覚えているし、自分の答えも覚えてはいる。

ただ、あの時は自分のことをなんか必死で、自分は駄目なんだって答えてたような気がするが、今になってみると自分じゃない他人の話をしてたみたいな気分になる。

自分の身の上話をするとき、いつもそんな違和感がある気がする。理由は判らないし、そんなことはすぐ忘れてしまう。

同じ気分になったとき、前にもそんなことがあったな、と思い出すくらいで、自分にとっては大した害もない。

本当に酔ってるのかもしれない、と八広は自分の中で結論づけた。

今は、ボーっとしているのがなんだか気持ちがいい。そのまま、何も考えないでそのまま揺蕩っていたい。

「おい、八広?八広ってば?」

青藍の声に顔を上げたが、目の焦点が合わず、青藍の顔だというのは判る。青藍は綺麗な顔だな~、ぼやけてるけどと思って、なんとなく笑った。

「おい、大丈夫か?お前、完全に酔ってるな。」

「あ、見た目が変わらず酔っぱらう性質か。こりゃ、飲ませすぎたかな。」

二人は八広を覗き込んできた。

「ねぇ、青藍さんと宗一郎さんって本当に仲いいですよね。」

「おい、いきなりどうした?」

「え?だって、いつも楽しそうだし、今も同じことしてるし。なんか妬けてくる。」

「は?八広さん、どうした?本当に大丈夫か?」

「え?宗一郎さんまでそんなこと言う。大丈夫ですよぉ。なんか気持ちいいだけで。ね、今度は宗一郎さんが、青藍さんとのなれそめを話してくださいよ。私、ききたいなぁ。」

宗一郎と青藍は顔を見合わせた。

と、八広は急に崩れ落ちるように、青藍の膝の上に頭を乗せた。

「お、おい、ちょっと八広!!」

「…本当に酔っぱらってたんだな。この人、乱れないからありがたいが。寝ちまったか?」

「うん。そうみたいだ。」

青藍は八広が自分の膝を枕に寝息を立てているのを確かめた。二人はまた顔を見合わせ、噴き出した。

「この人、本当に面白いな。オレも気に入ったよ。」

「だろ。でも、オレのだからな。取るなよ。」

「お前、莫迦か?オレはそっちの趣味はないし、お前と違って、人をオモチャにして遊ぶ趣味もないぞ。」

「ウソつけ。どんだけオレを揶揄って遊んでるんだよ。」

二人は互いにニヤっと笑った。

青藍は八広を膝からそっと下し、立ち上がると、部屋の隅にかけてあった着物を取り、八広にかけた。

床にうずくまった八広を二人は改めて見た。

「なぁ、この人本当に綺麗だな。最初に会ったとき、お前ほど美しい者はないと思ったが」

青藍は真面目な顔になり、今までの雰囲気から張り詰めたものに変わった。

「そりゃそうだよ。…ある意味、こちらが本物だからな。」

青藍は八広の頬に手を伸ばし、顔に掛かった髪を後ろに梳いてどけた。

「改めて聞くが、お前が残ってくれたのは、この人がここに来たからか?」

青藍は、宗一郎に目をむけた。声の質も話し方もいままでの斜でチャラけたものから静かなものに変わった。

「あぁ。多分だが、私が探している人で間違ってはないだろうと思う。ただ、私も確信が持てないんだ。会えば一目で判る自信があったはずなのにな。」

「そうか。でも、お前の一目惚れだろ?」

「うーん。確かに一目惚れはしたよ。こいつは本当に面白いんだ。だが、「月白の君」かどうかはまた別な話だ。」

「…違う話なのか。お前は「月白の君」一筋だと思ってたんだがな。」

「お前だって、お気に入りオモチャは一つじゃないだろ…。「八広」に関してはそれと一緒。」

「お前、今サラッと酷いこと言ったなぁ。」

宗一郎は苦笑いを浮かべた。

「ところで、「翠(あお)」。八広さんも眠ったし、そろそろ本題だ。今年の「仕事」の話をしようか。」

「あぁ。でもいいのか?八広が途中で目を覚まして聞かれたらまずいんじゃないのか?」

「それは問題ない。理由は後から話す。」

「わかった。で。ウチの一座の本稼業「隠密仕事」に誰を引き入れるか選抜は終わったのか?」

「あぁ、大方な。今年はあまり実入りが良くないな。実力のある若手がいない。」

「私の仕込んだ六太と与一は入れるんだろ?」

「そのつもりだよ。今回の昇格は役者としてより、こっちに選んだつもりだ。あの子たちは聡いし、舞台には上がっていないが、演技もいい。その上お前が悪戯をしかけさせて仕込んだだけあって、身体能力も高い。十分使えるだろう。」

「それにあれで口も堅いし、口は悪いが私には従順だ。ただなあ。あいつらは今までこちらとは無縁だったから何も知らない。「仕事」をどう教えるかだな。後から入ってきた3人は素派(すっぱ: 忍の一派)の子だけあって、ある程度仕込まれているが、まだまだだ。」

「あの子らも驚くだろうな。色を売るはずが、命を売ることになるとはな。」

宗一郎は少し意地の悪い笑いをした。

「おいおい、やめてくれよ。私たちは命の遣り取りはしないのが掟だろう。」

「まぁな。でも、こちらに足を踏み入れたら出られないからな。」

「確かに。で、八広だが…。「月白の君」は別として。現世でもいろいろ抱えているようだな。」

「あぁ。どう見ても「八広」は作りもので、この人本来の地ではないな。話をしてみたが、ちゃんと辻褄はあってるし、話の筋も通っている。でも、ところどころに綻びを感じる。それに、美貌の隠し方も手練れだ。さりげなく顔への目線を避けているな。この人も相手の目を絶対に見ないし。」

「宗一郎、お前もそう思ったか。かなり精巧に作り込んで、自分を騙している。確かにかなりの手練れの技だよ。ところどころ破綻を感じるが普通の付き合いでは判らない程度だ。身の上話だと後ろ向きな人格を強調するような物言いをするが、それ以外の話は普通に話ができている。その辺の演技が甘いな。…今の八広の素性、もう、調べたんだろ。教えろ。」

宗一郎も真面目な顔になった。

「あぁ。意外と、あっさり…調べはついたよ。翠は直接組織に属していないから知らなくて当然だが、「八広」は隠密衆の仲間うちでは割と知られた存在だったんだ。

 オレが関心を払ってなくて気が付かなかっただけでさ。八広さん、自分の後ろ盾の武家がいるって言ってたろ。あれは嘘じゃない。しかも、その方はこちら側の人間だ。」

「八広の言ってた、例の風流好みの江戸家老…か。って、え、ちょっと待て。おい、まさか、そういうことか?それは最悪じゃないか。」

「うん、最悪だよ。後ろ盾ってジジイはオレら雇われ隠密衆の「頭領」だ。オレの知る限り、あれ以上老獪な化け狸はいない。オレの親父もそう言ってたよ。確かに風流好みで絵や書を嗜んでるし、腕前も確かだがどれも隠れ蓑のためにやってるようなもんだ。で、「八広」はその狸の江戸での若衆(同性の若い愛人)ということになっている。」

「は?若衆だって?八広の様子からすると狸の魔の手には落ちてないようだし。…若衆とは名ばかりの…か?」

「狸の下の事情なんざ知らんし、知りたくもないからその辺は調べてないからな。ただ、隠密の「仲間」には違いないんだが、「仕事」は一切していない。本当にただの若衆の扱いだそうだ。」

「ふぅん。まぁ、判らんでもないな。八広は生まれつきこの美貌だから準備なしでは使い方は限定される。徹底的に鍛錬はさせるが、決戦用の最終手段として隠すだろうな。私が頭領ならそうする。」

青藍は腕を組んだ。

「それと。美貌が際立つようになってきた頃から配下の小間物職人に預けて市井に隠したから職人の子となっているが、本当の出自は八広さんの絵の師匠の実子だそうだ。つまり、翠の想像通り武家姓を持つ隠密衆だよ。御庭番の方は、八広さんの腹違いの兄が既に継いでいる。」

「ちょっと待て。あの絵師、公のお庭番と現役のお雇い隠密衆を掛け持ちする連絡役だったのかよ。なんか、思ってた以上に色々面倒だな…。」

「あぁ。そうなると、「八広」が自分にかけている人格をすり替える術も納得だ。危険な潜入をするときに使う公の隠密衆の技だ。これはかなり厄介だな。」

「あぁ、こちらの話を八広のに聞かれても問題ないって、そういうことか。

…「八広」の術は捕まって拷問されても素性を更さないように潜入前に強力な自己暗示をかけて人格も記憶もすり替えるっていうアレか。自分が隠密と関わりがあるから気づいたが、普通の人だと人格が多少歪んでるって思うだけだろうな。ここまで完成されているとなると、かなり鍛錬されてるってことだな。一つ確認だが、「八広」がここにいるのは「仕事」か?」

「さっきも言ったろ。「八広」は一切「仕事」に携わっていないって。今の八広さんは本当に市井の絵師として偶然ここにいるんだ。あ、絵師の腕の方はごまかしようがないからな。そっちは本物だ。」

「…そういうこともあるんだな。で、どうする?」

「お前と関わる以上、素知らぬ顔して引き入れるしかないだろう。こちらが素性を知っていることは知られないようにする必要はあるがな。」

「じゃ、八広で遊んでもかまわないな。」

青藍はニンマリといつもの悪戯な笑いを浮かべ、宗一郎は溜息をついた。

「…狸の仕置きを覚悟してやれよな。」

「あん?仕置きだぁ?」

「あぁ。八広さんはもうすぐ二十歳になるってのに、あの狸ジジイの判断で表でも裏でもまだ元服させていないんだよ。役者でもないのに前髪があるだろ?」

「…別の意味で嫌な予感がする。その狸、変態か?」

「…知らんと言ってるだろ。」

青藍と宗一郎は渋い表情で顔を見合わせた。

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烏夜話(からすやわ) @komakaeru

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