17:帝国騎士の流儀

「そこまでだ。他国の冒険者が何を暴れている?」

「エルフってのはあれか? 出会い頭に弓を射るのが作法なのか?」


 落とされる真面目ぶった伯爵領の騎士の物言いにアバカスは皮肉を返す。何をしにやって来たのかは聞かずとも分かっている。だがそれは逆も然り。アバカス達がキキララと共に伯爵の屋敷を訪れた事で、口には出さずとも繋がりがある事はバレている。


 激突する事は確定事項。後はタイミングだ。いかに伯爵領の騎士達を倒して街を脱し、ザミノの花を手に入れるか。下手にかわし逃げるだけでは追撃されるのは明白。狙いがキキララとアバカス達に分かれている間に処理してこっそり向かうのがベスト。


「……アバカスっ」

「尻込むなよ嬢ちゃん、矢の動きは基本直線的だから目を離さなきゃどうにかできる。隠れるぐらいならへし折れ、魔力を込められた矢は岩ぐらい軽く貫通するからな」


 相手の姿を見失う事が最大の悪手。物理的な遠距離攻撃を得意とする戦士職を相手する場合の基本中の基本。魔法で結界などを張らない限り、石の壁などはあってないようなもの。身を隠して一息吐いたが最期、貫通してきたモノに体を穿たれ死ぬ事になる。


 その程度の基本は学院で学び知っているとタオは返事はせずに、別の言葉を返す。


「他には?」

「他にぃ? ごちゃごちゃ言ってもしょうがねえだろ。嬢ちゃんが一番得意なことをやれ。それが一番勝率高え」


 近接戦闘ならば帝国騎士の方に分がある。


 より高度な戦闘になれば、帝国騎士が相手なら祝福ウルを、他国の騎士などなら奇跡ベガに類するモノを何より警戒しなければならない。


 弓使いが相手なら、奇跡ベガの多くは矢に特異な効果を付加する魔法か、補助として場に作用するような魔法が多い。が、敢えてその情報をアバカスはタオに教えない。


 祝福ウル奇跡ベガ自体通常ではありえない事象の総称であって、広義に過ぎ、相手に教えられるか己で判断する以外にその効果を知る術がないからだ。注意しろと言おうにも漠然とし過ぎている。


 中身の分からない魔法を恐れて動けなくなるぐらいなら、死中に活を求めるが如く、最短最速で近付きぶん殴った方がまだマシだ。


 戦闘において全く役立たずのマタドールが盾とするように背へと張り付いてくる重みにアバカスは舌を打ちながら、ニコラシカへと言葉を投げる。


「ニコ、一応聞くが矢避けの魔法は使えるな?」

「本当に一応だね。分かってると思うけど、使えはしてもエルフなら破れるでしょ」


 無論ニコラシカなら本来はたかがいちエルフの魔法など蝋燭の火を吹き消すように容易く擦り潰せる。


 が、今は人に扮し大部分の魔力は王国魔女の感知を誤魔化すのに使い最大出力を一割程に抑えている現状、伯爵領の騎士相手とはいえ、矢と魔法に長けたエルフの魔法や矢を完全に防ぐのは不自然に過ぎる。必要ではない目撃者は極力アバカスも出したくはない。


「リズーズリ騎士団じゃないのにそこまで警戒する必要あるの?」

「あるに決まってんだろ」


 騎士と言ってもピンからキリだ。ニコラシカが己に課している制限を解けば一方的に蹂躙でき、タオ達が本当は冒険者ではなく騎士だったとしても問題は今来た事。冒険者が冒険者を倒しまくっているからさっさと来ただけなはずもない。


 アバカス達やキキララの裏の目的を伯爵が勘繰っているのであれば、手を出した以上負ける事が許されない為にある程度冒険者との戦闘を観察している。その上で勝てそうだと判断したから出て来ている。その見積もりが甘いかどうかは別として。


 どんな状況であったとしても、油断こそが最大の敵。格下を舐めるのは地面を舐める事に等しい。


「スニフ」

「分かってる」


 敵は目前の建物の屋根の上だけでなく、横にも背後にも控えている。包囲し遠距離で削るのが包囲戦の常套手段。


 拳だけで矢を捌き切るのは難しいとタオが剣を抜く音に合わせ、屋根の上に並ぶ伯爵領の騎士の一人が口を開いた。


「一つ聞きたいんだが、昨夜から三名ほどうちの騎士が行方不明でな。知っているか?」

「さあ? ただ俺達に聞くってのはそういうことだろ? 用心し過ぎて地雷踏んだのはそっちだぜ? 寧ろ全く手は出さず静観しとくんだったな」

「それが答えか?」

「これ以上必要か?」


 アバカスの答えを受け、問いを投げたエルフの騎士が手を挙げると同時に周囲で響く弓を絞る音。張り詰めた弓の音色にアバカス達も身構える。最初の一矢はただの挨拶。次に降り注ぐ矢の雨こそが本命。


 ただ相手の合図を待つ必要はない。どうせ突っ込む事が変わらない以上、先に足を出した方が幾分かマシ。


「後ろは任せたぜスニフ」


 そんな言葉を残し、踏み締められた三つの足が地面を砕く。神呪しんじゅを紡ぐ風を手繰るニコラシカを中心に散開した三つの影。エルフ達が引き絞った弦を手放し、矢が弓から飛び出さない内に飛来して来た騎士という名の怪物達が標的を定めていたエルフを一人ずつ殴り倒す。


「ッ、並外れた肉体性能、お前達元帝国騎士か!」


 手放した矢が飛び出す速度は変わらずとも、二の矢をつが速度は別。すぐに反転し射られた矢を前にアバカスは腕を振り、指先で矢の側面を押し込むように軌道を逸らす。飛び込んで来た矢が背後のエルフを射た音を聞きながら、アバカスは具合悪そうに身をよじった。


「タマ! もっとしっかり掴まれ鬱陶しい! ってか邪魔だから最悪離れてろ!」

「貴方の近くが一番死亡率が低いと私は判断する。それ以上速く動かれると私の力ではしがみ付けない。もっと優しく動いて」

「首に手を回すんじゃねえ! 首が絞まるだろうが!」

「注文が多いわアバカス」

「あんたほどじゃねえわ‼︎」


 背中にしがみ付く抱っこちゃん人形を揺らしながら、飛び込んで来る矢をさばき続ける。一矢二矢を後方へと流し、三矢目は指を触れずに身を逸らし避けた。建物に当たった矢はそのまま轟音を響かせ爆発する。


 矢に付加された爆発魔法。エルフの口から紡がれる呪文を聞き逃さず、触れる矢と触れてはいけない矢を選り分けさばき避ける。魔力で強化された肉体で防げぬモノでもないが、今は背にマタドールがいるおかげで無駄な手間。


 アバカスから幾分か離れた屋根の上に立つタオは、猪宜しく魔法の付加された矢だろうがお構いなしに叩き斬り、身を焦しながらも強引に殴り倒していた。得意なことをやれとアバカスも言ったが、あまりの非効率さに視界の端で猪突猛進する女騎士を目に口端を引きらせる。


 目の前のエルフの腹部に手を差し込み、三日月投げクレシエンテで背後のエルフに叩きつけ、砕いた屋根ごと放り捨ててアバカスは一仕事終えたと手を叩き合わせると屋根の下へと降り立った。


 未だタオとスニフターは戦闘を続けているが、アバカスは助けには向かわない。子守相手がもう一人いるから。


「無事かニコ」

「無事じゃないよ見てよ! 服が穴だらけなんだから!」


 そう言って両手を広げるニコラシカの服は無惨にもズタズタな有様で、服よりも褐色の肌が見える面積の方が多い。風を手繰り矢を除けていたまではいいが、超手加減して全てをさばけるものでもないらしい。


「あ〜んもう! ちょっと本気出しちゃおっかな僕!」

「ぶん殴っても止めるぞ俺は」


 自ら難易度を上げておいて文句を言う魔女を冷めた目でアバカスは見つめ、仕方がないとマタドールを一旦下ろし纏うコートを脱いでニコラシカへと放り投げる。


 服を剥かれたごときで魔女がキレるとはアバカスも考えないが、文句を言われ続けるよりはいい。


 いそいそとニコラシカがコートを羽織りはためく布の音に重なるように、布のはためく音がもう一つ。


 森色のマントをなびかせて、ふわりとニコラシカの横にキキララが降り立つ。額から垂れる血をしたたらせて。


「すまないッ」


 第一声で謝罪を口にするキキララの言葉にアバカスが眉をひそめれば、キキララに返事をするように拍手の音が返された。その音を合図に残るエルフの騎士達は戦闘をぴたりと止めると歩く影の元に身を寄せた。


 大型のクロスボウをかついだパタフィ=リデイアが街に降り立つ。









 

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マリオネットロマンス 生崎 鈍 @IKUZAKI_ROMO

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