第14話 甚八の依頼

「成程ねぇ」


 話を聞き終えて、零は頬杖をついた。


「その男が、近江屋佐平次だったってぇところかぃ」


 甚八は静かに頷いた。


「それから少しして、砂金泥棒はぱたりといなくなった。村人は皆、砂金が取りつくされたんだと思ったんだ。森の普請をどうやっていくか話し合っていた頃に、あの火事が起きて、森が全部焼けた。貰い火で、村も焼けた」


 悔しそうに俯いて、甚八は肩を震わせる。


「火盗改は森の自然発火で無理やり落着させやがったが、俺はそう思わねぇ。あの近江屋って男が一枚噛んでいるに違いねぇんだ」


 火事の後、近江屋佐平次が慈善活動の一環のように村の整備と拡大に着手したことは江戸中が知る事実だ。しかも尋常でない素早さで。


「事前に準備でもしていなけりゃ、あれほど早く村の再建なんざ、できやしねぇ…かもな」


 零の呟きに、甚八が顔を上げる。


「あんたもそう、思うかい」


 んー、と呻って、零は目を背けた。


「思わねぇこともねぇが、どうだろうなぁ。それより、あんたの頼み事は人探しだろ。探してほしい奴ってのは、その伊作ってぇ男かぃ?」


 甚八は目を丸くして頷くと、また目を伏した。


「あの火事で、村の連中に死人は出なかった。半鐘が鳴るのがやけに早かったから、皆逃げ遂せたんだ。けど、そのどさくさに紛れて伊作がいなくなった」

「何処かに逃れてんじゃねぇのか?村の連中はそれぞれ知り合いやらのとこに身を寄せてんだろ?」

「そうだが、村人の居場所は与右衛門さんが把握している。村が再建出来たらすぐに報せができるようにってな。どこに居るのかわかっていねぇのは、伊作だけなんだ」


 それきり、甚八は黙り込んでしまった。

 睦樹の胸中に嫌な予感が過る。

 それはその場にいる皆が同じであったに違いなかった。


「こんなこと、信じたかねぇが……」


 重たい空気の中で、甚八が口を開く。


「もし仮に、近江屋があの火事に噛んでいたとして、それに伊作が関わっていたら。この事情を知ってんのは、庄屋の与右衛門さんと俺と、伊作だけだ」


 そこまで言って、甚八は口を引き結ぶ。

 零は黙って、甚八の顔を見詰めていた。

 ぐっと強く目を瞑り、膝の上に置いた拳を強く握ると、ごくりと息を飲んでゆっくりと目を開く。


「兎に角俺は、本当のことを知りてぇ。あの火事が本当に自然のもんなのか、近江屋が関わっていねぇのか。……伊作が見つからねぇ理由も、あいつが今どうしているのかも」


 掠れた声が狭い部屋の中に小さく流れる。


「死んだ、とは思わねぇのかぃ?」 


 甚八の小さな声を掻き消すように、零の無遠慮な声が響いた。


「死体は、見つかっていねぇ。それに、あいつは、生きてる」

「何故、そう思う?」


 零の問いかけに、甚八は同じ顔のまま言った。


「理由はねぇ。けど、きっと生きてる。そう、思うんだ」


 甚八は勢いよく顔を上げ、零に迫った。


「だから頼む!伊作を探してくれ! あいつはきっと何か知ってるはずだ。そいつを本人の口から聞かなけりゃ、俺ぁ気が済まねぇ! それに、そうしなけりゃ、俺に村に戻る資格はねぇ!」


 頼む、と額を卓に打ち付けるように頭を下げる甚八に、零はぬっと手を伸ばした。 人差し指でくいっと甚八の顎を掬う。


「??」


 ふいに上げられた顔と目の前の零の近さに驚いて甚八が仰け反る。

 零は悠然と笑みを見せた。


「あんたの気持ちはよぉくわかったぜ、甚八さんよ。その依頼、あやし亭が引き受けた」


 甚八の顔にぱぁっと明るさが浮かぶ。


「ほ、本当かぃ……」

「ああ、任せておきな」


 いつものように話す零の声が、睦樹にはとても力強く感じられた。

 甚八も同じだったのか、力の抜けた体で椅子にどさりと身を投げ脱力している。

 そんな甚八に零は、ふんと鼻を鳴らした。


「忙しいのは、これからだぜ。あんたにも力添えしてもらうからな」


 ぽかんと口を開ける甚八に、参太が微笑みかけた。


「普段はあやし亭のみで仕事をすることが多いのですが、この件は甚八さんの持っている情報が不可欠と思われます。ご協力いただけますか?」


 穏やかな声音に、甚八は力強く頷いた。


「勿論だ、俺にできることなら何だってやらせてもらうぜ。宜しく頼まぁ!」


 ばん、と拳で胸を叩き、気合いを入れる甚八に、零がにっと笑う。

 甚八は胸の痞えがとれなような顔をして、あやし亭を後にした。

 甚八を見送った後、零が徐に睦樹の頭にぽんと手を置いた。

 驚いて見上げると、その口元が笑っている。


「大人に待っていて、良かったろ」


 睦樹は赤らむ頬を感じながら、むっすりと頷く。


「なんだぁ、その不服そうな顔は」

「別に、そういうんじゃない」


 顔を隠すように俯いた睦樹に苦笑して、零が言った。


「さぁて、ようやっとあやし亭の仕事の始まりだ」


 心なしか零の声が嬉しそうに聞こえて、睦樹の胸にも高揚感が膨らんでいったのだった。


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