EP2.私は耐えたはずだった。

 ❛❛此花乃々華このはなののかは完璧な少女である❜❜


 ❛❛常にトップをほこる成績と、エース並の活躍を見せる優れた運動神経をあわせ持つその能力❜❜


 ❛❛つやのある綺麗な髪に整った顔と、高校生にしては凹凸おうとつの激しい身体をたずさえたその容姿❜❜


 ❛❛しかしそれをおごることは無く謙虚けんきょい、決して悪業あくぎょうをしない真面目なその性格❜❜


 ❛❛''文武両道ぶんぶりょうどう''、''容姿端麗ようしたんれい''、''品行方正ひんこうほうせい''の三拍子を揃えたハイスペックぶりを見せる❜❜


 ❛❛学校中の男子は、学年とわず必ずや彼女にかれてしまうこと間違いないだろう❜❜


 ──いつしか同級生の子から聞いた、男子が思っているらしい私の印象。

 その話をしてくれた彼女は同情のつもりか、顔をしかめながら報告してくれた。


 勿論、そんな話があること自体には驚いた。

 だけど、それ以上に表しづらい、でも確かに嫌だと分かる気持ちの方が強かった。


 ……誰も私をちゃんと見てはくれない。

 辛うじて取りつくろっている私のステータスだけしか、皆は欲しないし認めてはくれない。


 本当の私なんて、両親と教師の言うことだけに従っているだけのみにくい操り人形なのに。

 自分の考えで発言や行動のしたことの無い私なんて、全く凄くなんてないのに。


『調子乗んないで。バカにしてんの?『私なんてまだまだだよ』とか、そっちのレベルで言われてもあおっているようにしか聞こえないから』


 だけど、それをき出しにさせたところで有無も言わさずに否定されるだけ。

 両親も友達と思っていた同級生も、不良品の私なんていらない。認知してくれない。


 だから私は、ずっと昔から、必要とされるにんぎょうをどうにか取り繕っている。

 必要とされないと生きる意味なんてない。もうとっくに、そう思い込んでいた。


 そうすれば、友達は肯定してくれる。

 上層会社の社長とその秘書である両親も、にんぎょうの事はちゃんと褒めてくれる。


 だから、だから……


 今までも、これからも。私はにんぎょうを取り繕って生きていこうって決めたはずなのに。


『また一位か〜。やっぱ凄いよな此花って』


『乃々華ちゃんはもう将来安泰あんたい確実でしょ?羨ましいなあ〜』


 ずっと高い結果を残せているからか、段々と多く、強くなっていく期待。


『全国15位……順調だな、乃々華。次は一桁を目指して頑張りなさい』


『乃々華、国公立の過去問を買ってきたわよ』


『また全問正解!凄いな、此花。じゃあ次はこれに挑戦してみないか?』


 褒めてもらえるけれど、すると更にハードルが高くなっていく目の前の課題。


『好きです!付き合ってください!』


『あんた調子乗ってんじゃないでしょうね!私の好きな人に告白されてんじゃないわよ!』


 ……そして、誰も自分をちゃんと見てくれないと実感させられていく孤独の気持ち。


 それらが私の上で積み重なり続けて、もう訳分からないほどに重くて、冷たくなって。

 それでも、大丈夫なはずだった。


 皆の期待に答えて、課題を乗り越え、孤独から目を逸らして取り繕えていた。

 ちゃんと、ずっと。感情は表に出さず、皆が必要とするにんぎょうというものだけを前に出した。


 それなのに、なんで。なんで。


 なんで私は、目的も無いのに立ち入り禁止である屋上に来ているのだろう。


 ……帰らなきゃ。


 ここに居ては行けない。


 ここに居たら、また必要とされなくなる。


 だからここを出て、放課後いつもやっている予習復習を帰ってしなきゃいけないのに。


 なんで私の身体は動いてくれないのだろう。


「──死のう」


 ……いや、理由はもうわかっている。


 ……限界だったから。にんぎょうは耐えられても、本当の私の方は耐えられなかったから。


 ……もう、必要とされることなんて、どうでもよくなっていたから。


 ずっと前から、死のうと思っていた。

 必要とされることなんてどうでもいいから、もう楽になりたい。そう思っていた。


 そう思ったのは、本当の私だ。


 ずっと押し殺して、忘れかけていた。

 ほとんど、本物の人形になりかけていた。


 だけど、だけど。


『乃々華ちゃんまた一位?すごいな〜、私また赤点だよ……死んだ方が良いのかな』


 冗談のつもりで言われたんだと思う。

 高校生になって話すようになった同級生の子が言っていた、そんな言葉。


 その選択肢があるのを知らなかった。

 本当は限界だった私に、最大のヒントを与えてくれた言葉だった。


 必要とされないと生きる意味なんて無い。


 だったらいっその事、死んでしまった方がいいんじゃないか。


 そうしたら、もう何もしなくていい。


 楽になれる。


 ……そう考えた私は、一学期を終えた放課後の今、屋上へと来ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自殺願望のはずだった。 さーど @ThreeThird

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ