4. 尻白と驟雨と中二階

 さてさて、二回目に会った時のお話です。


 私は耳長馬みみながうまを引いて歩きます。耳長馬は古い荷車を引きます。その荷車にユエさんが乗りました。足首を手ひどく捻ったそうで手製の湿布を貼っていました。足を投げ出して、荷台の囲いに背中を預けて、なんだかくつろいでいるなぁと思ったものです。ぼってりとした日差しは午後深くに傾いて、斜め後ろからユエさんの声がします。


「この馬の子、お尻が白いね」

「ええ。ですんでモンチャンって名前です。産まれつきの短足なだけで、仔馬じゃないですよ。辛抱強くていい奴です」

「へえ、よろしくモンチャン。重くてごめんね」

「どうってことないですよ、きっと。けっこう揺れてますが、痛みませんか?」

「骨は折れてないみたいだし、足の下に敷く布たくさん貸してくれたし、ぜんぜん平気。本当にありがとうだよ。これは、どっちだろうね。クォンの名前を聞いたからか、クォンに名前を教えたからか」

「なんの話です?」

「足をくじいた時に空っぽの荷車を引いた知り合いの行商人が通りかかる御利ごりやくの出どころについて」

「素人には難しい質問ですねぇ」

「真面目なお返事だなぁ。クォンには何か御利益あった?」

「──商売繁盛とはまた違ったみたいですけど、はい」

「へえ、昨日の今日なのにすごいや。どんないい事?」

「ユエさんに会えました」

「きみは、急にそういうこと言うね」

「いえ、これでも結構ほんとうにそう思ってるんですよ。──ほら、一昨日ぶつかったお詫びもできませんでしたし」

「あー、いいよあれは。わたしもよそ見してたから」

「でも、ユエさんは顔打ったじゃないですか」

「そうだけど、うーん、なら、いま乗っけてもらってるのでってことでどう?」

「こんなことでいいんなら、はい。……そういえば笠で方角を見るっていうのは、まじない師さんはよくやるんです?」

「笠はあまり使わないかな。くるくる回るけどもっと小さい……水盆とか火独楽ヒゴマとか使う人が多いよ。わたしのは、ちょっと新しい術でね。物探しと道案内の術なんだ。でもまだまだ、改善の余地があるみたい」


 方角は守ってたのになぁ、とユエさんのぼやきが聞こえます。


「実は、あのあと『平笠の化け猫』の噂について、ちょっと聞いてみたんですよ」

「うん。まぁだいたい噂通りだよ。モノの怪退治専門のまじない師で、流れ者で、猫きで、モノの怪を喰う。他になにかあった?」

「化け猫ユエというのも」

「同じ同じ。わたしわたし」

「人喰いだってのが」

「それは間違い。でも人喰いの噂を聞いてたのに、よくわたしを乗せたね。怖いもの知らず?」

「いやあ、鼻ぶつけて『いたい』って言う人がそんな恐ろしいモノとも思えませんでしたし」

「モノの怪もヒトを誘うときは怖くないから、気を付けなね?」

 


 この時の言葉は本当でしてね。

 ユエさんと三回目に出会った時、私はモノの怪の腹の中におりました。



 あれは年も変わって、雨季が来て、またその終わりに差し掛かったころでした。私の荷車は満杯の籠細工を運んでましてね。本当ならもう宿場町に入っている予定だったのですが、途中で車が泥にとられたりと、思ったよりも時間がかかってしまったのですよ。

 もう日も暮れてしまう頃合い、やれやれと提灯に火を入れたらゴロゴロと空が鳴ります。これはしゅうが来るぞ参ったぞと思ったら人家のあかりが見えまして。


 「ごめんください」に返事がないので、ままよとモンチャンと荷車を土間に引き入れましてね、やれやれ、といったところで「わあ! クォンだ!」と頭の上から聞き覚えのある声がしました。高床たかゆかの中二階から身を乗り出して、私とモンチャンを見下ろしているひと。

 「ユエさん!?」と声をあげたら「モンチャンも元気そうだね、久しぶり!」と機嫌よさそうに手を振ってまして、小鼻に皺が寄ってまして、私は言葉に詰まりました。なんでしょう、嬉しそうにしているのが、とても愛くるしくて、嬉しそうなのが、とても嬉しくてですね──。

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