第3話

「あ、美咲みっけ! 放課後なら、美術室にいると思った!」

 がらんとした、美術室のドアを開けたのは、クラスメイトの琢磨だった。

 高校の授業は、ようやく再開したものの、クラスは半数づつの登校制限がかかったままで、部活動はまだできない。

「あ、うん。描きかけのキャンパス持って帰りたくて」

「なあ、英作文の課題、コピらせてくれよ!」

「はぁ? 自分でやりなよ」

「オレが、英語が苦手なの知ってんだろ。かわりに数学の宿題、コピらせてやるから」

「…それなら、いいけど」

 美咲はそう言うと、手元のタブレットから、英語の宿題を、琢磨に送付した。

「琢磨、今日は登校日じゃないでしょ。Bグループじゃん」

「だって、奇数日に来ないと、美咲に会えないだろ」

「なに、それ…」

 夕陽が窓から射し込んでいる。コロナ禍じゃなかったら、きっと運動部の声や、吹奏楽部の練習が聞こえていたはずなのに、静まりかえっている。

「あーあ、オレもPCR検査できりゃいいのに…」

「そんなん無理じゃん。でも、なんで検査したいの?」

「だって、陰性なら、安心してキスできるっしょ」

「……大丈夫だよ」

 美咲はうつむいたまま、そう言った。

「何言ってんの? 感染しても、させても嫌だろ」

「だから、大丈夫って。今日のわたし、『アバター・ロボ』だから…」

「はあ?」

「『アバター・ロボ』だから、感染しない。でもすごく精巧にできてるから、感覚はちゃんとわたしに伝わるから! だから!」

 少しムキになって言い募った美咲の顎に手をあてると、琢磨がゆっくりとやさしいキスを美咲の唇に落とした。

「あぁあ。オレのファースト・キスはロボット相手かよ! でも、まあ、美咲は美咲だから、最高だけどさ」

 夕陽と同じくらい朱に染まった頬をして、美咲がうつむいていると、琢磨は、その額を指でつついてきた。

「でも、本当にすごい出来だな! キスしなけりゃ、本物じゃないってわからなかったかもよ」

「ずっと貯めてたお年玉、はたいちゃった。全部、琢磨のせいなんだからね…」

「お年玉で買えるくらいなんだ。へえ。オレにも買えるかな。プログラミングのバイト、結構いい稼ぎになるんだよ」

「買ってどうするの? 今度は、『アバター・ロボ』同士で、キス…する?」 

「そんなんじゃねぇよ。それに、次は、ちゃんと本物の美咲と本物のオレで、だろ?」

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