第9話 アールトネンの生家への緋翔

 馬車の客車を出ると、外の空気はひんやりとしていた。

 少しぼんやりとしながら、タルヴィッカ様に手を取っていただいて客車を降りたわたしには、身体の熱が少しずつ抜けていってくれるようでありがたい。


「タルヴィッカ様。ここから、わたくしの家までは緋翔ひしょうで参りましょう」

「はっ。かしこまりました」


 魔晶の力を適切に引き出し、緋翔ひしょうを行う者は、音の速さに迫る速さで空を翔ぶことができる。あまりに疾いがゆえに危険も伴う(実際に事故も起きてしまっている)。それゆえに、領都以上の都市では、緋翔ひしょうの使用が許される場所は限られている。

 

 加えて、貴族院を無期停学処分中のわたしには、貴族には無条件で与えられる権限の多くが剥奪パージされている。緋翔ひしょうの権限も、今はない。

 ただ、生誕地であるアールトネン素領内でのみ、わたしは緋翔ひしょうを使用することができる。生誕地では洗礼を受ける前の子であっても魔法の使用は許されているがため、だ。今のわたしは、権限という面では貴族ではなく、洗礼を受けただけの貴族の子に過ぎない。

 

 ✧

 

 関所の白き礎石いしずえいしの上で、緋翔ひしょうを使う。護衛騎士のイヴァンナを先頭に、タルヴィッカ様とわたしは空を翔び、わたしの生家へと向う。音の速さの半分ほどで翔んだため、5分ほどの空路を経て、わたしたちは生家アールトネン伯爵家の礎石いしずえいしの上に降り立った。

 関所の礎石いしずえいしの上にわたしが立った時に、伝令の術式は発動している。

 執事のエンゲルブレクを筆頭に、邸でのわたしの側付きのエイラを始め、使用人たちが跪いている。


「お帰りなさいませ」

 礎石いしずえいしを出たわたしに、エンゲルブレクはいつもと変わらない声で出迎えてくれた。

 

 ✧

 

 湯浴みをして、エイラが予め選んでいた礼式服に着替えた頃には、夕の刻となっていた。間もなく、お父様お母様との、久方ぶりの晩餐が始まる。

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