終章


 ―――一人になってからも、それまでと寸分変わらぬ生活を続けました。

 世情に関わらぬ波風の立たない一人の暮らしというものは、案外いいものです。



 ずいぶんと長い時間が経ちました―――。





 ………ああ、すっかり話しこんでしまいました。申し訳ありません。



 こうして誰かと話すのは久しぶりなので、年甲斐もなく、気がはしゃいでいるのかもしれません。



 ……おや、どうされました?



 ああ……、こわくなったのですね……。



 ずいぶん昔の話とはいえ、女性を襲い、犯した後に殺そうとまでした男と、こんな夜中に二人きりという事が―――。


 ご心配には及びません。今はご覧のとおり、ただの枯れ木のような老僧です。



 それに――あの女性に襲い掛かった時、頭の中の白い閃光と同時の私の爆発的な肉欲の発露は、何か特殊なものだったのでしょうか。その後は、抜け殻のようにそういった欲はなくなってしまった……うそのように霧散してしまった……。

 もしかすると、この山のあの中腹には、爆発した私の肉欲だけが今もまだ、漂っているのかもしれません―――。




 それに――――、


 あなたは――あなたに肉体はもう―――



 ご自分でも、そろそろ、お気づきなのではないですか?

 ずいぶんと長いあいだ彷徨われたようだ。

 もう………そろそろ本来の場所へ逝くべきです。


 私が、送ってさしあげましょう―――。 

 これでも和尚ですので、それが本来の仕事です。




 ………なぜ、首をかしげられるのです?




 ……ああ……そう……そうでしたか……、



 時の経過もわからぬほど長らく一人で暮らしておりましたので、気付きませんでした……。



 私も……もう、この世の者ではないのですね………。



 え………、


 なんと……いやはや……あなた様でしたか……。



 私は、何よりもまず詫び申し上げなければならぬところを愚かにも、ご当人に長々とその罪と――あれからの人生を告白をしたわけですか―――。




 しかし………


 そんなにも綺麗なお顔をしていらっしゃったのですね……

 


 これも何かの縁なのかもしれません――-。



 道すがら、ゆっくり詫びさせていただけますでしょうか―――。



 さあ、ともに参りましょう――。



 黄泉の国へ―――。




                       (了)




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

ある孤独な和尚の懺悔 雨月 @ugetu0902

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ