第8話 馬車上にて② タルヴィッカと女神リカとの会話 

魔素窟デモナスフィアに入る、か。》


 女神様がわたしに話かけられた。魔素窟デモナスフィアには女神様も興味をお持ちなのだろう。

 

《あぁ、そうだな。魔素窟デモナスフィアという言葉しか聞いたことないけれど、この閉じた世界のことわりの外に至る道の一つだもの。興味はあるわ》


 この世界のことわりの外……今のわたしには想像がつかない世界……。でも、女神様たちがいらっしゃる天上の世界があるならば、地下の魔素窟デモナスフィアというもうひとつ世界も確としてあるなのだろう。タルヴィッカ様とご一緒に地下のもう一つののことわりの世界へと……

 タルヴィッカ様との初めてのお話を女神様にお聞きいただいて……リスタリカの顔が赤らみを増していく……

 

《リスタリカに任せたままだと、危ういというか話が進まなそうだし、少しアタシが変わってやろっか?》


 リスタリカは眼を瞑ると、頭を左右にブンブンっと振った。眼前の令嬢の突然のポーズに、タルヴィッカは軽く眼をみはる。


(女神様、お願いでございます、お願いでございます。あの……わたしのレベルに合わせておられる今のお口調ではなく、聖神殿長様にお話する時のような峻厳なご口調で、タルヴィッカ様にお話いただきたく)


 リスタリカは俯いて手を組み合わせ、祈りだす。

 

《……恋する乙女は、見做女神なかのひとの姿をキレイに見せたいって奴かぁ……面倒な……》


 リスタリカは再び、頭をブンブンっと振る。

(そんな、恋する、恋するだなんて……タルヴィッカ様はわたくしの護衛騎士の任に就かれるがために、わたくしのアールトネン素領地に向かわれているのでして……そもそも、わたくしたち2人は共に乙女の年頃なのであって……)


《わかった、わかった。そのまま、リスタリカはそっちに行ったままでいいから、ワタクシが代わりに話すわね》



『タルヴィッカ。

 少しワタクシからもお話させてくださいませ。聖神殿長からお聞き及びのことと思いますが、ワタクシは只今、リスタリカの身に顕現しております者。ワタクシのことは前世の名のままに、リカとお呼びくださいませ』


「はっ。善政の女神リカ様。

 お話させていただくこと叶いまして、嬉しく存じます」

『タルヴィッカ。

 あなたとお話できること、ワタクシも嬉しくてよ』


……あわわ、いきなりタルヴィッカ様を呼び捨てに……女神様のお言葉ゆえの当然とはいえ、わたくしの口からわたくしの声で発せられた言葉であることに……わたくしは……


「リカ様、その、リスタリカお嬢様の御顔が真っ赤に染まっておられるようですが……」

 『この子は、ワタクシが顕現する時に身体に熱が籠もりやすいのですわ』


 タルヴィッカ様が少し憂いを含んだ眼差しでわたくしを見つめられておられる。……睫毛がお美しい。

《リスタリカ、身体の熱はどうすればいいかは分かるだろう。圧縮だ》


 (はひっ!)……圧縮、圧縮、圧縮……わたくしはこの前のように気を失ってしまわないように、女神様のご指示に従う。


 圧縮、圧縮、圧縮……


 熱を圧縮し続けることで、わたしは意識を保ったままに、女神様とタルヴィッカ様との魔素窟デモナスフィアについてのお話を聞くことができた。


 各地の魔素窟デモナスフィアを囲むように構築された魔壁は、魔導剣士が通り抜けられるように調整されているとのこと。王族の尊い魔力が籠められた魔晶石は、そのような魔壁を構築することも可能であるらしい。

 魔素窟デモナスフィアには階層構造が存在する。魔壁の力が及ぶ一層には、弱い霊魔しか出現しないが、二層から先は、強い魔物が出現する。

 魔素窟デモナスフィアは迷宮のように壁で区切られている。おそらくは王族の魔壁とは異なる原理によるものだが、壁の破壊は困難を極めるため、魔素窟デモナスフィアの探索は迷宮の地図を作成をしながら行うことになる。

 今回は、ミルハザーディンの魔素窟デモナスフィアに赴き、一層を探索する。ミルハザーディンの魔素窟デモナスフィアは、比較的小規模だが、それでも一層の探索は完全に終わってはいない。今回は一層の地図作りに同行させてもらうこととする。

 

 ✧

 

 「リカ様、直接にお話させていただき光栄でした」

 

 タルヴィッカ様は、わたくしの手を取り額を寄せての深礼をなされた。

 

 圧縮、圧縮、圧縮……わたくしはこみ上げてくる嬉しさの熱に気を失わないよう、必死で身体の熱を小さくしていく。

 

 ✧

 

 素領地アールトネンの関所が迫り、馬車は速度を緩め始めた。

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