第二輪:淡褐瞳と白バラ:

光晴こうせい。今年から妹が入学したんだけどね」


 翌日。少しばかりぼーっとした気持ちのまま始業式を過ごして、昼前に放課後になった。

 時が経つのは早いもので、今日から高校生最後の年が始まる。


 帰る支度を終えるなり、同じクラスになった友人が突然そんなことを言い出した。

 彼の名前は天道てんどうかなめ。高校からの友人で、趣味が合いかなり仲の良い存在だ。


 要とは家が近く、かつ徒歩通学仲間であるため、彼とはいつも一緒に帰っていた。

 お互い部活に入る気も無く、帰る時間が一致するのもある。


「いるんだな、妹」


 少しばかり意外に思いつつ、私はそう返す。

 小説の話ばかりしているおかげで、要のプライベートはそこまで知らなかった。


「二つ下の妹と、四つ上の兄がいるよ。それで、その妹と一緒に帰りたいんだけど」


 ……なるほど。兄も意外だが、このご時世で兄妹で帰るとは、かなり仲が良いらしい。

 兄弟姉妹がいない私としては、そういう関係はとても羨ましい限りだった。


「君たちの邪魔をするなってことか?」

「ちゃんと血は繋がっているよ」


 そんなことを考えながらにやりと笑って揶揄からかうと、苦笑気味にそう返される。

 ラブコメでたまに見る義妹系を意識した冗談だが、まさかの伝わってしまった。


「さすがだな」


 突拍子のネタなのでさすがに伝わるとは思わず、私はつい吹き出してしまう。


 二人共読書家で、ラノベも扱うため、たまにこう言うやり取りをすることもあった。

 若者向けであるラノベのネタのやり取りは、中々に面白いものがあるものだ。


 閑話休題。ようは下校時、その妹さんも加わっていいかの質問だろう。


「女性に免疫がなくて少し気まずくなってもいいなら、私は別に構わないぞ」

「それは分かってるよ。ありがとう」


 自分で言ったことだが、それを肯定されると少しむなしくなってしまう。

 恋愛というものはイマイチよく分からないが、私も思春期。恋人くらいは欲しかった。


 ……帰り道は違うらしいが、要は高二の頃いつの間にか恋人を作っているみたいだし。

 別に要に劣情れつじょうを抱くわけではないが、少し悔しいな。ははっ、乾いた笑みがでてくる。


「じゃあ、校門で待ち合わせてるから、早速行こうか」

「わかった」


 それを要に察せないようにさせつつ、私は立ち上がって教室から校門へと向かう。

 他の生徒も津波のように校門へと向かっていて、それに流されるように。


「……この時は、この身長も役立つね」

「……助かったよ、正直」


 正直言うと、その生徒群に飲まれて私は要とはぐれそうになってしまった。

 ただ、要は身長が男子高生平均の20cmは高く、結構目立つため目印になった。


 ただ、高すぎるのも悩みものみたいで。要はその身長にコンプレックスを持っていた。

 だから、私自身身長にコンプレックスは感じていないし、あまりそういう話はしないようにしている。


 校門近くへと着くと、要は周りを見渡し始める。どうやら妹を探しているらしい。

 細い瞳を少し見開かせたかと思えば、大きな手をある方向へと振る。


 ……よく考えれば、要の瞳は初めて見る。

 微かに見えただけだが、その瞳の色はあまり見たことの無い色に見える……少しだけ黄ばんでいたか?


「お兄ちゃん」


 そんなことを考えていると、ハスキーボイスというのか?女子にしては少し低い声が響く。

 呼び方、リアルでも「お兄ちゃん」とか呼ぶんだなあ、とか思いながら要から視線を移──


「………!?」


 ──した途端、私は心臓が跳ね上がった。

 見覚えのある少女に対し、丸い目で見入ってしまっているのを自覚する。


 艶が目立つ漆黒の髪、滑らかであり真っ白な肌、微かに赤らんだ健康的な頬。

 整った顔と、やはりコントラストが美しい白花の髪飾りがとても特徴的だ。


 ……つい昨日、図書館で遭遇そうぐうした花飾りの少女に違いなかった。


「! 昨日の……」


 花飾りの少女も、こちらに気づいた様子で少し眉をひそめながら見据えてくる。

 私たちの反応を見た要は、きょとん、とした顔で首を傾げた。


「二人って知り合いなの?」

「……昨日、あの図書館で見かけただけ。なんか、やけに視線を感じた」


 要の問いに答えたのは彼女だ。悪印象らしく、少しばかり嫌悪けんお感を抱いた様子でこちらを見ている。

 既視感があったとはいえ、さすがに見すぎていたため弁明の余地がないのが悲しい。


「お兄ちゃんこそ、知り合いなの?」


 すると花飾りの少女は、兄に対して怪訝な顔で私たちの関係を尋ねてくる。

 要は「うん」と躊躇ためらいなく頷いた。


「高校入学してからすぐに知り合ったんだ。僕の中では、一番趣味が合うと思うよ」

「ふーん……?」


 未だに信じがたいらしく、花飾りの少女は表情を緩めてはくれない。

 私はただ、衝撃的すぎるあまり、黙ったまま昨日と同じ過ちを犯していた。


「……あの、なんでそんなにジロジロと見てくるんです?」


 だからか、花飾りの少女は再び嫌悪感を抱いた様子でこちらを睨んでくる。

 如何いかんせん声が低いからか、その威圧は女子の中でもかなり感じてしまう。


 その声に私はハッとして、答えようとはしたがどう言ったものか。


 ……素直に既視感を感じていた、と答えればいいのだろうが、それで大丈夫だろうか。

 それだとしても、さすがに見すぎてしまっているのは自覚しているし……


 ただ、答えを躊躇えば躊躇う程彼女のにらみは鋭くなっていってしまう。

 ここは素直に、答えることにした。


「ちょっと、既視感があって。昔、どこかで見たことがあるなあ、と」


 ……というか、既視感と言って今気づいたのだが、彼女の目も見たことがある。

 ぱっちりと開かれたまぶたに、希少性があるヘーゼルカラーの瞳が収まっていた。


 どこもかしこも、今のところ彼女からは既視感しか感じさせてくれていない。


「……さすがに見すぎです。正直気味が悪いので、控えていただくと助かります」


 そんな事を考えていたら、自分でもわかっていた答えが帰ってきてしまった。

 言葉遣いがやけに丁寧で、私はもうそれに従う他無い。彼女から、視線を逸らす。


「それにしてもかなえ……あっ、そういえば紹介していなかったね」

「……ん?」


 苦笑しながら、要が話題を変えた。恐らく、私を気遣ってくれたのだと思う。

 ただ、今要が花飾りの少女の事をなんと呼んだのか気になった。

 どこか、聞いたことのある名を呼んでいた気がするのだが……


 ただ、私のその反応に気が付かなかったのか、要はそのまま続けた。


天道てんどう かなえ。この通り少し棘のある子だけれど、よろしくしてやって欲しい」


 その名を聞いて、私は再び目を見開いた。


「……どうも」


 名前を紹介された彼女は、嫌悪感を抱いてる様子ながらも律儀に頭を下げてくる。

 だけど、少し待って欲しい。今、どうも頭の整理が追いついていない。


 ただ、十年も経った今でも、あの時のことは鮮明に思い出せるのだ。

 ……白雪姫を彷彿ほうふつとさせる少女が、母親らしき人物にどう呼ばれていたのかも。


『叶っ、心配したのよ……!』


 ……既視感といい、どうしても花飾りの少女があの時の少女と姿が重なってしまう。

 ただ、だとしたら絆の証であるあの白いバラのアクセサリーは──


「……ッ!?」


 思ったよりも、直ぐに見つかった。

 漆黒の髪とのコントラストが最も美しい、白い花のような髪飾り。


 よく見れば、数々の花の中でも花弁の形が特徴的なものがモチーフになっていた。

 ──バラだった。色は、やはり白。


 ……本当に、彼女なのだろうか?

 あの日以降見ることが叶わなかった、白雪姫を彷彿とさせる少女は……

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