第4話

「琢磨くん、ちょっと手伝えるかい?」

 薄暗いライブハウスの受付で、声をかけられた。琢磨がギターを弾くバンドもようやくライブ活動を再開できた。高校生にもライブのチャンスを与えてくれる、気のいいマスターの頼みを断るわけにはいかない。

「あ、はい。オレたち三番手なんで、大丈夫っす」

 人数制限をして、ソーシャルディスタンスを保ちながらの営業だ。客席整理や、検温にどうしても手がかかる。出演者であっても、時間が許す限り手伝いたいと思った。

「すみません、足型のある場所でお願いします」

「あ、わたし、『アバター・ロボ』なんで、前に行っていいですかぁ?」

 ひとりの女性客が、琢磨の言葉をスルーして、ステージ手前のチェーンをくぐった。

「いや、お客さん、困りますって…」

 止めようとした琢磨の肩をマスターが軽く叩いて引き止めた。

「ああいう人に、何言っても無駄だから…」

「だからですか、ステージにあがる場合は、『アバター・ロボ』必須って?」

 マスターは悲しそうな目で、静かに頷いた。

「悪いとは思ったんだよ。高校生のきみたちには、『アバター・ロボ』は決して安いものじゃないからね。でも、うちとしても、感染者を出すわけにはいかなくてね」

「わかります。オレたちも、やっと『アバター・ロボ』揃えられたし!」

「久しぶりのライブだね。楽しみにしているよ」

 背中を叩いて、励ましてくれるマスターには、感謝の気持ちでいっぱいだった。

 琢磨がちょっと目を離した隙に、立入禁止エリアに指定していたステージ前には数十人の観客が密になっていた。全員が『アバター・ロボ』ならいいが、生身の人間が混ざっていたらと思うと、冷や汗が出そうだ。

 今日の一番手は、地元で人気のビジュアル系ヘビメタバンド。後ろから見ていても、かなり激しい、ヘッドバンギングだ。

「相変わらず、すげぇな!」

 バンド仲間が耳元で大声で話しかけてくる。この距離で話されても、『アバター・ロボ』だから安心だ。

 琢磨自身も、軽く体でリズムを取りながら聞いていると、さっき琢磨の静止を振り切って前にいった女が、変なリズムで頭を振っている。まったく、テンポがあっていない。

「あの女、ヘビメタファンなのに、リズム音痴かよ」

 小さな声でディスりながら見ていると、隣の客のリズムもおかしくなり始めた。あれよあれよという間に、他の客たちのヘドバンも滅茶苦茶になり、ステージ上のメンバーの動きもおかしくなってきた。

「琢磨くん!」

 真っ青な顔をしたマスターが、こちらに駆け寄ってくる。しかし、その手足の動きがぎこちない。

「すぐに、『アバター・ロボ』の電源を切るんだ!」

「なにかあったんですか?」

「ウィルスに感染した!」

「そんなばかな! マスターもオレも、『アバター・ロボ』じゃないですか!」

「そうだ、精巧なコンピュータで制御されている『アバター・ロボ』だ。だから、コンピュターウィルスに感染した…ん……だ…」

 最後までマスターのセリフを聞き終える前に、琢磨は『アバター・ロボ』の電源をOFFにした。

 震える手で、テレビをつけると、ちょうど緊急ニュースが始まったところだった。

「…感染した『アバター・ロボ』は、今日一日で千件を超え、非常に強力な感染力を持つウイルスであることが……」

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アバター・ロボ 源宵乃 @piros

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