それでも四人は前へ進む。人生という闇の中に、光を求めて。

 

 人間讃歌。

 この小説からは、祝福に満ちた讃歌の、美しい調べが聴こえてくる。

 戦後すぐの日本で、苦境に立たされながらそれでも夢をあきらめない、前向きな少年少女たちの冒険譚。匠、今村、史人、ブギ。この四人のハラハラドキドキする冒険は、薄暗い世相と敗戦すぐの絶望に満ちた世界の中でも、鮮烈な輝きを放っている。

 それはときに悲しみに満ちた過去や因果によって闇に閉ざされそうにもなる。だが、太陽がけっしてなくならないのと同じように、彼らの光は損なわれない。そう、信じられる。

 私はこの小説を読んでいるとき、必ずイメージするのが、吟遊詩人だ。吟遊詩人がリュートを鳴らしながら、物語を歌ってくれている。私は暖炉に当たり、コーヒーを飲みながら、ゆっくりとその調べに聴き入っている。
 昭和初期の話に吟遊詩人は似合わないと思われるむきもあるだろう。しかし、この物語は、歌にしたくなるほど福音に満ちていて暖かいのだ。誰か美しい声の持ち主に、そばで語ってもらいたいと思うくらいに。

 そう思ってしまうのは、この物語のほとんどが子供の目線で語られていることに関係するのかもしれない。

 作者様は、子供の精神性や考え方を知り尽くしている。そのため、子どもたちがどれほど大人ぶった振る舞いをしようとも、そこに根付いた精神性はぶれることなく子どものままなのである。これは驚異的なことだ。子供視点で書かれた小説というのは山程あるが、その多くから大人臭さが感じられてしまい、私は中々その手の小説にこれまで入り込むことができなかった。それはある意味仕方ないだろう。なぜなら、大人が書いているのだから。

 だが、この小説は違う。子供が子供のまま息づいている。だからこそ、童心に返りながら、戦後の日本の中へ入り込み追体験することができる。語り部の史人に溶け、一緒に冒険しているかのような錯覚を覚える。この人間の書き方は、作者様の突出した人間観察力が為せる技であり、一朝一夕で真似できるものではない。間違いなく才能がなせる御業であろう。毎度毎度読みながら、私は舌を巻くしかなかった。

 そんな天才性により紡がれる物語の下支えになったのが、よく練り上げられた時代考証である。その時代に流行った曲や、駄菓子、食事、闇市の取引の様子、ヤクザたちの抗争、米軍との関係性、暴力が状態化した孤児院の様子、その一つ一つが丹念に紡がれているからこそ、圧倒的なリアリティが物語に生まれている。おそらくは、膨大な時と手間をかけて資料を読み込み、考察を組み上げてきたのだろう。同じ作家として、目を瞠るほどの緻密さで。

 その考証が相乗効果を生んで、子供たちの姿はさらに色彩と形がはっきりとする。かれらは実在した人間なのか、と思ってしまいたくなるくらいに。そして、子供の姿があまりにもリアリティがありすぎるが故に、彼らが大人になったときの深みはより一層素晴らしいものになっている。ここでは多くは語れないが、彼らの成長と精神性を、変わらない点も意識しながら読むのも醍醐味である。このときは、親戚のおじさんになった気持ちになれる。


 そして、私が一番語りたいのがメッセージ。

 私は、人間讃歌を前述した。

 むろん、この物語に込められたメッセージは一つではないだろう。

 だが、その中の一つに、人間に対する信仰が込められているのは確実だ。

 それは盲目的な信仰では断じてない。
人間の酸いも甘いも、人生の闇と光をも表現しきった上で、人の強さと前向きさを信じたいという力強いメッセージなのだ。雨風にさらされ、それでもなお腐らずに生き抜いてきた、千年杉のごとき研磨された精神性が込められているのである。

 そこには儚い美しさがある。

 人生は、闇の中の花一輪だ。四人はそのことに絶望しながらも、花一輪の存在を信じながら前向きに生きている。その儚い姿にこそ、光があるのだ。

 光による抱擁を受けたかのごとく……。

 読んでくれた方は、きっとその美しさに感じ入ることができるのではないだろうか。心に傷を負ったことのない人などいないはずだから、きっとこの物語に触れると、爽やかな感動を覚えることができるはずだ。

 私は、絶望を覚えるすべての人々にこの物語を送りたい。

 これは安寧のない人生に、儚き光を与える物語なのだから――。


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