エピローグ

 そして今日。26歳になった年のクリスマスイブ。偶然彼女と再会した。


「うわっ。姫咲きさき


「久しぶり〜」


 恋人同士が手を繋ぎながら行き交う街で、彼女はあたしと同じように一人だった。


「一人?ちょうど良かった。今日クリスマスイブだから誰も捕まらなかったの。ね、付き合ってよ。ホテル」


 昔のノリで誘う。断られることは分かっていたけど、ワンチャンあるかなという期待も正直あった。彼女は「変わらないな」と言わんばかりにふっと笑い「大事な人が出来たから」とあたしの誘いを断った。


「てか、まだ昼間やぞ。ホテルに誘うにはちょっと早すぎないか?」


「えー。つまんなーい。りんりんとは結構身体の相性よくて楽しかったのに〜……」


「そういうことを大声で言うな」


「で?ロリコン、既婚者、マザコン+モラハラときて次はどんなタイプのクズなの?」


「クズ前提かよ……」


「だってぇ。りんりん、まともな男じゃ満足出来ないでしょ?」


 彼女は人を見る目がない。あたしも含めてクズばかり好きになっている。高校時代に付き合っていた女は微妙なラインだけど。時代が違えば続いていたのかもしれない。


「クズが好きなわけじゃなくて好きになったやつがたまたまクズなだけです〜!今回の彼氏はめちゃくちゃまともだから!」


「ほんとにぃ?騙されてなぁい?慰めてあげようか?」


 冗談のつもりで腰をさすると振り払われ睨まれた。


「他をあたってください」


「居ないから誘ってんじゃん」


「だから……駄目なんだってば」


「じゃあ、せめてデートだけでもしよ?デートだけ。何もしない。ね?」


「……六時までね」


 意外にも、あっさりと承諾してくれた。何もしないというあからさまに怪しい言葉を信じてくれるくらいの信頼はまだ残っているのかと思うと嬉しかった。


「わーい。じゃあラブホいこっか」


「行かないってば」


「えー!しようよー!ラブホ女子会ー!」


「絶対女子会じゃない」


「楽しくて気持ちよくなれる女子会だよ?」


「嫌でーす」


「ついでに運動にもなる」


「嫌だってば。セックスしか脳がないのかお前は」


「りんりんも好きでしょう?」


「とにかく、しないから」


「じゃあ六時まで何するのよー」


「何もしない。適当にその辺ぶらつくだけ」


「つまんなーい」


「私は話し相手がいるだけで楽しいけど」


「まぁ一人よりはマシだけどさぁー。あ、二時間ならさ、映画でも見に行く?ちょうどそこに映画館あるし」


「ん。良いよ」


 久しぶりに会ったはずなのに、会わなかった年月は感じさせないほど変わらないやりとりを交わして、笑い合いながら映画館へ向かった。


「変わらないね。りんりん」


「君もね」


「……好きだなぁ」


「私は大嫌い。……けど、友達としては嫌いじゃない」


「んふふ。ありがと」


 その言葉が、なによりも嬉しかった。


「りんりんが選ぶやつ大体クソ映画だから、私に選ばせてね」


「B級映画からしか摂取出来ない成分があるのよ」


「お金払ってまでつまらない映画見に行くとかわけわかんない」


 そういうところはいまだに理解できない。だけど、そんな些細な事では嫌いになれない。


「はい。これ」


「うわっ、不倫物」


「あ、ごめん。既婚者と付き合ってたね。大丈夫?」


「もう吹っ切れてるよ」


 昔と変わらない笑顔を見て、笑えるようになるほど年月が経っていることを改めて感じた。


「あたし、最近好きな人が居てさ」


「ふーん」


「前にさ、恋愛感情を自分に向けられると萎えちゃうって話したじゃん?」


「うん」


「最近知ったんだけど、リスロマンティックっていうやつらしい」


「あぁ、知ってるよ」


 彼女の作品にはセクシャルマイノリティに関する用語が多く出てくるが、リスロマンティックについては見たことがなかった。しかしその知識はあるようだ。


「流石りんりん。でね、その好きな人はね、誰も好きにならない人なんだ。あたしのことも絶対に好きにならないって言うの。そこが大好き」


「ふぅん。……それでも遊び歩くことはやめないんだ」


「それとコレは別でしょ。彼もあたしがビッチでも気にしてないし、彼もあたし以外とイチャイチャするし」


「嫉妬はするの?」


「しないよ。他の女とか男抱いてる彼も好きだもん」


「好きって言われるのが嫌なんだよね?」


「この人のために尽くしたいって気持ちは分かるよ。あたしも彼のためならなんだって出来ちゃうもん。まぁ、流石に犯罪は無理だけど。けど……その見返りに自分以外を愛さないでねって言われるのは気持ち悪い。たった一人しか愛せないなんてあたしには無理だもん」


 色々と聞かれ、出会った頃を思い出した。


「君はそういうやつだったな……」


「こういう話すると必ず『何か原因があるんでしょ』って言われるんだけど、原因なんかないよ。あたしは元からこういう性質の人間なの。りんりんなら分かってくれるよね?」


「まぁ、恋愛観は人それぞれだし。口出す気はないよ。前も同じこと言った気がするけど」


 言われた。だからあたしは彼女を好きになった。その無関心さが心地良かったから。


「んふふ。言われた。覚えてるよ。変わんないね、りんりんは。そういうところ昔から大好き」


「脚触んな」


「ちょっと肉つき良くなったね。美味しそう。味見していい?」


「セクハラ」


「えー。りんりんとあたしの仲じゃん〜あんなこともこんなこともしたのに今更脚触ったくらいで怒らないでよ〜」


「全く……」


 だんだんと客も増えてきて、映画の予告が流れ始めた。本編が始まる前に彼女はスマホを確認する。残念そうな顔をしたかと思えば、パッと表情が明るくなる。相手が誰かなんて、聞かなくても分かる。


「ニヤニヤしちゃって」


「ニヤニヤしてた?」


「してたしてた。別れたら教えてね。前みたいに慰めてあげるから」


「だからそういう冗談やめろって」


「にゃははーでもりんりん、なんだかんだ言いながら別れたら毎回あたしを求めに来てたじゃん?」


 前回は来てくれなかったけど。


「改めて言われるとクズだな……私……」


「いいのよ。セックスセラピーってやつだと思えば。あたしは全然嫌じゃなかったし。依存されたらヤダなーとは思ってたけど」


「正直だな。ほんと」


「ふふ」


 午後六時過ぎ。映画が終わると同時に彼女は即座にスマホを確認する。映画を見ている間もそわそわしていた。

 そして、画面を見てふっと笑う。


「じゃ、姫咲。私これからデートだから」


「はぁい。じゃ、あたしは一人寂しく街でナンパを再開しようかな……」


「カップルだらけで誰も捕まらないでしょ」


「そうなのよー。けど、今日は偶然りんりんに会えて楽しかったし、致せなくても満足かも」


「危ない人には気をつけるんだよ」


「やぁん優しい。抱いて」


「抱かねぇよ」


「じゃあ抱かせて」


「嫌だ」


「冗談よ。まったね〜」


 彼女と別れて再び街をふらつく。その日は誰も捕まらなかった。けど、心は充分すぎるほど満たされていた。家に帰って「今度こそ幸せになるんだよ」と彼女にメッセージを送る。

するとしばらくして「三年後の九月頃に良い報告があるかも」と返ってきた。


「三年後?九月?何?」


 聞いても彼女は秘密だと言って教えてくれなかった。





 そして三年後。彼女から招待状が届いた。そこには"大嫌いな親友へ。今までありがとう"という短いメッセージが添えられていた。


「……ふふ。矛盾してるなぁ」


 送られてきた招待状のの文字に迷わず丸をつけ、一言メッセージを書く。


 愛しの親友へ。今までありがとう。

 素敵な恋人とお幸せに。


 "離婚したらまた遊ぼうね"で締めようとも思ったが、流石にそれは不謹慎すぎるのでやめた。


「……お幸せにね。りんりん」


 彼女と過ごした甘くほろ苦い時間はもう二度と戻らない。だけど、それで良い。あたしは最初から、彼女が欲しかったわけではない。

 ただ、彼女の笑顔が大好きなだけだ。彼女の幸せを心から望んでいた。


「大好きだよ。りんりん」


 彼女に対するこの愛は今も変わらない。きっと、これからも。

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セックスフレンド 三郎 @sabu_saburou

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