没入感とはなにか、風が教えてくれる。


 
 没入感。

 その世界に入り込み、自分の意識がその物語の中に溶けこんでいく感覚。

 この没入感を出すのは容易なことではなく文章力はもちろん、世界観に対する丁寧な作り込み、息遣いさえ聞こえてきそうなほど練られたキャラクター、そしてその世界を構成するために必要な知識……あらゆる要素が高いレベルで成立して初めて生まれるものだと私は感じている。

 本作は、その没入感に必要な条件をあらゆる部分で満たしている。読んでみるとわかるが、情景がありありと浮かんできて頭から離れない。文章を読むことさえいつの間にか忘れて、この作品の世界観に気づいたら引きずり込まれている。

 まず、世界観の設定。これはかなり高いレベルで編み込まれている。そしてそれを支えるのは緻密にして繊細な風景描写である。圧倒的だ。風の温度や草の質感まで伝わるほどに丁寧に紡がれているから、見ていて飽きない。引き込まれる描写になっており、手を引かれ導かれるように勝手に映像が浮かぶレベルだ。これがあるからこそ、この重厚な世界観が生きているといってもいいだろう。

 
 次にキャラクター。常に傷を負いながらも大切なもののために、身を投げ出して戦う美青年の戦士ショーン。主人公である彼の魅力がまず圧倒的だ。線が細い見た目ながら、心根は優しく大らかな漢の中の漢であるショーンは、読者の心を確実に奪い去るほどに魅力的である。
無茶ばかりして自分を顧みないところがあるショーンを献身的に支える少女メラニーや、ショーンに選択肢を与えた気のおけない男アレン、敵でありショーンを付け狙うキースなど色んな魅力溢れるサブキャラクターたちの存在も忘れてはならない。ショーンをとおし、彼らもまたより輝きを放っているといえよう。

 そして、世界を構成するために必要な知識。この物語には豊富なアウトドア知識が出てきて、読んでいるだけで勉強になる。それがショーンたちの旅になんともいえない味わいを与えているから、また素晴らしいのだ。傷を負ったとき、昔の旅人はこうやって治療していたのかな、こうやって暖を取り、危険と向かいあっていたのかな、そんなことまで考えてしまい、少年の心が呼び戻されてしまうほどである。

 このように、本作にはあらゆる没入感を生むために必要な条件が揃っている。そこから生まれる没入感は、リアリティのあるオープンワールドのRPGへ入り込んだときと遜色のないほどに研ぎ澄まされたものとなっていて、息が溢れるほど素晴らしいものだ。

ぜひ、ショーンたちが生きるリアルなファンタジー世界をあなたも体験してもらいたい。

読んだらきっとこの世界から帰ってこれないだろう。

すべては風が教えてくれる。

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