第三輪:白バラへの執念:

 ──いつの間にか、天道てんどう かなえという存在から視線を逸らせなくなっていた。

 それに気づくと、心臓が早鐘はやがねを打ち、脳に直接その音が響いてくるようだ。


 彼女の容貌ようぼう、瞳、髪飾り……全てがあの時の少女と重なり、胸がしばられる思いにふける。

 ちくっ、として痛いはずなのに、苦しくはなく、むしろ頭の中は甘さで満たされていた。


 心做こころなしか赤くて、どこまでも美しい。名前の分からないそれは、まるでバラのようだ。

 それを感じ取ると、自分を捕らえていた鳥籠とりかごから抜け出せたような気がする。


 私は、天道叶に、手を差し伸べて……


「………」


 ──ちょっと待て、早まるんじゃない。

 私は浮きかけていた手をもう片方で抑え付け、大きく深呼吸をする。


 似ているところはあれど、この天道叶があの少女本人という確証はまだない。

 見た目とか名前とか白バラとか、偶然はすごいとは思うが、とにかく冷静になるんだ。


「……光晴こうせい?」


 自身の昂る気持ちをなだめていたら、心配そうに声を呼ばれて私ははっとする。

 いつのまにか視界がぼやけていて、私はまばたきで焦点を合わせてから振り返った。


 見れば、少し前屈みになって、こちらを覗き込んできている友人かなめの姿。

 その姿勢に表情、そして聞き慣れた声質から、彼が声主だと察しが着いた。


「なんでもない」


 何も尋ねられてはいないが、どんな用件かは言わずもがなわかるため私はそう答える。

 すると要は、少し納得していない感じながらも、「ならいいけど」と姿勢を正す。


「で、叶。彼は七海 光晴。悪印象を持ってるみたいだけど、悪いヤツじゃないから」


 続けて要が、私を指しながら天道叶に向けてそう紹介してくれる。

 そういえば自己紹介がまだだったな、と思い至り、私は自分の胸に手を当てた。


「ああ、よろしく。これからは、どうかその悪印象を解消できるよう務めるよ」


 平常心をできるだけ保ちながら、私は表向き苦笑を見せて要に続く。

 確証は無いものの、どうしても似ているため、心臓がうるさく響いてくるのだ。


 かくいう天道叶はというと、私を品定めするかのように、頭からつま先まで見据みすえる。

 その目付きはとてもするどく、警戒心がむき出しになっているのが嫌でも分かった。


 ……まあ自業自得なのだが、この対応はどうやって崩せるものだろうか。


 自己紹介もそこそこに、私たち三人は家路に着くために歩き出した。

 要を真ん中にして、車や通行人に気をつけながらゆっくりと進んでいく。


「で、さっき言いそびれたんだけどさ。その白いバラのヘアピン、注意されなかったの?」


 少しばかり悩んでいたら、要が白バラのヘアピンを指差してそう尋ねていた。


 確かに、思い出してみれば、ウチの学校は派手な髪飾りは校則で禁止されている。

 漆黒の髪に真っ白なヘアピン……過度、とは言わないが、充分目立つだろう。


「これ?別に注意されなかったよ」


 しかし天道叶は、ヘアピンを外して、なんともなさそうにそう言ってのけた。

 天道叶の髪には編み込みがほどこされていたのだが、その時さらり、とサイドに落ちる。


 しかし天道叶は、それを気にすることはせず、外したヘアピンを優しくでていた。

 それを見下ろすヘーゼルカラーの瞳は慈愛じあいに満ちていて、向けられていないのにも関わらず、美しいと感じてしまう。


 どくん、と、心臓が跳ねた。


「そっか。なら、いいんだけど」

「うん……それに」


 要の相槌あいづちに頷いたかと思えれば、天道叶は突然低い声でそう続けた。

 美しかった瞳は既に消え失せていて、氷のような、決意の眼がそこにはあった。


 先程とは別の意味で、心臓が跳ねる。


「例え注意されたとしても、これだけは絶対に手放すことはできないから」


 とても低い声で、何かに挑むような声色。

 その雰囲気は並々ならぬもので、何かヘアピンに執念しゅうねんがある事は明らかだ。


「……いや、先生に反抗してどうするの」


 天道叶の気迫に要は身を見開いていたのだが、表情を苦笑に変えてそう宥めた。

 そのこめかみには、冷や汗が滴っている。


 ……その反応を見る限り、彼女がこんな雰囲気になるのは多くないのだろうか。


「……あ。そういえば、確か光晴もカバンか何かに白いバラのなにか付けてたよね」

「えっ?」


 空気を変えたかったのか、要が少し黙ったかと思うと唐突にそう尋ねてきた。

 険悪けんあくな空気を解消してくれるところご苦労なのだが、その話を触れられるとは……


 確かに今背負っているリュックサックは、昨日のバッグと同様ワッペンをつけていた。

 天道叶と同じく、私も白バラは常に身につけていたい所存なのである。


 だが、ヘアピンの様な変に目立つのは避けたかった。男のプライド上、恥ずかしいからだ。

 それなら、と、目立ちすぎないバッグに私は白バラのワッペンをっているのだった。


 要自身、私の身だしなみを見ればすぐわかるワッペンのことも把握していたのだろう。

 天道叶がつけているのも白バラという共通点で、話を持ち出したらしい。


 ただ、私は少し言い淀んでいた。

 この悪印象の中、その共通点を知られたら変に気味悪がられそうで怖いのだ。


 ただ天道叶はというと、ゴムを咥えて解かれた黒髪を後ろでまとめ始めていた。

 男としては結構色っぽい仕草だが、こちらに興味がなさそうな様子である。


 気味悪がられてそうな様子は無いからいいものの、さすがに少し悲しいな。

 というか、歩きながら髪をまとめるのはいささか危ないのではないだろうか。


 まあいいか……少しどんよりとしながら、私はリュックサックを前に出した。


「このワッペンのことか?」

「そうそう。白バラ、光晴も好きなの?」


 確認すると、うんうん、と頷き、ワッペンをスリスリと手で優しく触る要。

 ふと10年前の事を思い出しながら、私は「ああ」と口元を緩ませた。


「……思い出であり、大事な花だからな」


 ふと、天道叶の方から視線を感じた。

 視線を向けると、彼女は半目がちながらも確かにこちらを見てきている。


 彼女は髪をまとめ終わったらしく、ポニーテールになり前頭部にヘアピンをつけていた。

 清楚でクール気味だった雰囲気が爽やかに染まり、それであっても彼女は美しい。


 しかしそう思った時には、既に彼女から視線を逸らされてしまっていた。


 ……やはり自業自得だが、どうやって気楽に話し合えるような仲になれるだろうか。

 要の妹だからというのもあるが、個人的にも是非ぜひ親睦しんぼくを深めたい私なのだった。



 □ ❁✿✾ ✾✿❁︎ □ ❁✿✾ ✾✿❁︎ □



 十年前、少女に渡したあのアクセサリー。

 あれは偽物だが、本物で今も存在するならば、それは既に枯れていることだろう。


 ……突然の余談だが、白バラは本数の他にも、状態などで花言葉が変わる花でもある。

 そして、枯れた時の花言葉……それは──



     ──生涯を誓う

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美しい後輩ちゃんには棘がある さーど @ThreeThird

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ