『黄泉月の物語』問わず語り・外伝
その壱 上野 昌也
† 注意 †
この外伝は、物語第二部「黄泉月の物語」の重要なネタバレを含んでおります。
「黄泉月の物語」の「続・第12章 問わず語り」をお読みいただいた後に、目を通されることをお勧めいたします。
◆◆◆◆◆
憂鬱である。
高校入学以来、最も憂鬱な帰宅である。
『桜夏祭』は無事に終了し、
事も丸く収まった――かに思えたが、最難関が待っている。
部外者と大立ち回りを披露した結果、反省文を書かされる事態となった。
「反省文は、明後日に提出すること。登校したら、すぐに職員室に持って来てくれ。放課後に、生徒指導室で面談をする」
後夜祭の準備中に、担任の坂井先生から言い渡されたのだ。
当然、保護者にも連絡が行っているだろう。
昨夜は、月城宅に泊まったものの……半日だけ、延命したに過ぎない。
両親の追及と説教は免れないだろう。
しかし……心配なのは、一戸だ。
ナシロと方丈先輩は家族から叱られることは無く、月城も同様である。
が、一戸は厳しい祖父から罵声を浴びせられるに違いない。
まあ……五人中、二番目にヤバイのは自分ではあるが。
「うにょ、うにょ、うにょ~~ん」
アヒル口で嘆きつつ、自宅の門をくぐる。
玄関を開けて出て来るのは……父か母か、鬼か蛇か。
「たっだいま~……おっはよーございまちゅ~」
――コソコソ入っても解決にはならない。
声を張り上げ、靴を脱ぎ、亀のように首を伸ばして様子を伺う。
「お帰りなさーい」
母が応答した。
「お洗濯するから。着替えしてねー」
……いつもの、洗濯好きの母の台詞である。
声のトーンも変わらない。
「学校祭、お疲れさまー。月城くんの御家族に迷惑かけたんじゃないのー?」
「まあ……朝食も御馳走になった。お礼は言っといたから……」
そこまで言って、上野は口を噤んで『への字』に曲げる。
兄の
左手でチロの写真立てを持ち、「説明して貰おうか」とばかりに指し示している。
(はいはい、説明しますよ……)
上野は嘆息し、母に「すぐ着替えるよ~」と言って、兄に続いて二階に上がった。
無地Tシャツとハーフパンツに着替え、母に洗濯物を渡した上野は、覚悟を決めて兄の部屋を訪れた。
ベッドに机、パソコンにゲーム機。
本棚には、看護・介護関係の本が並んでおり、机上には月刊漫画雑誌が二冊。
その後ろには、外国製のナイチンゲールの人形がある。
彼女からのプレゼントらしい。
「……お兄様、おはようございます」
上野は神妙な面持ちでベッドに座り、ひょこんと頭を下げた。
兄は回転椅子に座り、写真立て机に置く。
「……よく眠れたか?」
「はい。お陰様で。一戸と手を繋いで寝ました」
「……昨日は、色々と検索したぞ。心霊写真とか、あの世だとか」
「はい。お手間を掛けさせました」
「お前と、
兄は、スマホを差し出す。
その画面は、黒一色だ。
「咄嗟に何枚か写した。後で確認したら、見ての通り。真っ黒で何も写っていない。写した時は、確かに画像が表示されていたんだが」
「あー」
上野は真っ黒い画面を見て安堵し、納得し、ウンウンと頷く。
この様子だと、撮影していた観客たちの画像や動画も真っ黒だろう。
あのステージは『異界』であり、この世の機器で写せるものでは無いのだ。
「……はは……チロは天国でなくて、俺っちの、この辺に居るんす」
上野は、自分の左肩を指す。
「……昨日のこと自白したら、信じる?」
「とりあえず……言え」
兄は憮然と腕組みをする。
「オレとナシロと一戸と月城に、三蔵法師。その他の数名は、ずっと昔の過去世での仲間だったらしくて」
「……それで?」
「オレたちは悪い奴らに殺された。そして何度も生まれ変わっては、敵に挑んでる。今も、こうして敵と闘ってる」
「……あの黒ずくめの男たちと?」
「敵が現れると、ナシロのリードで『幽体離脱』する。そして『黄泉』の底に潜って闘う。ステージ上での衣装が、オレたちの戦闘服みたいなもので。いつだったか、俺がトイレで倒れてた時……あれが、俺の最初の戦闘の後だよ。準備なしで呼び出されたんで、ああなった。あ……昨日の二人は、どうにか倒しました」
「……それで?」
「う~……じゃ、見せるっ」
ハーフパンツの尻ポケットに入れていた醤油さしを三個取り出し、ベッドに置いて立ち上がる。
案の定――彼の顔面が消失し、兄は椅子から落ちかけた。
「これこれ。敵に顔面を盗られたのよ。この醤油さしには『黄泉の川の水』が入ってて、体から離すとのっぺらぼうになっちまう」
「……息……出来る…のか?」
上野は醤油さしを握り――すると、シュシュッと顔面が現れた。
イタズラを見破られた子供のように、上野はペロッと舌を出す。
二分ほどの間の悪い沈黙の後――
「お前たち……命懸けで闘ってるのか? 何度も生まれ変わってるってことは、その回数だけ殺されたってことか……?」
「そうらしいんだよね……」
上野は、醤油さしを指で弾きながら――自嘲する。
「五十年前は、闘う準備も整わないうちに、トラックでドカーンされたらしい。闘わねーと、殺されちまう……。でも、今はチロも助けてくれてる。前世の一戸の愛馬もいる。それに、猫もいたりする。今度は、負けない!」
弟の宣言を兄は黙して聞き――真正面の壁の本棚を見る。
突拍子もない話だが――昨日の舞台に死んだチロが居たことに加えて、弟の顔面。
疑う余地は少ない。
「……すまん。着替えをする。午後から、講義がある」
「……何と言うか……いきなり、命懸けで闘ってると言われても……」
「分かってる。また後で、ゆっくり説明するよ」
上野はフワリと微笑んだ。
兄が困惑するのは無理からぬことだ。
弟が突然に、「僕は、明日をも知れぬ戦場に立ってます」と言い出したのだ。
闘いを放棄しても、敵は追って来る――。
その敵は、この世の者ではない――。
こうした御託の前では、「がんばれ」と云う励ましは意味を為さない。
「もし、オレがベッドで引っくり返って死んでたら……父さんと母さんを頼むわ」
上野は瞼を伏せて笑った。
その笑顔を、兄は見たことがある。
チロの火葬後に、弟は言った。
――チロは、きっと天国に居るね――
弟は、泣きじゃくる母にそう言った。
が、翌朝に起きて来た弟の目の周囲は腫れていた――
「……昌也……」
兄は、チロの写真を見た。
弟は――申し訳なさそうに、背を丸める。
「そうだ。学校から連絡なかった? 昨日の騒ぎで、反省文を書く羽目になってさ」
「何も聞いてないが……」
「……マジ? ま、もうちょい様子見だな」
「……反省文、考えてやるよ。お前、国語が苦手だろう」
「本当!? やっぱ、兄貴は頼りになる~!」
上野は兄に抱き付く。
嬉しくて、そして――無性に悲しい。
『
自分の恋人や友人や後輩を魂を弄び、闇に君臨している。
それが、かつての自分の兄だとは――それだけは言えない。
けれど、『上野昌也』としての人生は悪くない――。
この世界で生きていきたい――。
大人になりたい――。
「……父さんと母さんには、黙ってろよ……」
机の上の、写真の中のチロはピンク色の舌先を出し、兄弟を見ていた。
―― 終 ――
◆◆◆◆◆
当作品の本伝
「黄泉月の物語 続・第12章 ―― 問わず語り ――」はこちらです。
一応、リンクを貼って置きます。
https://kakuyomu.jp/works/16816700428178248114/episodes/16817139555025610092
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます