16:冒険者討伐作戦

「さてと、それじゃあサッとエルフの嬢ちゃんからの依頼を終わらせて俺達の仕事も終わらせるとしようか」


 キキララを追うようにアバカス達も外へと出ると、不良冒険者は早速とばかりに握った拳の骨を鳴らす。その隣では同じようにスニフターが軽く手足のストレッチをしており、基本的に不真面目と飄々ひょうひょうといった言葉が似合う二人にやる気を出されると、タオとしては嬉しさよりも不気味さが勝つ。


 ザミノの花の群生地にある程度の当たりを付けたにも関わらず、二人がこれから手当たり次第に冒険者をタコ殴りにする作業に意気揚々と取り組もうとしているのは、冒険者に恨みでもあるのかなんなのか。


 騎士道精神を重んじるからこそタオは乗り気にはなれず、ニコラシカも呆れてかニコニコと微笑むだけ。マタドールからすれば仕事が結果成功すればいいため、道中の小さな問題はどうだっていいらしく無表情のままだ。


 暗殺者二人の行動に、疑問は抱いても文句を言う気はないらしい魔女達をアテにはできず、悲しい事にタオだけが道徳心や倫理観の要。皮肉で返される事を覚悟で、タオはたしなめる為の言葉をつむぐ。


「……アバカス、これはそんなに必要か? ザミノの花の場所も分かったならそこを先に目指せばよくない? たとえ怪しくても全ての冒険者が悪事を働いている証拠はないだろう? 無闇に力に訴えるのは騎士らしくはない」

「騎士らしく? それは笑える話だな?」


 不満を顔に描く帝国騎士に、予想通り皮肉が返される。


「『らしさ』なんざ個々のさじ加減次第だろうが。そんなのを基準に物事を考える方が馬鹿らしい。なによか場所が分かろうがこれは必要なのさ」


 ザミノの花の場所が分かったところで、伯爵の保持する騎士団の大部分は街の外を包囲し監視している。アバカス達の予想通り伯爵が『夏の吐息マーマレード』の製造に関わっている場合、密猟者の手引き以上にそっちの方が問題だ。王国側が関わっていなければより悪い。


 であるなら、アバカス達が北東の森を目指し街から出た場合、伯爵の騎士団は街で冒険者をボコしている王国騎士そっちのけでアバカス達を追う可能性もある。


 そうならない為に、一先ずキキララと共に街中で暴れ、伯爵を動かせれば結果鎮圧の為に騎士団も街中に移動し包囲の輪は崩れる。その時こそが北東の森へと行き安全にザミノの花を採取する好機。


 そこまで説明して、アバカスはタオの顔を覗き込む。


「だいたい文句言うにしても『騎士らしさ』なんつう外面貼り付けてねえで本音で言え。嬢ちゃんには『騎士らしさ』よりも大事な『価値』があんだろうが? 良い子ちゃんぶるのはよせよ」

「べ、別に良い子ちゃんぶってなんてないっ!」

「そうか? ならほれ見ろよ、雑貨屋の店員に冒険者がからんでるぜ?」


 そう言ってアバカスが指差した先でエルフの女店員に冒険者の男が何やら言い寄っている。買い物をしている雰囲気ではなく、朝っぱらから旺盛おうせいなことでとでも言えばいいのか。


 助けを求めるような店員の目と目が合い、タオは顔を苦くするが、咳払いで表情を吹き飛ばし、足音高く店員と冒険者の方へと歩いて行く。


「おい、店員が困っているだろう。他国の冒険者だと言うなら住民に迷惑を掛けず紳士に振る舞え。一人でも貴様のような者がいると冒険者全体の印象が悪く」

「うるせえなあ、こっちの勝手だろうが! こっちは今見ての通り冒険中なんだよ! 貧相な女が邪魔してんじゃねえ! 俺と冒険してえって言うなら金払えよ、したらベッドの上で大冒険して」



 ──────メギリッッッ‼︎


 

 男の顔に帝国騎士の拳がめり込んだ。頭蓋にヒビを走らせて顔を凹ませた男が紙屑のように宙を舞う。赤い雫が綺麗な円を空に描き、地面に落ちて痙攣する男に侮蔑の目を落としながらタオは手を叩き払う。


「下衆が。今日で貴様らの冒険はおしまいだ」

「ノリノリじゃねえか、騎士らしさが微塵もねえ」


 アバカスの大笑いを背で聞きながら、タオは大きなため息を地に落とす。情けを掛けたくともそれを必要としない者にはまるで意味を成さない気遣いだ。こうなったらなったで、相手が全員悪であれと祈る他ない。


 よって、暴力装置を止められる防波堤はもろくも崩れ去り、後は理不尽な拳に冒険者の皮を被った密猟者達がさらされるのみ。悲劇があるとすれば、冒険者が一般人よりも身体能力に秀でているがために、アバカス達がさして手加減せずともいい事だ。


「なんなんだテメェら⁉︎」

「いやぁ? なんと言うべきか、まぁこっちの取り分に不満があってな? なら簡単な話あんたらの数を減らせば取り分が増えると考えた訳だ。運が悪かったとでも思ってされろ」

「ッ、ふざけんな! 俺らに言わず伯爵に言えや!」


 などとアバカスが鎌を掛けつつ、冒険者の皮を被った騎士達が、純然たる暴力差で目に付いた冒険者を狩ってゆく。


 突っかかる内容は最悪どうだっていい、冒険者達の数を減らすのが肝だ。肩がぶつかった、目付きが気に入らない、なんかむしゃくしゃしたと、チンピラ地味た理不尽を振りかざし、裏に潜む者をあぶり出す為に兎に角潰す。敢えて幾人かの冒険者はわざと逃がして。


 結果はなんだっていい、伯爵の闇が浮き出ようが浮き出なかろうが、伯爵の保持する騎士団の意識が街の中にさえ向けばアバカス達にとってはなんだっていい。


 ただ、冒険者もピンからキリだ。素人に毛が生えたような者もいれば、アバカス同様に騎士崩れの者もいる。我流で鍛えられた冒険者とは違い、大戦時代を越えて冒険者に身をやつした騎士に戦死に魔法使いに聖職者。


 大部分は雑兵で精鋭には程遠い。だがいるところにはいる。流石にタオには荷が重いとその時ばかりはアバカスが前に出るが、ふとアバカスは足を止めた。


「……マズイな、ありゃダメだ」


 獣人族でありながら、手を地に付けず緩やかに手を伸ばしたワーキャットの冒険者。野生を技術で統制した獣人族の国の元騎士で間違いない。魔力で強化しない素の身体能力は人間を軽く超えている。


 叩くのが役目で殺しは想定していないが故に、剣に手を伸ばしたい心をなんとか抑えてタオも右の手を拳に握り半身に構えた。


「あの獣人族、それほどやり手か?」

「獣人族? あぁ、キルクス騎士団出身者っぽいな。多少はやるんじゃね? 問題はそっちじゃねえ」


 アバカスの視線の先は獣人族の冒険者の左上に固定されている。黄緑の蛍光色に薄く発光し、蝶々のような翼をはためかせている二十センチほどの少女。


妖精ピクシーの国のイドロ騎士団出身者だ。絶対そうだ。奴らは体に直接騎士団の紋章を魔法で刻みやがるからな。間違いねえ!」

「まだ妖精ピクシー嫌いは治らないのかアバカス?」

「うるせえスニフ! あいつらあのちっこい体で口の中に飛び込んだかと思えば魔法で頭蓋吹き飛ばすんだぞ‼︎ その癖エルフ以上に魔法に精通してるクソ性能だ! 妖精ピクシー達の奇跡ベガを体系化した妖精魔法とか言うふざけた魔法まで使いやがる‼︎ 俺は一番奴らに殺されかけた‼︎ 見ろ! 身を震わせて今にも妖精魔法をぶっ放そうとしてやがる!」

「……いや、めっちゃ冷や汗掻いてるぞ?」


 タオの前でダラダラと体から冷たい汗をしたたらせ、目を高速で泳がせている妖精ピクシーの冒険者。妖精魔法を使えるような魔法の熟練者であるなら、そもそも冒険者になどなっていないと態度で告げている。


 それはそれとして光り空飛ぶ小人に大きなトラウマがあるらしいアバカスはギリギリと歯を擦り合わせ、やんわりと後退りを始めた。そんなアバカスの顔の横を通り過ぎ、細い稲妻が妖精ピクシーに飛来し、黒い煙を小さく上げて妖精ピクシーはひらひら地に落ちる。


「僕がやっつけたよアバカス君! 褒めて!」

「偉いぞニコ! マジで偉い‼︎ ニコ偉いシカとかに改名するかぁ!」


 簡単な雷魔法で胸を張るニコラシカをアバカスは手放しで褒め、無表情でマタドールはそれを見つめていた。冷めた顔をしたタオは普通に獣人族の冒険者を殴り倒す。


「貴様にも苦手があるんだな……」

「あるに決まってんだろ! 妖精ピクシー、ありゃ悪魔が作った殺戮兵器だ。魔族よかよっぽど怖え」

「そう? 独自の魔法体系を築いているのは正しい。ただ近接戦闘が得意ではないと記憶している」

「馬鹿野郎タマ、そんなこと言ってる奴から死んでくんだぜ。覚えておけ、奴らの精鋭を見掛けたら即逃げろ。死んでからじゃ遅え」

「なるほど、記憶した」


 かたよった元帝国騎士の英才教育に大きく頷く魔女を止めるべきか否か。ニコラシカとスニフターは微笑み、タオは経験乏しく間違っているとも言いづらい。微妙な空気が流れる中、緩んだ空気を引き裂くようにアバカスの姿が描き消える。


 驚くタオの真横にアバカスは姿を現すと、飛んで来た矢を掴み取る。建物の屋根に降り立つ幾人かのエルフと均一化された装備。裏で動いていたリデイア伯爵領の騎士団の姿に、アバカスは深い笑みを口元に刻んだ。








 





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