15:ウワサ

「……おはよぅ」

「すげえ顔してんな嬢ちゃん、棺桶からでも這い出て来たか?」


 朝起きて朝顔のように花開いた寝癖と睡眠欲から脱していない少女の目元を眺めアバカスは肩を落とす。


 いつの間にか眠ってしまっていたタオが目を覚ませば、夜中にするりと窓辺から外への出て行ったアバカスとスニフターはいつの間にか窓辺の椅子の上に戻っており、タオ達が眠りにつく前と全く同じ体勢で座っていた。


「昨日何をしたんだ?」とタオが聞いたとして、はぐらかされるか、もしくは嘘は吐かずに詳細に答えるか。そんな質問を投げた時点でタオが狸寝入りをしていた事実がバレ、聞かなくてもバレている可能性が高い以上、起き抜けに後味の悪くなりそうな話はタオも聞きたくはない。


 アバカス達の宿泊部屋に近付いていた監視達がどうなったのか、お優しい結果にだけはなっていないのは明らかで、機嫌が悪そうでもない事から、得られた情報も悪くはないらしい。


 マタドールにもニコラシカにも気にした様子はなく、一人浮いたような今が少し居心地が悪い。が、それをタオは寝起きの所為にして頭の隅へと追いやった。


「それで……今日終わらせるって話だったけどどうするの? キキララ卿とまずは話し合いする?」

「そうだな、ただその前に嬢ちゃんは顔でも洗ってこい」

「そぅする」


 騎士らしさを投げ捨てたタオがふらふらと洗面所へと歩いて行き三十分、洗面所から出て来た時には、とっ散らかっていた頭を綺麗にツーサイドアップに纏め、いつもの顔の帝国騎士に戻った。


 その間に店主との話を終えたキキララが部屋に訪れており、『遅い』といった表情が多くタオは向けられたが、騎士としては身嗜みが第一、素知らぬ顔でタオが壁際に立ち腕を組めば、生産性のない会話など話す間もなくキキララが口を開く。


「さて、今日一日しか力を借りられないそうだから手早く進めよう。店主からある程度の話は聞けた。少し暗い話になるが構わないか?」


 全員が頷くのを確認し、若干言いづらそうにキキララは親指で一度唇を撫ぜる。


「予想通りと言うべきか、少し前までは街の様子はまるで違っていたらしい」

「少し前ってのはいつだ?」

「一ヶ月前ほどからだそうだ。丁度その頃にパダフィ=リデイア伯爵の御令嬢が行方不明になった時期と重なるそうだ」


 名前はマリー=リデイア嬢。タオは屋敷で見た肖像画達を思い出す。寝起きのようにガサツな姿で出迎えてくれた伯爵と違い、キチッと髪を整えた姿で描かれていた伯爵の横に並んだ、ウェーブがかった長い金髪の美女の姿。


「なんでも類を見ない奇病をわずらっていたらしく快復も見込めなかったが故に身投げしたとの噂だ。生死は不明だが、騎士団に届け出もされていない事から、伯爵自身探しても無駄だと思っているのかもしれない」


 行き先でも分かっているのか、もしくは既に死亡していると分かっているのか。または娘になど興味はないか。いずれにせよ、リズーズリ騎士団がやって来ても口にする素振りもなかったあたり、伯爵の中では既に決着がついている事柄らしかった。


 タオはちらりとアバカスとスニフターの顔をうかがうが、顔色を変えなければ身動ぎもしない。既に知っていると言うように済ました顔をしている。そんなキキララの話を掘り下げるように、アバカスは問いを話題に突き刺す。


「伯爵はそうでも母親は別だろ? どうなんだ?」

「……伯爵夫人は武勇に富んだ方だったが、魔族との激戦の最中戦死なされた」


 その答えに、タオは部屋の温度が数度下がった気がした。母は死に、治らぬ病をわずらった娘の失意は如何程か。せめて死に場所を求めて彷徨さまよう事を選んでも不思議ではない。そうして伯爵も多くを失った。


「……伯爵に残されたのはこの街だけ、だから悪事に手を染めてもうるおそうとしているとでも?」


 タオの指摘にキキララはやんわりと椅子に身を沈める。


「かもな。だがそれで王国を道連れにされては困る。伯爵にも同情はするが、それとこれとは別の話」


 例え理由がなんであれ、やっていい事と悪い事がある。その土地を管理、治めているからといって、私物化していい理由にはならない。エルフの教義で言えば、いずれ万物は自然に還るモノであり、それを荒らすなど言語道断。


 それは死ぬ時に入る墓を死ぬ前に荒らす墓荒らしに等しい行為だ。


「密猟者や不届な仲介人に我が物顔で出入りされて喜ぶ者はいない。問題はそれをどう解決するかだ、伯爵を叩いたところで不用意にほこりは落とさないだろう」

「んなのは超簡単な方法がある」


 視線が集まるのを少し待ち上げ、アバカスは口端を少し持ち上げ話を続ける。


「今街にいる冒険者をことごとく叩きのめせばいい。伯爵の騎士団が機能してねえんなら止められる事もねえだろ」

「それは乱暴じゃないの⁉︎」

「乱暴か? あのなぁ嬢ちゃん、領民は誰も奴らを歓迎してねえんなら、『国民が困ってる』、その大義名分だけで王国騎士団は動けんだろ。伯爵が動こうが王国騎士は伯爵の物でもねえから知ったことかと言えばいい。寧ろ動いたら動いたで」

「伯爵達も叩きのめせばいいという事か」


 納得したと大きくキキララはうなずくが、タオは顔を苦くさせる。大義名分があるにはあるが、やり方があまり騎士らしくはないと思うが故に。


 ただ、状況が動かなければ、アバカス達も大きくは動けない。それも分かるからこそ、タオは不満の言葉は飲み込んだ。


「適当にほっつき歩いてぶちのめしてれば繋がりがあるなら勝手に伯爵に泣きつくぜ。あっちからすれば伯爵の許しを得て来てるようなもんだからな」

「その案でゆくか。ただ私とお前達は別々に動いた方がいいだろうな。冒険者を叩くのに冒険者と共に動いているのもおかしな話」

「ああ、こっちはこっちで適当にからんで間引くさ」


 了承の言葉を受け取り、そうと決めたらとキキララは立ち上がる。が、部屋を出て行こうとする王国騎士の背に「ちょっと待て」と声を掛けアバカスは引き止めた。


「他に何か噂話はなかったのか? なんだっていい」


 聞けばキキララは記憶を頭から引き出すように己の顳顬こめかみを小突く。


「そうだな……北東の森には幽霊が出るという伝説が昔からあるそうだ。最近ではそこにマリー=リデイア嬢の霊が出るとかな。そんなところか」

「急に胡散臭い話になったなおい」


 アバカスの感想に同意見だと肩をすくめてキキララは部屋を出て行った。扉の閉まる音に合わせてアバカスも立ち上がり、前髪に指を絡めると笑みを深める。


「幽霊だとよスニフ」

「本当なら恐ろしいな、死霊系のモンスターは物理的な攻撃が通らない。本当ならだが」

「違うのか?」


 純粋なタオの言葉に、アバカス達は益々笑みを深める。


「死霊系のモンスターの発生条件ってのがなかなか難易度高くてな? まず大量の死体と同じ方向に揃った強大な意思が必要だ。その死者達の魔力と意思によって生まれるのが死霊系の怪物だ」


 数多の魔力と意思を掻き混ぜ合わせた死霊系のモンスターは強力であり強大だ。何人もの意思を束ねた弊害で、思考もしっちゃかめっちゃかで読みづらく、動きに一貫性がない。


 大戦時代はそれこそそれなりの頻度で死霊系のモンスターが戦場では湧いたが、それは戦場だから。


 墓地のように聖職者がきちんと埋葬した墓地に湧く事さえまれ、自殺の名所でもなければ生まれる事もない。


 ましてや一個人の姿形を保ち意識さえ保つ死霊系のモンスターなど、世界を嘆き朽ち果てた英雄か、魔女ほどの莫大な魔力がなければありえない。


 英雄などでもないマリー=リデイア嬢の幽霊というのは、明らかに元からある伝承に乗っかった尾鰭おひれの一つ。街の近くの森でこれまで死霊系のモンスターの被害に会っていないなら、別の何かがそこにはある。


「昔からの土地の伝承ってのは、だいたいは危ないから近づくなとかだ。目的もなく死霊系のモンスターが湧く場所に行きたがる奴なんぞいねえ。住んでるならまだしも他所から来てるだけの奴は特にな。ならそこには何がある?」


 そんなモノは一つしかない。その伝承は本来大人が子供にするような話。やんちゃな子供が暴れたりすれば枯れてしまうような繊細な物があるからに他ならない。タウバオ王国の国花、ザミノの花はおそらくそこにある。


 アバカスは答えを指を鳴らして弾き出す。

 







 

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