第3話:あくまでも友人だから
終わりを告げられたのは、21歳の頃。彼女は大学に通いながら漫画家の仕事をし、あたしもアルバイトを掛け持ちしながら彼女とは別の大学に通っていた。
その日は話があると呼び出され、彼女の家に行った。
「私、好きな人が出来た」
「ついにこの日が来てしまったか……」
「姫咲、私のこと好きでしょ?応援してくれるよね?」
「うわぁー。散々えっちしておきながらあっさり捨てようとするんだ。最低ー」
「責任とって付き合うって言えばいい?それは嫌なんでしょ?」
「冗談だよ。で、どんな人?今度はりんりんを泣かせない人だろうね?あんな顔もう見たくないよ」
「五つ上の男の人」
「歳上の男かぁ……」
「バーで口説かれて」
「いつも行ってる知り合いのバー?」
「ううん。別のお店」
「ふーん」
「イケメンで、優しくて、それで……」
彼女のそんなキラキラした顔を見るのは久しぶりで、可愛いなと思った。
「へ〜。そうなんだ。抱いていい?」
「……いや、何故そうなる!?」
「なんか、恋してるりんりん可愛くて。食べたくなっちゃった。今日で最後にするからさ、食い納めさせてよ。まだ付き合ってないんでしょ?」
「食い納めってお前な……」
「んふふ。今日ねー、色々持ってきたんだ」
呼び出された時から今日が最後になる予感はしていた。だから楽しむつもりでおもちゃを色々持参して来た。鞄からごろごろと出てきたそれらを見て、彼女はドン引きしていた。
「うわっ……怖っ……」
「大丈夫だよ。みんな未使用だから」
「……この可愛い猫ちゃんは何」
「んふふ。可愛いでしょ。ローターだよ」
「……これは?口紅?」
「スティックタイプのバイブ」
「……この耳のない猫ちゃんもローター?」
「筋トレ用」
「えっ、こんな小さいのでどこ鍛えるのよ。てか、バイブ機能必要なの?」
「骨盤底筋っていう、骨盤の中にある膀胱とか子宮を支える大事な筋肉。使い方は簡単だよ。中に入れてキュッと締めるだけ」
「……紐ついてるのはそういうことね……」
「取れなくなったら困るからね。それはりんりんにあげるよ振動機能もついてるから便利よ。これで毎日鍛えてあなたも愛され名器に!ついでに姿勢も良くなるし、下半身の引き締めにもなるし、尿漏れもしなくなる!メリットしか無し!」
「……なに?業者なの?」
「大丈夫よ。お金とったりしないから。タダであ・げ・る♡とりま使い方教えてあげるねー」
「いや、ちょっ、まっ——」
その日を最後に、あたし達はあっさりと普通の友人に戻った。少し寂しさはあったけど、恋を楽しんでいるキラキラした彼女が何よりも可愛かった。
半年もすると彼女は彼氏と同棲を始めた。『いずれ結婚まで行くのかな』『式には呼んでね。セフレ代表として』『呼べるわけないだろ。てか、元セフレな』『セックスしたことあるフレンドの略だよ』『それは事実だけどやだよ』なんて最初は笑い合いながらそんな冗談を言い合っていたが、同棲を始めて数週間経つとだんだんと雲行きが怪しくなっていった。『家事を押し付けてくる上に文句を言ってくる』と彼の愚痴が増え『別れたら?』『それでも好きなの』が定番のやりとりになり、明らかに病んでいく彼女を見てられなかった。
しかし、23歳の誕生日。彼女は突然家にやってきた。彼の公開プロポーズを蹴って別れを告げて家を飛び出したらしい。行き場を失った彼女を、あたしは快く受け入れた。
「とりあえず今日はパーティだね。入居祝いと、脱モラハラマザコン男!おめでとう!」
「ありがとうございます!めでたく独り身に逆戻りです!」
「けどりんりんは正しい判断したよ。結婚したら絶対子孫残すための機械にされてたよ」
「だよねー。よくやった私」
「さぁ、飲も飲も。人間なんて世界中に居るんだからさ、別れたってすぐ次見つかるって。見つかんなかったらあたしがもらってあげる。りんりんどっちでもいけるっしょ?」
「やだよ。姫咲ビッチじゃん」
「ビッチでーす。うぇーい」
彼女は別れたとは思えないほど明るかったが、酔いが回ってくると泣きながら甘えてきた。
「ねぇ姫咲……久しぶりにしたいな……」
「別れた途端に求めてくるとか最低〜」
「うるせー抱かせろー!」
「きゃー!あははっ!」
じゃれあって、床に押し倒される。すると彼女は冗談ではない真剣な雰囲気で、あたしに身体を重ねて耳元でぽつりと呟いた。
「……姫咲、私のことまだ好き?」
「……好きだよ。大好き。でもあたしは、次の恋人が出来るまでの繋ぎで構わない。それで満足なの」
「……執着とか、しないわけ?」
「あたしはね、りんりんの笑顔が好きなんだよ。もちろん身体も好きなんだけど……りんりんには幸せになってほしいんだ」
「……姫咲が、私を幸せにするって選択肢はないの?」
少し震えた声で彼女は言う。
「……ごめんね。あたしに出来るのは、幸せになるお手伝いだけ。……前に言ったでしょう?『どれだけあたしに優しくされても、付き合いたいとは望まないでほしい』って。恋人になりたいと望まない限りは愛してあげる」
「……結局それって、責任取らずにただヤりたいだけじゃん」
「……別に、りんりんが嫌ならしないよ。りんりんが嫌がることはしない」
「……ううん。する。……大丈夫。君のことなんて、絶対好きにならないから」
「約束だよ。破ったらもう気持ち良くしてあげないからね」
身体を起こしてひっくり返し、首筋にキスをしながら服に手をかけようとすると止められた。
「……ちょ、ちょっと待て。今日は私が上のつもりだったんだが」
「え〜りんりんネコちゃんじゃーん。あ、ネコといえばさ、あたしがあげた子猫ちゃんどした?ちゃんと使ってる?」
「……カバン中」
「んふっ。まだ持ってたの?持ち出すほど気に入ってるんだ?」
「……うるさいな」
「んじゃ、トレーニングの成果確かめるとしますか」
「……いや、だからちょっと待てって私が——んっ——ねぇっ、まっ——」
「りんりん。好きだよ。大好き」
「っ……私には好きって言わせてくれないくせに……」
「最初からそういう約束じゃない」
「クソ女……」
「なははー。今更ー」
言われ慣れた言葉だったけど、彼女から冗談ではない雰囲気で言われることには慣れていなかった。少しだけ胸が痛んだ。
「……ごめん」
「……いいんだよ。事実だもん。……だからさ、開き直って好きなだけ利用しなよ。恋人が出来るまでの繋ぎとして。次はまともな人選びなね」
「っ……姫咲が……姫咲が私の……んっ……」
その先は言わなかった。言わせなかった。聞きたくなかった。見え透いた本音には、気づいてしまえば終わるからと、お互いに気付かないフリをして、言葉を交わすことをやめて、ただただ本能のままに身体を求めあった。
「泣かないでよ。りんりん。やりづらいよ」
「っ……」
「もうやめとく?」
「やだ。やだっ……やめないで……もっと、もっとぉ……」
「けどりんりん……」
「好きにならないよ。なるわけないじゃないか。君みたいなクソビッチなんて……」
「……うん。りんりんはそのままでいてね」
「っ……」
こうして再びあたし達は、セフレに戻った。彼女に次の恋人が出来るまで、もしくは彼女があたしと付き合いたいと望んでしまうまでという契約で。
あたし達は友達。恋人ではない。だから互いを束縛する権利はない。身体を重ねるたびに、何度もそうお互いに言い聞かせて。
そんな関係は一年続いた。そしてある日、彼女から再び終わりを告げられた。
「私、もし次の彼と別れても、姫咲のことはもう利用しない」
「……寂しくなるね」
「……それだけ?」
「……大好きだよ」
「っ……私は……姫咲のそういうずるいところ、大嫌いだった」
「……うん。知ってる」
「けど……今までありがとう。元気でね」
「……お幸せにね」
「……もし、この先結婚する時が来たら、式には……呼ぶね」
「呼んでくれるんだ。嬉しい」
「……じゃあまたね」
「もう会わないんじゃなかったの?」
「会わないとは言ってない。利用しないだけ」
「……そっか。友達では居てくれるんだ」
「次会う時はセックスしないフレンドとして」
「分かった。……もう、こういうのはおしまいだね」
「……今までありがとう」
「こちらこそありがとう」
それから彼女とは一年以上会わなかったが、ある日、彼氏と別れたことを報告してくれた。既婚者だったらしい。また慰めてあげようかと誘ったが、断られてしまった。だけど、ふらふらと遊び歩いている話は噂で聞いていた。
もう本当にあたしを利用する気はないんだと思うと、少し寂しかった。だけどこちらから連絡することはしなかった。そしたら彼女とはもう二度と普通の友人にすら戻れなくなってしまうことは分かっていたから。
「自分の身体、大事にしてね」
「お前が言うな」
そんなやりとりを最後に、彼女とは連絡を取り合わなくなった。
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