御影城の戦い 3



∞   ∞   ∞  



「お、来た来た、おっせぇよメクル」



 三原から先にやって来ているのがヒロとピーシーだと聞いて、メクルはすぐに作戦本部を後にして正門を潜ると、街灯を背もたれにして待つ二人をすぐに見つけました。


 ヒロはゆとりを持たせた半袖の白と黒のスポーツジャージに際どいデニムのショートパンツ、そこにシューズで合わせて来ています、地味にジャージは高級ブランドです、着心地が抜群だと自慢していました。


 その隣で座り込むように持たれているピーシーは変わらず同じコート姿です、ファッションに興味が無いと自称するだけの事はあります、しかしやっぱりすごく場違いな格好です。夜とはいえ夏です。



「おまたせ、ごめん、三原さんに捕まっちゃって」


「だと思ったぜ、俺みたいにピーシーを生け贄にして逃げればいいのに痛っ」



 立ち上がったピーシーがヒロの背中をぽかんぽかんと殴り始めます。


 口を結んであからさまに不機嫌です、尻尾があるならビタンビタンと地面を叩いて不満を表すところですが、無いのでそのままヒロを両手で叩きます。



「だからピーシー不機嫌なんだ、それはヒロが悪い」


「だってあのおっさん話なげぇし、暑苦しいし、あと臭い、あれなんの臭いだろうな?」


「煙草、お酒、あと、お線香」



 ピーシーはテントの中で服に染み付いてしまった臭いを嗅いで再び眉を八にして唸りました。



「はいはい、帰りにクリーニングに出そうね、というか脱がない?」


「脱がない、まだ、暑くない」



 嘘です、額に汗をうっすらとかいています。



「だから見てるだけであちぃんだよ……あー、よいしょ」



 そう言って、ヒロは高級ジャージを脱いで腰に巻きました。


 ジャージの下は黒い無地のキャミソールです、ブランドはわかりません、しかし両肩を出すヒロの両胸は間違いなくハイブランドでしたが、やってることは夏場のおっさんです。



「ヒロ、さすがにそのショートにそのキャミは……」


「あ? んだよ涼しいぞ、夜風がきもちいぞーお前らも脱げ脱げ」


「恥ずかしい、ヒロ、露出魔」


「おいおい俺は誰に見られても恥ずかしくない身体してるぜ、てか誰も見てねぇよ」



 確かに正門の中、本城の見える最初の広場は蝉時雨も鳴き止む夏夜の静けさだけが広がっています。


 本来ならライトアップされているはずの御影城は夜闇に溶けそうな程ボヤけた本城、その本丸に向かう進路には敷き詰められた白砂利と舗装された歩道が延び、それを挟むようにして夜風に揺れる松の木だけがヒソヒソと囁きあっています。



「さすがに静かなもんだね……、じゃぁ今のうちに装備すませる」


「脱がねぇの?」


「脱ぎません」


 

 制服の下は肌着と下着だけですので脱ぐわけもなく、メクルは支度を始めました。


 背負っていたリュックと、肩に掛けていた迷彩バッグを下ろすとジッパーを開きます。


 中に入っていたのはメクルの近代装備一式でした。


 真っ黒なショルダーホルスターを広げて背広を羽織るように両手を通し、マガジンサックがついたベルトをお腹の上に回してCバックルをカチリとハメます。サックに予備のM9のマガジンを入れておきます。


 メクルは素早く準備を進めながら二人に尋ねました。



「それでなにか動きはあった? 私達の他にあと一人来てるみたいだけど」


「あぁ演劇部の奴が一人来てるってよ、ほれ、あの変身能力のチート持ち」


影柄かげづか君かな? 変身能力者は何人かいるけど、こういった現場にくるのはたぶん、戦闘にも向いてるしね、彼」


「そうそう影柄、なんか久しく見てねぇよな、彼奴も。まぁそれで、メクル来るまで暇だし軽く散歩でもしようぜってなって、その時にちょっと……いやかなり不気味なもんがあった」


「不気味? ゴースト系とか、呪術系? だったら専門のチームに連絡するけど」



 ちなみにメクルが今まで一番不気味と思ったのは、第26異世界『グアヌン』で見た、名状しがたき邪神を呼び出す為に行っていた呪術儀式です。生け贄となる動物に特別な魔法をかけ、首だけになっても死ねなくなった動物達の頭が数百匹分ズラリと並び、肺も無いのに泣き叫ぶ大合唱を見た時は、SAN値がピンチでした。



「少し違う、メクル、見て欲しい」


「うん? 見るけど、どこ?」


「本丸近くの、ほら、鳩の餌売ってる茶屋あるだろ」


「あぁあのおばちゃんまだ元気かな、よく鳩の豆をオマケで多めにくれるね」


「あのおばちゃんが出してる茶屋のちょっと横に石碑あるの覚えてるか?」


「……覚えてない、鳩が可愛かった事は覚えてる」


「じゃぁやっぱ直接見てもらった方がはええな、おいピーシー、もっかい登るぞ」



 そう言うとピーシーはあからさまに嫌な顔をしました。



「……無理、もう、無理」



 体力の無いピーシーには確かに酷な話でした。


 なにせこの御影城は本丸、つまりはお殿様達が住む場所までにはいくつもの石門を潜り、合わせて300段近い石階段を上っていく必要があります。


 そもそも簡単には登らせないように、かつ登ってくる敵を倒しやすいように設計されているのが日本の城というものです。


 苔に覆われた城壁の石垣は高く、多く積まれた所なら10メートル以上はあります。その上に組まれた白壁と日本瓦の渡櫓わたりやぐらによってグルリと囲われ護られている御影城は、それはそれは鉄壁を誇ったそうです。


 この防衛の櫓が覆うエリアが本城までに四段重ね、四角いウェディングケーキのように重なり、本丸に向かうためにはこれらを西へ東へと遠回りさせられながら登るのです。



「……ヒロ、おんぶ」


「えー、俺の髪なげぇからバサバサ当たって鬱陶しいぞ?」


「いい、一人、無理、もう、無理……」


「しゃぁねぇなぁ、わかったよ」



 ヒロはポニーテールを結っていたシュシュとヘアゴムを外して髪を下ろしました。



「ちょっひょまっへろよ」



 と、シュシュを手首に通してヘアゴムを口にくわえると腰まである長い金髪を今度はサイドテールになるように結び直しました。手際よくまとめてヘアゴムで固定してシュシュで結い根を隠して完成です。


 腰に巻いていたジャージを解いて着直し、さぁ来いとヒロはしゃがみました。


 すでに体力的に限界のピーシーがよれよれと背中にに抱きついた所でひょいと持ち上げます。



「うお、あちぃ……なぁピーシー、お前、コートの中に何かいれてんだろ、感触が変だぞ」


「……ヒミツ」



 疲れたピーシーの居心地が悪くないようにとわざわざ髪型を変えてジャージを着る当たり、なんだかんだでヒロはピーシーに甘いのでした。



「よし、準備できた、おまたせ」



 メクルもM9を左脇のホルスターに入れて固定し、反対側の右ナイフホルスターには柄の高い黒塗りのククリマチェットを装備してあります。マガジンサックに予備マガジンを3ついれ、デジタルナイトビジョンの暗視スコープもサックに入れました。


 そして最後にと迷彩バッグから取り出した物をみて、ヒロが目を丸くします。



「うわ、なにそれ、やっべぇー! かっちょいい! 見せて! 撃たせて!」



 それはいわゆるグレネードランチャーでした。


 40ミリグレネードをポンポンと打ち出す回転マガジンで6連発、リボルバー式のグレネードランチャー、『MGL-140』通称『ダネルMGL』です。


 大きくメカチックなオモチャに目をキラキラと輝かせるヒロに、



「ダメ、手芸部からヒロはすぐ壊すから銃器を持たせるなってキツく言われております」



 メクルは鬼から赤子を隠すようにランチャーを抱きかかえました。



「なんだよケチ、いいじゃんかよー、一発だけ、一発だけでいいからヤラせてくれよー!」


「ヒロ、セクハラ、ぽい」


「ヒロ、セクハラ、だよ」



 メクルとピーシーが同時に抗議、ヒロは唇をさらに尖らせ、



「ちぇーなんだよー、いいよーだ、今度手芸部に俺用の奴を作ってもらうもーんだ」



 子供みたいにいじける素振りをするヒロにメクルは思わず苦笑いでした。



「よし、それじゃぁ行こうか、鳩のお茶屋さんへ」


「その隣の石碑な、よし行くぜー、ピーシー、しんどくなったら言えよ」


「あんまり、揺らさず、ゆっくり」


「んー? 酔いそうだからか?」


「いや……、寝にくい」


「ははは、そうかそうか、よしわかった、メクル、俺は全力で行くから、後でな」


「あぁ、うん、でも静かにね? 目的わかってるよね?」


「わかってるよ、じゃ、お先に」


「うそ、冗談、寝ない、だからゆっくり、ゆっくりおぁあぁあぁぁぁぁぉぁぁぁぁ――……」



 ピーシーの制止の声空しく、ヒロは走り出しました。


 背中に人など背負っていないかのように、軽快に走り去るに聞こえるピーシーの悲しい声があっという間に小さくなり、夜闇へと消えていきました。



「ヒロ、今日はなぁ……新作でも投稿したのかな、さて」



 迷彩バックを押し込んだリュックを背負い、メクルも小走りでスタートしました。



 目指すは本丸、最上段です。

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